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【育児エッセイ】イヤイヤ期が「NO」の練習期間だとしたら。


娘は今、イヤイヤ期の真っ只中にいる。

チャイルドシート乗りたくない。
お風呂入りたくない。
髪結ばない。
イス座らない。
とにかくいろいろやだ。


毎朝のお着替えなんて小さな戦場だ。

こっちのTシャツがいい。
やっぱり違うのがいい。
ズボンが気に入らない。
靴下はかない。

ひとつ解決したと思ったら、また次の「やだ!」が始まる。

時間がある休日ならまだいい。
でも平日はそうもいかない。

待ってはくれない時間が迫ってくる中で、
最後は半ば強引にこなす日もある。

「娘の意思を尊重したい」と思いながらも、
現実にはそう綺麗にいかない毎日だ。

そんな中で、ある日ネットで見かけた言葉が妙に心に残った。

NOと言えないやつのYESに価値はない

テレビにも出ている有名なホストの言葉だ。
最初は、大人の人間関係についての言葉だと思った。

「NO」と断る自由があるからこそ、
その人の「YES」には意味がある。

たしかにその通りだと思った。

でもなぜか私は、その言葉を見て娘の顔を思い浮かべた。


イヤイヤ期は、人生において大事な
「NO」の練習期間なのではないか。

嫌なものを嫌と言う。
納得できないことに抵抗する。
自分で選びたがる。

急いでいる朝に限ってこだわりが爆発するし、
こちらの提案は全部却下される。

「もういいから着替えるよ!」
と言って強引に着替えさせる日もある。

ごめんね、と後から心の中で謝るところまでがセットだ。

だけど最近この言葉を見かけてから
娘の「やだ!」を少し違う目で見られるようになった。

これは単なる反抗ではなく、
“自分の意思を持つ練習”なのかもしれない、と。

学校生活が始まれば、
友達との関係の中で、
「嫌だ」
「やめて」
「それはしたくない」
を言えたほうがいい場面がある。

大人になってからもそうだ。

無理な頼み。
理不尽な空気。
断れない関係。

嫌なことを嫌と言える力は、
自分を守る力でもあると思う。

もちろん、
社会の中では全部が自分の思い通りになるわけではない。

折り合いをつけることも必要だし、
我慢が必要な場面もある。

でもその前に、
「自分には嫌と言っていい権利がある」
を知っていることは、とても大切な気がしている。

だから私は最近、
イヤイヤ期を「NOの練習期間」だと思うようになった。

「やだ!やだやだやだ!」に対する
「もう…なんでよ…」という心のつぶやきが
「これは練習。練習。」に変わるだけで、

「そっか、いやだったんだね。」

の一言が出てくるようになる。

全然穏やかではない。
こちらの方が泣きたくなるほど毎日必死だ。

それでも、娘のイヤイヤ期がおわった後に
ただの大変な期間だったと思いたくない。

たくさん練習してたくさん成長したね、
と言ってあげたい。

今は全力で「やだ!」と言っている娘が、
いつか自分の意思で、
「うん」と言える人になったら。

誰かに流されてではなく、
自分で選んでYESと言える人になったら。

その時はきっと、
今のこのイヤイヤ期にも意味があったと思える気がしている。



おまけ

ローランドは私にとっての偉人です。

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