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『不眠症のドラゴン氏と放逐された貧弱術士』第三話

 酒場から、歩いて二十分ほど。街の「治安が悪くなるか、そうでないか」の境界線ギリギリあたりに位置するダントの家は、少し外見がみすぼらしかった。メリーとて、「導師たるもの、それらしい家に住まうべき」などとは思っていないし、むしろ、恐らく世俗のことに無頓着であろう彼のことを思うと、ふさわしいかも? と感じた。
「ちょっと散らかってるけどね」
「う、うわあ……!」
 玄関をくぐって、メリーが最初に上げたのは、感嘆の声だった。実家の、自分の部屋ほどの広さの中は、四方が本棚だった。ぎっしりの本棚が城塞の様にそびえ、高いところにあるものを取るためだろう、真っ先に、小ぶりなはしごが目に止まった。部屋は奥に続いているらしかったが、その先も多分、本棚だらけなんだろうな、ということが、容易に察せられた。その本棚山脈の中央に、申し訳程度のテーブルと椅子がある。勧められた。
「まあ、どうぞ?」
「し、失礼します」
 ギクシャクと座るメリー。顔を巡らせてみても、本、本、また本だった。自分が生涯で読んだ本の量なんか、話にならないほどの数だった。
「水でいい? って言うか、それしかないけど」
「あ、お、お構いなく」
 少し待っていると、多分裏手に、井戸か、川の水を引いた場所があるのか、ダントが、水を入れたコップを二つ持ってきた。静かにテーブルへ置きながら、彼も座る。
「さてと。まずはメリー? おさらいをしてみようか。僕がギルドの掲示板を見た限り、君は、初歩的な火球の術しか使えない。間違いないね?」
「え、ええ、そうで……じゃない、そうよ」
 そこでダントが、メリーを値踏みするように眺めた。
「ふむ、当てて上げようか? スキルアップはしたいけど、どういう方向性で行くか? つまり、既存の術のパワーアップか、あるいは、全く別のスキルを習うべきか? それも決まってないね?」
「はい、じゃなくて、うん……そ、その通り……」
 またしても、一言も言っていない事を当てられ、メリーは、見えない刺し傷を負った気分になった。だが、ダントは優しく微笑んだ。
「それが悪いって言ってるんじゃないよ。誰しも、一度は通る道さ。大丈夫、とっておきの術を教えて上げるから」
 イタズラをする子どものように、屈託のない顔で、ダントは、目の前に指を一本立てた。
「結論から言うよ。取得すべきは、『誘眠』の術だ。僕の知る限り、この術を使えるのは、そうそういないはずだ。他の連中との差別化に、十分なると思う」
「そ、そうなの?」
 少し、拍子抜けしたようなメリーだった。それもそうだろう、彼女の中では、もっと派手な、破壊系の術が「それっぽい」と思っていたからだ。
「地味だと思うかい? 残念、甘いよ。メリーも、夜は寝るだろ?」
「うん、夜と言わず、昼寝も大好き」
「その睡眠中、敵襲を想定してるかい? あるいは、寝込みを襲われて、すぐに反撃できるかな?」
「そ、そこまでヘビーな人生送ってないよ? って言うか、まあ、寝てる間は、すんごく無防備なのは確かね」
 メリーがうなずくと、「そこだよ」と、ダントが、立てた指をくるくる回した。
「生き物は全部、眠らなきゃいけない。モンスターもしかり。そして、君の言うとおり、ほぼ全て、寝ている時ほど無防備なものはない」
「つ、つまり?」
「人でも、モンスターでもいいけど、襲ってきた相手の手が届く前に、一撃で眠らせることができれば、どうなる? まだ怖いかい?」
「……あっ」
 例示されて、メリーもやっと気付いた。そうだ、どんなに怖い相手でも、眠っていれば、害が及ぶ前に、殺す……のは性格的に無理にせよ、逃げることだって簡単だ。
「そう、つまりは、そういうことだよ。みんな、割と見落としてるんだよね。派手な破壊系は、やっぱり映えるからさ」
 パチリとウィンクする、ダントだった。
「じゃ、じゃあ、そのためには、どうすればいいの?」
「焦らない。見たところ、メリーの魂は、火属性だね。火球の術が使えるんだから、それも分かるけど、誘眠の術は、風属性なんだよ」
「わ、わたしには無理ってこと?」
「おっとっと、人の話は最後まで、ね? メリーが知ってるかどうかはどうでもいいけど、属性は、複数持てるんだよ。君も、風の精霊の祝福を受ければいいだけさ。それができる聖なる泉は、それぞれの山にある。風なら、ウィーデル山に行けばいい。僕が案内して上げるからさ」
「あ、ありがとう!」
 なんだか、初手から至れり尽くせりな感じがして、少し恐縮しつつ、メリーはうなずいた。
「今から山を登るとなると、ちょっと危ないな。明日にしよう。精霊は逃げるわけじゃないからね。明日の朝七時ぐらいに、この家の前まで来てくれ。防寒具は忘れずにね?」
「う、うん!」
 実のところ、メリーは早起きが苦手なのだが、四の五の言っていられない、と思った。
「その……よろしく! ありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして」
 ダントは、その経験と勘から、内心「この子、化けるぞ」と確信しつつ、とりあえずその日は、新米の弟子を送り出した。

