十年寝かせれば、全部消える〜韓国サッカー協会の監査報告書と、三つの期限〜
動かなかった十年
2026年8月6日、ソウル警察庁広域捜査団の捜査員が忠清南道・天安の大韓サッカー協会と、ソウル鍾路区のサッカー会館に入った。協会への強制捜査は史上初。同じ日、韓国の放送局JTBCが、文化体育観光部が2016年に作成した監査報告書の中身を報じた。
偶然かどうかは分からない。以下は8月9日時点で公表されている報道に基づく。
決裁を通った接待
報じられた監査報告書の名は「大韓サッカー協会役職員などの不正調査結果」。対象となった時期は2011年3月から2012年3月まで、当時の会長は趙重衍。鄭夢奎が会長職に就くのは2013年1月なので、その前の体制の話になる。
一年間に韓国国内で行われた代表戦7試合、W杯と五輪の予選が3試合と親善試合が4試合。それらに携わった外国人審判やマッチコミッショナーらが接待を受けたとされる。人数はJTBCが20人、MBCが10人余りと伝えており、報道によって幅がある。
場所はソウル、蔚山、慶南昌原。費用は協会の法人カードで決済された。2012年2月29日のクウェート戦では、試合当日の未明にソウル駅三洞の按摩施術所で50万ウォンが決済されている。五輪最終予選のオマーン戦では、昌原で試合終了の約2時間半後に76万ウォン。JNNが入手した資料では一回あたり日本円で最大12万円ほどとされ、当時の副会長にまで報告されていた情況があるという。
朝日新聞によれば、協会内で決裁を受けるための書類には試合後の飲酒や食事の名目が記載され、一部には「審判マッサージ」と記されていた。
逸脱ではなく、経理を通る手続きだった。
接待に関わったとされる協会職員は、外国人審判たちが先に要求してきたと話している。ただしこの証言は、接待を実行した側の人物によるものだ。
名目さえ整っていれば決裁は通る。会計の審査は、支出の実体まで遡って確かめる作りになっていないことが多い。飲食費として上がってきた伝票を、飲食ではなかったと疑うところから始める経理部門はほとんど存在しない。これは韓国のサッカー協会に限った弱点ではなく、法人カードと稟議で回る組織なら大抵どこにでもある。
もう一件
洪明甫の代表監督就任は2024年7月13日。当時から市民団体などが、選任過程に協会役員の不当な介入があったとして告発していた。告発の対象には鄭夢奎前会長や、監督選考を担当した李林生技術総括理事らが含まれる。
鄭氏は2013年1月から2026年7月6日の辞任まで、13年5か月にわたって会長の座にあった。歴代最長で、在任中から「協会の私物化疑惑」が繰り返し指摘されてきた人物だ。十三年という長さは、規定の運用や人事の慣行が特定の判断に馴染んでいくには十分すぎる時間だと思う。
警察はこの告発を受理し、関係者への調査を進めてきた。だが違法性の有無について、明確な結論には至らないままだった。
W杯北中米大会は1勝2敗で一次リーグ敗退。洪氏は辞任し、7月30日には国会の聴聞会に出席して、選任にあたって特別扱いを受けたことはないと述べている。8月4日、被疑者として事情聴取。6日に家宅捜索。捜索は午前9時から午後8時頃まで、約11時間に及んだ。聯合ニュースによれば、押収対象だった鄭氏や李氏の携帯電話を全て確保するには至っていない。
選任手続きの透明性については、2024年秋の時点で既に指摘が出ていた。選任権限を持たない李林生技術総括理事が最終候補を推薦したという点。協会側も、選任手続きに厳格に則ることはできなかったと認めていた。
十年と二年
監査報告書は2016年に作られ、2026年まで表に出なかった。告発は2024年に出され、2026年まで動かなかった。
どちらも、内容は当時から一文字も変わっていない。
2016年は、韓国で不正請託及び金品等の授受の禁止に関する法律、いわゆる金英蘭法が施行された年でもある。同年9月28日施行。公務員や報道関係者らへの接待を金額基準で規制する法律で、立法の前提には接待が慣行として広く存在するという認識があった。接待の慣行を規制する法律が動き出した年に、接待を認定した監査報告書が完成し、そのまま十年出なかった。
変わったものは一つしかない。W杯北中米大会、一次リーグ敗退。
無関係なもの
敗退は、監督選任手続きが定款に違反していたかどうかとは関係がない。2011年に法人カードで按摩施術所の代金が決済されたかどうかとも関係がない。負けたから違法になるのでも、勝ったから適法になるのでもない。
