196.ローマ9:10-12 あらかじめ選ばれた目的
10,それだけではありません。一人の人、すなわち私たちの父イサクによって身ごもったリベカの場合もそうです。
11,その子どもたちがまだ生まれもせず、善も悪も行わないうちに、選びによる神のご計画が、
12,行いによるのではなく、召してくださる方によって進められるために、「兄が弟に仕える」と彼女に告げられました。
アブラハムの例に次いでその子イサクの例が上げられます。
妻リベカが主から告げられた言葉がありました。「兄が弟に仕える」との予告です。
社会常識からすれば弟が兄に仕えるはずでした。
それが逆になるのは、兄の素行が悪く弟が良いことをしたから、というのではありません。兄弟ともに生まれる前の予告でした。
それが神の約束だった、とパウロは言いたいのです。
弟がイスラエルです。
アブラハムにも、その子イサクにも、神の約束の子が与えられたのです。
この二重の表明は、イスラエルに関する約束が強い定めであることを印象付けます。
それが、神のご計画が進められるため、という目的があるからです。
まるで預言者のように特別な使命を帯びて生まれる人物として、あらかじめ選ばれているのだと言うのです。
召された方である神ご自身によって計画が進められるために、イスラエルは備えられたのです。
パウロ自身もそうでしたし(1:1)、聖徒たちについても神が選ばれたと言います(8:33)。
肉によれば、キリストはイスラエルから出たのです。
イスラエルの使命は、キリストを世に送り届ける事にあったのでした。
考えてみましょう:あなたが神に選ばれたのは、過去にあなたが何か神にとって良いことをしたからでしょうか。あるいは未来に向けて神にとって良い働きをするためにという目的があったからでしょうか。その働きは人の行いによって遂行されるのでしょうか、それとも神ご自身によってなされるのでしょうか。
