がん細胞はなぜ転移できるのか 「生命誕生の動き」を流用する構造
がん転移の正体
がん細胞が転移するとき、それは偶然の変異が生んだ「独自の凶悪な能力」だと長らく思われてきた。九州大学の研究が、その前提を崩した。
2026年3月26日、九州大学大学院理学研究院の齋藤大介教授らの研究グループが Nature Communications に発表したこの論文は、がん細胞が新しい能力を発明していないことを示している。胎児期に始原生殖細胞が目的地へ移動するために使っていたプログラムを、そのまま流用していた。命を繋ぐために設計された仕組みが、命を奪うために動いている。
がんによる死亡の大きな原因の一つは転移だ。原発巣を手術で取り切っても再発するのはそのためで、転移を制御できれば、がん治療の絵は根本から変わる。
ブレブという共通の道具
始原生殖細胞とは、精子や卵子の元になる細胞だ。胎児期に腸管付近で生まれ、やがて生殖腺(精巣・卵巣になる部位)へ向かって長距離を移動する。その移動には血管を通る経路が使われており、血管壁に入り、血流に乗り、目的地で血管を出る。
がん細胞が血管壁を突破するとき、まったく同じ道を使っていた。
両者が共通して用いているのが「ブレブ」と呼ばれる細胞膜の膨らみだ。細胞膜の一部を風船のように突き出し、物理的に血管の隙間をこじ開ける。次世代へ命を繋ぐ細胞と、命を奪いにいく細胞が、まったく同じ物理的な道具で動いていた。
手術室で転移巣を目にするとき、その組織は原発巣とは別の顔をしていることがある。色も硬さも、周囲との境界の引き方も違う。それを「悪性化した異物」として切除しながら、なぜここまで巧みに定着できるのかという問いは残り続けていた。この研究が示したのは、その巧みさの源泉が「外から持ち込まれた能力」ではないという事実だ。体の内側に元々あった仕組みが、別の目的のために起動している。
カルシウムの出どころが分かれる
この研究が踏み込んだのは、「同じ道具を使う」という事実だけではない。ブレブを動かすカルシウムの調達経路が、細胞の種類によって異なることを突き止めた点にある。
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