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自費診療ビジネスの正体〜採血1本で20万円の世界〜

妊婦の血液から胎児の染色体情報を調べるNIPTという検査がある。2026年1月、朝日新聞がひとつの臨床研究の開始を報じた。すべての染色体を対象にした検査の正確性を調べるという。

検査の範囲が広がるのか、と思った。でも話はそう単純ではない。


追いついたのではない

これまで、日本医学会が認証する施設でNIPTの対象としていたのは3つの染色体だけだった。21トリソミー、18トリソミー、13トリソミー。精度の検証が済んでいるのがこの3つだけだったからで、アメリカ産婦人科学会も同じ立場をとっている。

ところが認証を受けていない施設では、以前から「全染色体検査」や「微小欠失検査」を独自メニューとして売っていた。精度が未検証のまま。

今回の臨床研究は、東京慈恵会医科大学など全国11施設が参加し、約2000人の妊婦を対象に2030年まで実施される。目的は、認証外施設が先行して行ってきた検査の正確性を調べること。

産婦人科医の室月淳先生がXでこう書いていた。認証外の医師が「産科もようやく俺に追いついてきた」と豪語しているが、話はまったく逆だと。追いついたのではない。あなたたちが勝手にやっていることを検証しているのだ、と。

採血して送るだけ

NIPTは完全な自費検査だ。認証施設で10〜18万円程度。認証外施設の「フルプラン」になると20〜30万円にもなる。

施設側がやることは、妊婦さんから採血して検体を検査会社に送る。それだけ。産科や遺伝学の専門性がなくても、医師免許さえあれば始められる。美容外科クリニックが全国約100カ所規模で展開しているケースもある。NIPT実施件数の約半数は認証外施設で行われている。

検査項目を増やせば単価が上がる。遺伝カウンセリングを手薄にすれば利益率が上がる。偽陽性のリスク説明が不十分なまま、結果だけが渡される。

胎児の情報は、その家族の人生を左右する。そこにこの構造が入り込んでいる。

検索しても正しい施設にたどり着けない

「NIPT」で検索してみてほしい。上位に並ぶのは認証外施設のサイトだ。認証施設は埋もれている。

こども家庭庁が運営する「妊娠中の検査に関する情報サイト」に認証施設の一覧はある。でも、不安を抱えた妊婦さんが最初にやるのはGoogle検索だろう。そこで上位に出てくるのは、SEOと広告に金をかけた非認証施設のほうだ。「全染色体検査できます」「微小欠失も調べられます」。メニューが多いほうが手厚い検査に見える。

朝日新聞の2023年の調査では、非認証施設でNIPTを受けた人のうち、検査結果の説明が「なかった」と答えた人は84%だった。認証施設では10%。検査を売って結果を返す。それだけのビジネスだ。

NIPTだけの話ではない

同じ構造は、あちこちにある。

自費のがん免疫療法。保険適用の免疫チェックポイント阻害剤とは別物で、「免疫細胞療法」「NK細胞療法」などと称して1クール数百万円。標準治療で手が尽きた患者さんやご家族が対象になる。国立がん研究センターが注意喚起を出すほどの状況だ。

幹細胞治療、エクソソーム療法。1回150〜300万円。アンチエイジング、認知症、関節痛、薄毛。何にでも効くかのような宣伝がされている。日本再生医療学会は「届出不要で開始可能な手軽な自由診療として喧伝されている」と問題視してきた。幹細胞培養上清液の点滴では死亡事故も起きている。2026年2月には、無届けの医師が提供計画を逸脱して未承認薬を混ぜて投与していたクリニックに改善命令が出された。

自費の遺伝子検査。唾液や血液で「がんリスクがわかる」と謳い、数万〜数十万円。臨床的なエビデンスが確立しないまま売られている。検査して結果を返して、終わり。

海外では止められている

アメリカでは、FDAが未承認の幹細胞クリニックに対して恒久的差し止め命令を出している。エクソソーム製品も、薬事承認を受けない限り商業的に提供することは認められていない。2019年以降だけで複数の安全性警告と少なくとも6件の警告書が出された。EUでも、治療効果を謳うエクソソームは「先進治療医薬品」として厳格な審査の対象になる。

日本はどうか。エクソソームや幹細胞培養上清液は、再生医療等安全性確保法の対象外だ。薬機法の規制もかからない。医師法と医療法以外に実質的な法規制がない。日本再生医療学会自身が、エクソソームのリスクは「薬機法の下で開発されるバイオ医薬品と大きく変わるところはない」とガイダンスで述べている。にもかかわらず、バイオ医薬品と同等の規制はかかっていない。

2025年3月に出された「YOKOHAMA宣言2025」では、検証型と無検証型の分類・公開が打ち出された。方向性は間違っていないだろう。ただ、すでに死亡事故が起きた後の「宣言」だ。欧米との差は開いたままになっている。

広告規制のザル

医療法には広告規制がある。体験談の掲載は禁止。ビフォーアフター写真にも制限がある。リスクや副作用の記載なく自由診療を広告することもできない。

建前上は。

厚労省のネットパトロール事業の令和5年度報告を見ると、審査した1,098サイトで合計6,328件の違反が見つかっている。1サイトあたり平均5.8件。最多は「広告が可能とされていない事項の広告」で、特にリスク・副作用の記載が不十分な自由診療の広告が目立つと明記されている。

違反が見つかった施設には通知が行く。多くは改善される。されない場合は自治体に情報提供される。自治体が指導する。それでも改善されない場合、是正命令。従わなければ6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金。

30万円。自費診療で1人の患者から得る収入より少ない場合もある。

診療報酬との落差

たとえば脳動脈瘤のクリッピング術。開頭して、顕微鏡下で動脈瘤の根元をチタン製クリップで挟む。手術時間は3〜4時間。一つ判断を誤れば患者の人生が変わる。診療報酬は114,070点。金額にして約114万円。これは病院に入る額であって、執刀医個人の報酬ではない。

採血して検体を送るだけの検査が20〜30万円。エクソソームの点滴が1回150〜300万円。

保険診療の世界では、何十年もかけて積み上げたエビデンスに基づいて治療が行われ、診療報酬という形で価格が決められている。自費の世界では、エビデンスがなくても値段を自由につけられる。命に直結する手術より、エビデンスのない点滴のほうが高い。 この構造は、どう考えてもおかしい。

止める仕組みがない

共通するものがある。

エビデンスが不十分なまま高額で売られていること。患者の不安や切実な願いが強い領域に集中していること。本来の専門性がなくても医師免許があれば参入できること。検査や施術を売った後のフォローが薄いこと。学会のガイドラインに強制力がないこと。

そして、法律上は違法ではないこと。

医師免許があれば診療科に関係なく検査も施術もできる。自費だから価格もメニューも自由だ。患者さんからすれば「医師がやっているなら安全だろう」「保険が効かないのは最先端だからだろう」と映る。医師免許という信用を担保にして、エビデンスに基づかない医療が高額で売られている。

自費診療そのものが悪いわけではない。保険適用外でも医学的に意義のある選択肢はあるし、患者さんの選択肢を広げている自費診療もある。

問題は、「自費」が規制の緩さの隠れ蓑になっていること。それを止める仕組みが、事実上ないこと。エビデンスのない医療が高額で売られている現実がある。そのことは、知っておいたほうがいい。


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