にもかかわらず、執行の起点はそこだった。共同通信は、W杯敗退後に国民の注目が集まったことを受けて警察が捜査を加速させた、と伝えている。
二通りに読める。
世論がなければ、告発も監査資料も埋まったままだった。外からの怒りが最後の安全弁として働いた、という読み。もう一つは、法の執行速度が競技の成績に連動しているという読み。今回はたまたま望ましい方向に動いたが、同じ仕組みは逆向きにも同じ強さで働く。
どちらが正しいかを決める材料を、僕は持っていない。
2024年秋、選任過程については行政の側で一応の判断が示されている。手続きの透明性は適切でなかったとしつつ、洪氏の側が有利になるよう働きかけた事実はなく、契約を無効と判断することは困難だとされた。政治的な介入ではなく手続きの不透明さの問題である、という整理だった。
その整理から二年で、同じ案件が業務妨害容疑の刑事捜査になっている。法律も事実関係も変わっていない。
なお、この事件を担当しているのは広域捜査団の金融犯罪捜査隊だ。令状の記載は業務妨害。部署名から資金の流れを読み取りたくなるが、編制上そこに配点されただけの可能性もある。判断の材料が足りない。
分からないこと
リークした主体が分からない。文体部の内部から出たのなら、行政による協会統制の一手になる。協会内の反主流派から出たのなら権力闘争。国会関係者を経由したのなら政治利用。同じ文書でも、出所によって意味が反転する。今のところ、どの経路も否定できない。
気になるのは、資料の管理が両方向で緩んでいることだ。十年前の行政監査資料が報道機関に渡り、他方で強制捜査に入った警察は主要関係者の端末を押さえきれていない。出るべきでないものが出て、押さえるべきものが押さえられていない。
判定への影響も分からない。文体部が認定したのは接待の事実と決済の記録であって、笛が曲がったかどうかではない。接待があったとされる7試合で韓国代表は5勝2分、負けなし。この数字は証拠になりにくい。相手はホンジュラス、中国の五輪代表、セルビア、オマーン、ポーランド、クウェート、カタール。すべて韓国国内での開催で、当時の力関係なら負けない組み合わせが並んでいる。2012年2月29日のクウェート戦はソウルW杯競技場で2対0、カタール戦は0対0の引き分けだった。
接待を受けた審判が笛で応えるなら、引き分けは説明しにくい。
時効が守ったもの
日本人審判について、共同通信はMBCを引用して、日本サッカー協会の審判委員会幹部でJリーグの審判を統括する立場にあると伝えた。属性のみで、名前は出ていない。2012年2月29日のクウェート戦は主審と副審を含む審判団4人が全員日本人で、うち2人が接待の対象だったと文体部は判断している。
韓国国内法上の公訴時効は、この時期の行為の大半について既に経過している。FIFA倫理規定も届かない。
現行の規定は2018年8月12日発効で、贈収賄や資金の不正流用、試合の操作について10年を過ぎれば訴追できないと定める。それ以前の版では、贈収賄と汚職の訴追に時効の定めがなかった。発覚までにどれだけ時間がかかっても処分の対象になり得た。FIFAは改定にあたって、10年、調査が開始されていれば15年あれば重大な違反の調査を終えるのに十分だと説明している。本件でFIFAが調査を開いた形跡はない。
接待の最後は2012年3月。現行規定の10年なら、2022年3月に満了している。規定が変わっていなければ、期限そのものが存在しなかった。
2006年W杯の招致をめぐる件で、FIFAの倫理委員会は2021年2月に手続きを終結させた。対象の行為は2002年前後の支払い。ベッケンバウアーについては2012年、ツヴァンツィガーらについては2015年に時効が満了したとして、現行規定の第12条を適用している。2018年に引かれた10年の線が、それ以前の行為に遡って適用された形になる。なお2016年にベッケンバウアーが受けた警告と7000スイスフランの罰金は、招致とは別に、調査への非協力を理由とするものだった。
監査報告書が作られたのは2016年。時効の規定が短くなったのは2018年。報告書はそのどちらの時点でも、公表されていない。
時効という制度は、本来は時間の経過によって証拠が散逸し、公正な認定が難しくなることを理由に置かれている。記憶は薄れ、記録は失われ、反論する手段も乏しくなる。追及される側を守るためというより、判断の質を保てなくなった手続きを打ち切るための線引きに近い。
