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俺たちの夢中の真ん中にあるもの

あんたは、なにかに夢中になった記憶を辿ったときに、何が一番最初に来る?

俺の場合、楽しくて夢中になったことは、全部学生時代に置いてきちまった気がする。

もちろん、妻とのデートが楽しくなかったわけじゃない。
息子といっしょに遊ぶのが楽しくなかったわけじゃない。
仕事で気がつけば終電逃したなんてのも、いくらでもある。

ただ、「夢中」ってなると話が違う気がするんだよ。
いわゆる「ゾーンに入る」だけじゃダメなんだよな。
そこに「楽しさ」が無けりゃダメなんだけれど、「楽しさ」だけでもダメ。

そう考えると、「夢中」って言葉は結構難しい言葉だよな。

今回は「夢中」って状態について考えて、それが俺たちにどんな影響を及ぼすものなのかってのを考えてみる回だ。

ちっと、気軽に使いがちな「夢中」について、一回脳みそ通してみようぜ。


夢中になったこと

改めて、「俺が夢中になったこと」ってのを考え直してみる。

学生時代に夢中になっていたのは、テーブルトークRPGってジャンルのゲームだ。

まあ、知っているヒトは知っている。
知らないヒトは全然知らない類のゲームだな。

ゲームつっても、ゲーム機も使わなけりゃパソコンも使わない。
今どきのスマホもタブレットも使わない。

必要なのは、仲間と想像力。
あとはサイコロとルールブック。

そんなところだな。

ざっくり言えば、「ルールのあるごっこ遊び」って感じ。

俺はそれに夢中になった。

話の軸を作るゲームマスター。
その話に乗っかりつつ、物語に色をつけるプレイヤー。

そんな共同作業で得られる没入感。

俺はこの没入感ほど、強いのめり込みをしたことがないかもしれない。

例えば、世界を憎むやつがいる。
表立っては動いていない。でも確実にヒトを憎み、社会を憎み、家族すら憎んでいた。
旅の途中で、そいつが自分の父親だと知る俺のキャラクター。

自分の片思いの相手を殺そうとした、憎むべき相手。
その時の心情をリアルに想像するわけだ。

なんというか、心が絞り上げられているような感覚が俺を包んでいた。

ただ楽しいだけじゃない。
ただつらいだけでもない。

「自分の中のどこかが引きずり出されて、その場に放り込まれている」感じ。

俺にとっての「夢中」は、たぶんここにある。

夢中の条件

じゃあ、夢中の条件ってなんだろうな。

このテーブルトークRPGで俺が経験したことを入口に考えてみると、こんな感じになる。

まず、「ゾーン」に入る。これは外せない。
没入感。
まるで、自分が見知らぬ街を彷徨っているような感覚。

ゾーンへの入口は、俺たちの「想像力」だった。

もちろん、ゲームマスターの魅力的なシナリオも絶大な力を持ってはいた。
でも、それだけじゃダメでさ。

俺たちがゾーンに入るためには、俺たち自身が「意図を持って」ゾーンに飛び込む必要がある。

悲惨な環境で、それでもどこかへ進まなければいけない焦燥感。
まるで手に斧を握っている重量感が、豆だらけの手に吸い付いているような感覚。

そういうところまで、想像する。

俺はたぶん、「別の苦しいリアル」に夢中になっていたんだと思う。

俺たちはいわゆる団塊ジュニア世代で、生まれたときから競争にまみれて過ごしてきた。
大学も落ちまくり、なんとか引っかかったところで就職活動をするも、これもライバルの多さに潰されそうになる。

そんな現実的な「苦しさ」とは別の、「苦しさ」を俺は求めていたんじゃないかと思う。

なぜか。

その分、俺は「苦しさに耐える準備ができる」と、感じていたからだ。

そう、俺にとって夢中ってのは、もしかしたら
「未来に備える準備」そのものだったのかもしれない。

現実の苦しさから逃げるんじゃなくて、別の形の苦しさに、自分から飛び込んでいく。
その中で、自分の内側を揺さぶっておく。

そんな“自主トレ”みたいなものだったのかもしれない。

仕事の夢中

さて、社会に出た俺は、圧倒的な自由と、見えない鎖による圧倒的な不自由さを、同時に体験していった。

まず、圧倒的な自由。

「友人関係」という、客観的評価が極めて難しいことに思い悩んでいる余裕がないこと。
つまり、「結果を残せばそこにいていい」というルールだけが、目の前にポーンと置かれている。

これが、俺の社会人一年目の実感だった。

たとえ雑用であろうとも、先輩に聞いても「自分で調べろ」で終わる。
気がついたら、壁一面の本棚に置いてあるマニュアルと格闘しながら、一人で黙々と仕事をしていたことを思い出す。

このときほど本の「質量」に圧倒された記憶はない。
そのマニュアルたちには図書館のそれとは違う、技術屋のもがきの記録のように俺には見えたんだ。

比喩じゃなく、ホントに一人っきりで、1年目の俺はその技術のもがきと格闘していた。

今考えてみりゃあ、ヒデェ話かもしれない。
でも、あの経験は俺にとって、「俺の土台」を作ってくれたと思う。

あの時間を通っていなけりゃ、今の俺にはなっていなかった。
そう言い切れるくらいには、濃い時間だった。

誰も助けてくれない中、分厚いマニュアルと格闘している時、ふと思ったんだ。『これ、あの時のルールブックの読み込みと同じじゃねえか』って。あの時と同じ、正解のない荒野を歩く感覚がそこにはあった。

