フォロワー◯◯人ありがとう、で?
「フォロワー1000人ありがとうございます!」で一本。スキ5000、ビュー10万、共同マガジン入り。報告のたびに感謝感謝。これに見覚えがある人は少なくないはずだ。
前に「毎日投稿○日目」だけで一本にするのはコンテンツか、と書いた。
最近眺めていると、報告のネタが進化している気がする。前からあったんだろうがやたらと目につく。
日数だけでは飽きたのか、今度はフォロワー数、スキ数、ビュー数、共同マガジン入り。数字の種類が増えただけで、やっていることは同じだ。中身のない一本で「今日の更新」を済ませている。
むしろ厚化粧になった分、たちが悪い。
報告の退化
○日目報告には、まだ言い訳が立った。自分との約束の確認だ。続けると決めたことを続けている、その記録。内向きではあるが、記録としての筋は通っていた。
フォロワー報告にはそれもない。数字が増えた。それを読者の前で祝う。読者は祝賀会の観客に配置され、拍手を期待される。記録ですらなく、達成感の押し売りだ。
行き着く先を見たことがある。「○○さんにスキされました」の通知をそのまま貼り付けて、それで一本にしている書き手だ。通知欄のスクリーンショットが記事になる。自分の数字を眺めて、増えた瞬間を読者に見せる。ここまでくると、もう書いてすらいない。
しかも、必ず感謝がセットになる。「皆さんのおかげです」と言いながら、主語は最初から最後まで自分の数字だ。 感謝の体裁をとった自分語り。スキを押せば「やっぱり優しい読者だ」の証明に使われる。お互い気持ちよくなって終わる構造は、前回書いた相互スキ文化そのままだ。
つながりが目的なら
報告と感謝のセットには、もう一つ常連がいる。「つながり」だ。ご縁に感謝、繋がれた証、これからもよろしく。感謝報告の語尾には、たいていこれがくっついている。
あれ?
つながるためにnoteをやっているのかも。
前回、読まれたいのか、書く力をつけたいのか、何かを伝えたいのか、その問いを自分で持っているかが補助輪のままかどうかを分ける、と書いた。今回はそこに第四の答えが紛れ込んでいる。つながりたい、だ。そしてこれが、ほかの三つを食っている。
厄介なのは、つながりが目的なら感謝報告は手段として正しいことだ。読者をコンテンツで動かす必要がない。感謝を配って好感を回収すればいい。中身のない一本は失敗ではなく、目的に最適化された結果になる。 だから本人は困っていない。困るのは、コンテンツを期待して飛んでいった読者だけだ。マジ感謝、も理屈の上では成立してしまう。つながるための潤滑油としては、むしろ優秀だ。
ただ、それならSNSの相互フォロー回しと何が違うのか。わざわざnoteでやることなのだろうか。
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とある地方都市の某外科医のひとり言
とある地方都市の某外科医と申します。 ほぼ毎日の投稿に合わせて、医療関係以外の入会月以降の有料記事が読める定期購読マガジンです。
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