「IQ差20で会話不能」の出典を調べたら根拠がなかった
「IQが20違うと会話が成り立たない」。ネットで何度も見かける割に、出典を示している人を見たことがない。調べてみたら、やはりそういうことでした。
出典をたどる
この説の源流は、レタ・ホリングワース(Leta Hollingworth, 1886-1939)というアメリカの児童心理学者に行き着きます。ギフテッド教育の先駆者で、著書 Children Above 180 IQ に代表されるように、IQ180を超えるような極端に知能の高い子供たちを長年にわたって観察した人物です。
彼女はその中で、リーダーシップについてこう書いています。
「リーダーとフォロワーの知能には直接的な比率がある。仲間のリーダーとなるには、より知的でなければならないが、あまりに知的すぎてもいけない。IQ差がおよそ30ポイントを超えると、リーダーシップのパターンは形成されないか、崩壊する」
注意してほしいのは文脈です。IQ180超の子供たちが、同年代の子供集団でリーダーシップを取れるかどうか、という極端な状況での観察。大人同士の日常会話の話ではまったくない。そして厳密な実験の結論ではなく、臨床的な観察の記述です。
これを飛躍させたのが、グレディ・タワーズという人物でした。1987年、「The Outsiders」という記事でホリングワースを引用し、「異なる知能レベル間で真のコミュニケーションが不可能になる限界が存在する」と書いた。
リーダーシップの話が、コミュニケーション全般の話にすり替わっている。
タワーズは心理学者ではありません。掲載先はプロメテウス・ソサエティという高IQ団体の会誌。査読付きの学術論文ではない。彼は2000年に55歳で亡くなっています。職業は警備員でした。内輪の雑誌に書いた一本の記事が、本人の想像を超えて世界中で「科学的事実」として流通している。情報の出自と影響力の乖離が、ここまで極端な例も珍しい。
「IQ差で会話が成り立たない」という説の出典は、非専門家が高IQ団体の会誌に書いた、子供のリーダーシップ観察の拡大解釈です。 学術的な裏付けはありません。
しかも日本に入ってくる過程で、元の「30ポイント」が「20ポイント」に縮んでいます。どこで変わったのかは不明。伝言ゲームで数字すら変わるあたり、この説の根拠の脆さを象徴しています。
そもそもIQが測っているもの
もう一つ、根本的な問題があります。
IQテストが測定しているのは、論理的推論、言語理解、処理速度、ワーキングメモリといった認知機能です。対人コミュニケーション能力は測定範囲に入っていない。
IQが高い人が会話上手とは限らないし、IQが平均的でも対話の達人はいる。EQ(感情知能)という概念が別途提唱されているのも、IQだけでは人間の知的営みを捉えきれないからです。
「IQ差で会話の可否が決まる」という主張は、そもそも測っていないものを測ったことにしている。カテゴリーが違う。
Xでのバズ
先日、じゃどさん(@judsan12)のこんなポストが4.6万回以上表示されました。

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