今回は、その前提が反転している。証拠は散逸していない。2016年に証言とカード明細と協会の釈明資料を突き合わせて、行政が結論まで出していた。散逸したのではなく、公表されなかった。認定済みの記録を伏せたまま時間を経過させれば、時効は追及される側の保護に変わる。
では時効が守ったのは誰か。接待を受けた審判か。あるいは、結論の出た監査報告書を十年間出さずにおいた側か。
五年と十年
報道を受けた6日から7日にかけて、協会は文書の保管年限が5年であることを理由に、当時の事実関係を確認するのは難しいと説明した。
だが確認は済んでいる。2016年に文体部が証言と決済記録を突き合わせ、報告書という形にまとめている。保管年限を過ぎて消えたのは協会の側の文書であって、認定そのものではない。
8日、協会は「サッカーファンおよび関係者の皆様へ」と題する文書を出した。謝罪と刷新の約束、そして現在はこうした不適切な行為やカードの使用は一切発生していない、という内容だった。
現在の話をしている。十年前に何があったかは、別の場所に書かれたままになっている。
供給と需要
先に要求したのは外国人審判の側だ、という証言をどう扱うか。
仮にそのとおりだとしても、要求に応じて法人カードを切り、決裁書類に飲食の名目を書いたのは協会の側だ。要求がなければ支出は生まれない。だが要求だけでは決裁は通らない。責任の所在は片側には寄らない。
同時に、この証言の出所は接待を実行した本人であり、自らの行為を説明する立場にある。証言としての性格は差し引いて読む必要がある。文体部が認定したのは接待の事実であって、誰が先に言い出したかではない。
日本の側
日本サッカー協会は、事実関係を確認中だとコメントしている。
これは処分ではなく、事実の確認として始まっている。時効で懲戒が届かないなら、確認された結果をどう扱うかは協会の裁量に残る。公表するのか、内部の記録に留めるのか、人事の判断材料として静かに使うのか。決めるのは調査した側だ。
競技団体は公金を受け取りながら、運営の自治を持つ。外部監査が入ることはあっても、その結果が公表されるとは限らない。日本でも、不祥事を受けて設置された第三者委員会の報告書が非公表のままだったり、要約や概要版だけが公開されて全文が出ないまま終わったりする例は珍しくない。公表の判断を、調査対象になった団体自身が握っている構造がそこにある。
今回は、行政の監査が結論まで出していながら十年間表に出なかった。日本の競技団体に同じ穴がないと言える根拠を、僕は知らない。
接待は当時、慣例だったと協会関係者は語っている。慣例なら、始まりがある。
2016年に監査報告書は完成していた。2024年に告発は出ていた。2026年8月6日、二つが同じ日に動いた。
【2026年8月16日 追記】
この記事の公開後、前提が一つ崩れた。
JTBCの単独報道により、当時の検察がこの件を処理していたことが分かった。2017年、文化体育観光部は趙重衍前会長ら役職員12人を業務上背任の疑いで警察に告訴している。警察の捜査で計2億ウォン余りの法人カードの私的流用と横領が確認され、起訴された。趙前会長には300万ウォンの罰金。他の役職員は大部分が無罪判決または嫌疑なしとなった。
性接待に関わった協会職員2名については、警察が業務上横領を適用したが、検察が不起訴として捜査を終結させている。
つまり、司法手続きは動いていた。監査報告書が行政の内部で十年眠っていたという本文の見立ては、正確ではなかった。報告書は翌年に告訴という形で外に出て、警察と検察を経由し、一部は有罪判決まで至っている。
動かなかったのは、公表だけだった。
時効についても書き直す必要がある。本文では2022年3月に満了したと書いたが、判断が下されたのはそれよりずっと前だ。時効が来る前に、検察は結論を出していた。時効は追及を止めたのではなく、既に止まっていたものを二度と動かせなくしただけだった。
そして不起訴の理由が、この件の性質を変える。JTBCによれば、不起訴理由書には、性接待は私益のためではなくサッカー協会の利益のための行為だという趣旨が記されている。
本文の最後に、慣例なら始まりがある、と書いた。始まりはまだ分からない。ただ、終わり方は分かった。組織のためだったから罪に問わない、という形で終わっていた。
この点については別稿で扱う。
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