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崖+馬+牛+宇宙=隠岐。地球の鼓動を感じる場所

「旅に出ると、自分の存在がちっぽけに感じられる。そこがいい」
旅が好きな人からよく耳にする言葉だ。

人は、自分がどうあがいてもかなわない圧倒的なものを前にすると、謙虚な気持ちにならざるを得ない。

赤壁。牛の姿がパラパラと

今回取材に訪れた隠岐の摩天崖(まてんがい)も赤壁(せきへき)も、存在感があまりに凄まじかった。
数百年、数千年、数万年という、気が遠くなるほど長い時間を経過した痕跡が今ここに、すぐ目の前にある。

世の中のサイエンス番組や博物館の展示で「地球の歴史に比べれば人類の歴史なんてほんの一瞬」と言われると、「いや、そうなんでしょうけど、そう言われましても」と少し困ってしまうのだが、ここにいるとむしろ自分のほうから「じ、人類の歴史なんて……!」と握りこぶしで叫びたくなってしまう。

そんな大迫力の大地や崖の上で、放牧の馬や牛たちが静かに草を食んでいる。

頭でっかちな都会人(=わたし)が大自然を前に「うわー!」とか「うひょー!」とか感嘆したり、靴を脱いで裸足になって草むらをルンルン気分で歩いたりしている間も、「時間だとかなんだとか、そんなのどーでもいいじゃない」とばかりに、ただただ食べることに集中しているのがいい。

摩天崖にて、馬の親子のランチタイム。平和を感じる

こうなると、動物たちに対しても謙虚な姿勢になってくるものだ。
スマホのカメラを向けるときも「お食事中にすみません、お写真を一枚失礼いたします」という気分になる。

人は自分の力で生きられると思ったら大間違いで、むしろその逆。
酸素、水、食べるもの、衣服や家といった身を守るための道具など、どれひとつ取っても、自分では生み出せないものばかり。
地球、あるいは宇宙のおかげで、与えられた命を生かすことができている。環境に依存しまくっている。

隠岐という土地に身を置くと、普段は忘れがちだけれど忘れちゃいけない大切なことを、忘れないまま生きていけるんじゃないか。
そんな気がした。

赤ハゲ山の牛さんたち

ところで、今回の取材には媒体のディレクターであり、かれこれ20年以上のお付き合いになるTさんも同行したのだけれど、Tさんは昔からなかなかに引きが強い。

わたしたちが隠岐を訪ねたのは5月中旬。その前の5月上旬はずっとぐずついた天気が続いていたそう。
しかしながら、わたしたちが滞在した3日間はすべて晴天。ご案内くださった隠岐ジオパーク推進機構のみなさんも「ようやく晴れた」「本当によかった」と喜んでいらした。

到着した初日、隠岐空港のある島後(どうご)からフェリーに乗って島前(どうぜん)に移動したのだが、港を離れてしばらくするとフェリーの背後に野生のイルカの群れが現れて、ジャンプに次ぐジャンプの大サービス。

その後、隠岐のあちらこちらを訪ねては「そういえば、イルカを見たんですよ」と言うと、地元の人たちや移住組に「それは珍しい」「そんなの見たことない」と驚かれた。

先程の写真の赤ハゲ山のある千夫里島(ちぶりじま)は、人口600人の村に放牧の牛が800頭、野生のタヌキに至っては2000~3000頭棲息しているというタヌキ天国でもある。
(昭和初期に持ち込まれた2匹のつがいの子孫がこんなことに。すごい繁殖能力)

そのため、島を歩いているとタヌキの姿を見かけることも。ただし、人間にここまで(下の写真)近寄ることは珍しいらしい。

赤壁に向かう途中で出会ったタヌキ

そう、Tさんは動物の引き寄せ力が特に強いのだ。

滞在3日目、中村のかぶら杉という樹齢600年の巨木を眺めていると、美しい蛾がひらひらと飛んできて、Tさんの手の甲にとまった。そして、いつまでも離れようとしなかった。

なんとも、ご相伴にあずかった気分の3日間だった。

・・・
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