見出し画像

クローンマウス58世代で全滅 20年実験が示した有性生殖の意味

20年間、夫婦で同じ実験を続けた研究者がいる。

1匹のマウスからクローンを作り、そのクローンからまたクローンを作る。それを延々と繰り返す。山梨大学の若山照彦教授と清香先生。30,000回以上の核移植、1,200匹以上のクローンマウス。2026年3月、Nature Communicationsに発表された結論は一行で言える。

58世代目で、全滅した。


クローンとは何か

1996年にドリーが生まれて以来、哺乳類でもクローンを作ることが可能になった。体細胞核移植という技術だ。大人の体の細胞から核を取り出し、核を除去した卵子に移植する。卵子の細胞質が体細胞の核を「巻き戻し」、受精卵と同じ状態にリプログラミングする。

理屈の上では、クローンはオリジナルと遺伝的に同一だ。クローンからクローンを作っても、永遠に同じ個体を複製し続けられるはずではないか。若山教授の実験は、この仮説を検証するものだった。

25世代の成功

2005年に始まった実験は、当初は順調だった。哺乳類のクローンを連続して作れるのはせいぜい数世代とされていたが、若山チームはエピジェネティック修飾を改善する薬剤を用いることで、次々と世代を重ねていった。

2013年、25世代目の成功をCell Stem Cellに発表。論文には「再クローニングは無限に続けられる可能性がある」と書かれていた。26世代目まで成功率はむしろ上昇傾向にあった。

27世代目以降、風向きが変わる。

成功率がじわじじわと下がり始めた。それでも実験は止まらなかった。30世代、40世代と積み重ねても、ゼロにはならない。「下がっているが、続いている」という状態が、長く続いた。

57世代目、0.6%

毎年3〜4世代、若山夫妻が必ず自ら核移植を行い続けた。57世代目で成功率は0.6%まで落ち込んだ。

そして58世代目。生まれたマウスは、翌日にすべて死んだ。

犯人は突然変異の蓄積

全ゲノム解析の結果は明確だった。世代を重ねるごとに、DNAの突然変異が着実に溜まっていた。1世代あたり約70の一塩基変異が生じ、57世代までに約3,700のSNVと80の挿入・欠失が蓄積。さらに染色体同士が入れ替わる大規模な転座も確認された。

この変異率は、自然交配のマウスの約3倍だった。

クローンはオリジナルと同じDNA修復機構を持っているはずなのに、なぜ3倍も変異が起きるのか。若山教授自身が「まったく分からない」と述べている。核移植というプロセスそのものが、何らかの形でゲノムの安定性を揺るがしているのかもしれない。その詳細はまだわかっていない。

一度の交配で、リセットされた

55世代目のクローンマウスを、普通のオスと自然交配させた。クローンの産仔数はわずか2.2匹。蓄積した有害変異の影響で、まともに子を産めなくなっていた。

その子供たちを交配させると、産仔数は7.0匹まで戻った。胎盤のサイズもほぼ正常になっていた。たった一度の有性生殖で、クローニングで積み重なったダメージが消えた。

減数分裂による遺伝子の組み換え。致死的変異を持つ胚の自然淘汰。有性生殖に備わったこの二重のフィルターが機能した結果だ。

「なぜ生物はわざわざ有性生殖をするのか」という問いは、進化生物学の古典的な難問だ。無性生殖のほうが効率的なのに、多くの動物が遺伝子を半分に薄めてまで有性生殖を選んでいる。

「ミュラーのラチェット」という考え方がある。ラチェットとは、一方向にしか回らない歯車のことだ。無性生殖では有害な変異が積み重なる一方で、一度入ったものは取り除けない。ところが有性生殖では、遺伝子が混ぜ合わされるたびに組み換えが起き、有害な変異を持つ胚が自然に淘汰される。巻き戻しのきかない歯車を、交配という行為がリセットする。

ミジンコやアブラムシは普段は無性生殖で増えるが、環境が悪化すると有性生殖に切り替える。有害変異の蓄積を「感じ取って」いるかのように。今回の実験は、その戦略の正しさを哺乳類で直接示した形になった。

1960年代から提唱されてきたこの理論が、20年分のマウスによってようやく実証された。

20年、自らの手で

25世代目で「無限に続けられる可能性がある」と書いた結論を、20年後に自らの手で覆した。その間ずっと、夫婦二人で核移植を続けた。

問いに対する答えを最後まで見届ける。その覚悟がなければ、この論文は存在しない。

コピーを重ねるだけでは、じわじわと壊れていく。生命が「混ぜ合わせる」ことを選んだ理由が、ここにある。


読んでいただきありがとうございました。
コメント、記事購入、チップ等いつもありがとうございます。
大変感謝しております。
関連記事もありますので、下記サイトマップを参照していただければ幸いです。

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 280
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

メンバーシップは医療マガジン、有料日記を全部読めます。 僕を応援してください!お願いいたします! 毎…

医療マガジン閲覧プラン

¥500 / 月
あと9人募集中

ちょっと応援プラン(全部プラン②)

¥2,000 / 月
あと15人募集中

もっと応援プラン(全部プラン③)

¥3,000 / 月
あと31人募集中

どんと応援プラン(全部プラン④)

¥9,999 / 月

全部プラン

募集終了

過去に投稿した有料医療記事をまとめたマガジンです。 今後も順次追加していきますので、興味がありましたらよろしくお願いいたします。

医療コラムを順次追加していきます。

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

よろしければ応援お願いします!チップはnote更新用のPC購入費用に当てる予定です。よろしく!