「同じ車を、もう一度選ぶ理由。」(Car No.16)
「同じ車を、もう一度選ぶ理由。」
この男は、またアウディを買った。
しかも同じTT。今度はシルバー。会社を休んで新幹線に乗り、京都まで会いに行って、8時間かけて東京まで運転して帰ってきた。そういう男だ。
最初のTTは黒かった。騙されて買った、と本人はさらりと言う。2年間、直すことで精一杯だったらしい。お金も時間も注ぎ込んだ。それでも嫌いになれなかった。手放す時、個人売買を選ばなかった。自分が嫌な思いをした車を、次の誰かに押しつけたくなかったから。買取に出して、微々たる金額で別れた。廃車にならずに次の人の手に渡る、それだけでよかったと言う。

そういうところが、妙にダンディなのだ。
ただ、2年間ずっと引っかかっていたことがある。何かが、違った。修理に追われながら、その違和感の正体を考え続けた。そして気づいた。自分はこの車の本質を、まだちゃんと味わっていなかったのだと。
アウディTTの本質は、デザインだ。
バウハウスの思想を現代に蘇らせたと言われるあのフォルム。丸みを帯びたボディ、彫刻のような佇まい。走ってどうこうじゃない。所有することに喜びがある車。眺めて、触れて、その場に存在しているだけで完結している。そういう種類の車だった。だから、もう一度乗りたいと思った。今度は「わかって」選ぶために。
会いに行ったのは3月、京都だった。
待ち合わせの場所に現れたシルバーのTTを見た瞬間、息が止まった、とは本人は言わない。ただ静かに、こう思ったらしい。
綺麗だ。オシャレだ。とても22年前の車には見えない。
屋根付きガレージ保管で大切に扱われてきた一台。たぶんそうだろうと推測している。その佇まいには、時間の積み重ねを感じさせない清潔感があった。色褪せるどころか、むしろ今の時代の中でひときわ異彩を放っていた。
そしてシートに座った瞬間、不思議な感覚に包まれたと言う。
興奮でも、テンションが上がるのでもなく……ホッとしたのだと。
安堵感、と彼は言った。内装も綺麗で、落ち着いたのかも知れない。でもそれだけじゃない気がする。黒いTTの2年間、彼はずっとどこかで緊張していたのだろう。直さなきゃ、なんとかしなきゃと。そのシートに座った瞬間、初めて「あ、大丈夫だ」と思えた。
そしてその時、確信した。
ああ、これがアウディだ。
理屈じゃない。説明もできない。でも、わかった。この感覚を味わうために、もう一度TTを選んだのだと。まるで、ずっと探していた誰かにようやく出会えたような。
帰りは8時間かけて、東京まで運転した。高速は快調だった。エンジンと対話しながら、という表現を彼は使った。ガソリンは高かったし、エンジンルームにはまだ直すべき場所がある。でもそんなことは、もうどうでもよかった。

今度の付き合いは、上品にいくと彼は言った。
難しいことじゃない。ただ、綺麗にしておく。この車が美しくあることが、正しい姿なのだから。そしてこの車は、きっとそれに応えてくれる。
この男の美意識は、ぶれない。

同じ車を、もう一度選ぶ。それだけで、その人の人生が少し見えてくる気がした。
Text by 水島沙樹 ── for Volant
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