つわり治療薬が日本へ、2030年と妻のつわり
日経で持田製薬がカナダ企業からつわり治療薬を導入し、2030年発売を目指すと報じられた。米国承認から10年遅れ。SNSは沸き立ち、ジェンダー論や製薬批判が飛び交っている。
ただ気になるのは、この話は2025年12月にすでに発表されていることだ。同じ持田製薬とDuchesnay社のライセンス契約のニュースが、5ヶ月前に出ている。今回はそれが治験開始のタイミングで再記事化された。中身は変わっていないのに、5月の今になって60万view超えで爆発している。ニュースそのものより、話題化のメカニズムに違和感がある。
冷静に考えると2030年だ。今つわりで吐いている妊婦には何も届かない。
私の妻も妊娠中つわりに苦しんだ。出産まで続いた。私は医師だが薬を飲ませるという発想は浮かばなかった。今振り返ると、何もしてあげられなかったと思う。
つわりとは何か
妊娠中の悪心嘔吐は妊婦の70〜80%が経験する。妊娠5〜6週で始まり、12〜16週でピーク、20週前後で消退するのが典型だ。
だが妻のように出産まで続く人もいる。これは少数派だが珍しくはない。教科書から外れた型として、現場では一定数いる。
長年つわりの原因は「諸説あり」だった。hCG説、エストロゲン説、心理説。どれも個人差を説明できなかった。
決着がついたのは2023年。Nature誌に Fejzo らの論文が出た。胎盤から分泌される GDF15 という因子が、脳幹の最後野にある GFRAL 受容体に結合して悪心嘔吐を起こす。これでほぼ確定した。
面白いのは個人差の説明だ。妊娠前の GDF15 基礎値が低い人ほど、妊娠時の急上昇に脳が過剰反応する。つまり普段から GDF15 が高い体質の人はつわりが軽く、低い人は重い。
裏付けとして、β-サラセミア患者は常時 GDF15 が高値で、妊娠してもつわりが極めて軽いという疫学観察がある。仮説と臨床がきれいに一致する。
妻はおそらく GDF15 基礎値が低い体質だったのだろう。
胎盤がある限り GDF15 は分泌され続ける。通常は脳が脱感作で慣れるが、これが起きない人がいる。妻のような出産まで続くケースの正体だ。
「気の持ちようだ」と言われてきた時代は、もう終わった。生物学的な機序が確定している。
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