また別の時、突然の別プロジェクトで起きたトラブルだった。
状況も何もわからないまま俺と先輩がその燃え盛る緊張の場に突如突っ込まれて、先輩と状況を見極めようと必死に見ていた時。
お客の担当者のヒトが言った。

「手を動かせないやつはいらねぇんだよ!」

直接俺や先輩に言うならまあ、良い。
当然、その矛先はトラブルの渦中にある別の先輩や上司に向けられる。

先輩は静かに言った。
「やってやろうじゃねぇか」
俺も静かに言った。
「はい」

仕事の修羅場ってのはああいうのを言うんだろうな。
まさに「絞り上げられるような焦燥感」がそこにはあった。

その意味で、俺は「夢中」だったのかもしれない。
楽しいかどうかなんて、考える余裕はなかったけどな。

じゃあ、学生時代の夢中と、仕事の夢中の最大の違いはなんだろう?

一つでっかいのが、
「与えられた夢中」か、「偶然手に入れた夢中」か、ってことな気がする。

仕事を与えられた時、おそらく与えてくれた先輩方も、俺ができるとは思っていなかったと思う。
それをなんとか形にし続けて、徐々に信頼を勝ち取っていく。

俺は「与えられた夢中」の中で、登っていく感覚を確かに感じていた。

一方で、学生の頃の「偶然手に入れた夢中」。
つまり、「自分を鍛え上げる」という目的だけのための夢中。

どっちが正しいとかじゃない。
ただ、質というかジャンルがまったく違う。

仕事の夢中は、「誰かに求められる必要がある」。
学生時代の夢中は、「自分が勝手に求めに行ったもの」だ。

この差は、地味だけどデカい。

その差を埋め合わせるために、仕事の夢中の中に自分のスキの核を見つけ出す必要がある。

「夢中」と「スキ」と、あんたのこれから

この二つの夢中を重ね合わせた時に、真ん中に残るもの。俺はそれをあえて「スキ」と呼びたい。

その接合点を探すのも一苦労だけれどな。

「スキ」と言う言葉だけだと、どうにも薄っぺらく感じちまうかもしれないが、2つの夢中の接合点をなんだって考えるとその言葉が一番しっくり来るんだ。

振り返ってみれば、学生時代の夢中は自分から飛び込んだ「別のリアル」で

  • 頭も感情もフル稼働させて

  • 結果的に「未来の自分への準備」になっていた状態

だったんだと思う。

一方で、仕事の夢中は、

  • 誰かに与えられた課題の中で

  • 必死に食らいつくことによって

  • 「ここにいていい」という居場所を勝ち取る行為

に近い。

どちらも、「ゾーンに入る」という意味では似ている。
でも、「誰の意図でそこにいるか」が、まるで違う。
誰の意図だって?
俺たちの意図に決まっているじゃないか。

じゃあ、「スキを大前提にする」ってのは、どういうことなんだろうな。

たぶんそれは、

  • 与えられた夢中の中にも、自分で選んだ要素を混ぜていくこと

  • 偶然手に入れた夢中の中から、「自分が本当に鍛えたかった部分」を拾い上げること

この二つなんじゃないかと思う。

たとえば、俺の場合なら──

  • TRPGで夢中になっていたのは、「物語を一緒に作ること」と「感情を言葉にすること」だった。

  • 仕事で夢中になっていたのは、「誰も教えてくれない中で、手探りで仕組みを組み上げること」だった。

この二つを足すと、
「言葉と仕組みで、誰かと何かを一緒に作る」
みたいな輪郭が、うっすら見えてくる。

それが、俺にとっての「スキ」の核なんだろうな、と。

な?
スキってのは言葉面よりも、もっと重苦しい何かなんだよ。

あんたの夢中には、何が残ってる?

ここで話を急いでまとめて、「だから、あんたも夢中になれることを探せよ」って言うのは簡単だ。

でも、それじゃあ多分、また同じ罠だよな。

「夢中になれる自分」っていう、ちょっとイケてる自分のイメージを追いかけるだけで、実際には何も変わらない。

俺が本当に知りたいのは、

  • あんたが本当に「夢中だった瞬間」には、どんな苦しさと楽しさが混ざっていたのか

  • その中から、今のあんたにまだ残っている“スキの断片”は、どこにあるのか

ってことだ。

夢中ってのは、「将来の役に立つかどうか」なんて考えないで飛び込んだ結果、あとから振り返ってみたら、ちゃんと未来に備える準備になっていた。

必死に泥臭く楽しんでいたと言っても良い。

そういう、ちょっとふざけた贅沢だ。

なあ、あんたはどう思う?

あんたがこれまで夢中になってきたものの中でさ。
「別のリアル」に自分を放り込んでくれたものって、何があった?

その中から今も、
・頭じゃなくて、つい手が動いちまうこと
・時間を忘れて、気づけば疲れてるのにニヤニヤしてたこと

そういう“スキの断片”が、どれくらい残ってると思う?

そして、あんたはこれから先、その“夢中の条件”をヒントにして、どんなことに自分を放り込んでいくのが良いと思う?

#ロールとスキのコア

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