 翌日。頑張って早起きして、防寒具も含め、万全の登山支度をしたメリーは、ギルドの宿を意気揚々と出た後で、困ってしまった。ダントの家への道を忘れてしまったのだ。昨日の酒場までの道は分かるのだが、その先があやふやだった。ギルドに行けば、何か情報が得られるかもしれないが、時間が朝早いので、営業はまだ始まっていない。通りすがりの人に聞きたくとも、そもそも人通りがない。どうしよう!? と思っていると、彼女の目の前に、羽の生えた小さな女の子のような者が飛んできた。妖精だ、と理解するには、少しかかった。
「マスターの家は、こっちよ、メリー。ついてきて?」
「あ、あなたは?」
「あたしはただの、マスター・ダントのメッセンジャーよ。気にしないで?」
 気にするな、で済ませるには、妖精というものが本当にいて、目の前に飛んでいるのは、不思議さ度合いが頭抜けていた。しかし、まさしくの水先案内人の出現に、メリーはホッと胸をなで下ろし、妖精らしき「メッセンジャー」の飛ぶ方向へ、歩を進めた。やがて、ダントの家の前まで来た。本人が、既に同じく万端の装備で、外に立っていた。
「連れてきましたよ、マスター」
「ああ、ご苦労様、アンヌ。絶対に道を覚えてないだろうなって思ったのは、正解だったみたいだね。もっとも、詳しく教えなかった僕も悪かったけどさ。とにかく、おはよう、メリー」
 ダントは、爽やかな笑みだった。使いをよこしたことなど、まるで気にしていない様子に、かえってメリーの方が申し訳なくなった。
「お、おはよう、ダント。朝からごめんなさい……」
「なあに、こんなことぐらい、気にすることじゃないよ。さて、見たところ、準備はしてきてるようだし、早速出発だ。アンヌ、留守番よろしく」
「分かりました、マスター。行ってらっしゃい」
 アンヌという名前らしい妖精が、無邪気に微笑んだ。

 いったん、街の広場まで出て、そこから馬車を使った。しかも、乗り合いではなかった。運賃は高いはずなのに、ダントは羽振りがよかった。お金儲けには興味がないと言っておきながら、実はこの人、お金持ちなんじゃ? と、メリーが思うのも、自然なことだった。ただ、他人様、しかも先生に、個人的な懐具合を聞くのは、いかにも失礼じゃないかしら? ということは、メリーの育ちが思わせた。

 ともあれ、馬車で二時間ほど揺られ、ウィーデル山のふもとで、二人は降りた。四方の山が揃ってそうなのだが、登るために必要なのは、少しの体力と、防寒具、そして食糧だけ。意味するところは、その気になれば、誰でも登れる程度の勾配が、目的地まで続いているということだ。より分かりやすく言えば、登山道が整備されている。誰がやったのか? はシンプルで、山、及び森に住まうエルフ達が作ったものだが、別に人間が通るな、という決まりもない。

 なお、エルフやドワーフと言った亜人種達は、この土地の先住民族だ。普通なら、後から来た人間との争いになるところなのだが、当時の王が賢明で、彼らと交渉を重ね、平和裏に共存が叶ったという経緯がある。しかし、亜人種達は総じて、人間のことがあまり好きではない。

 メリーには気になっていることがあった。ウィーデル山に着いて以降、ずっと、何かのうなり声のようなものが聞こえていたからだ。
「ねえ、ダント。これ、何の声?」
「多分、この山のドラゴンだよ。どうしてか? までは、さすがに分からないけど、怒ってるのかもしれないね」
 怒れるドラゴン、と聞いて、メリーの脳裏を、前の恋人だったレントの顔がよぎった。怒りたいのはこっちだったが、自分一人じゃ、到底太刀打ちできないことは、いくらなんでも分かった。

#創作大賞2024 #漫画原作部門

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