214.ローマ9:31-10:1 イスラエルの救いのために祈る
31,しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めていたのに、その律法に到達しませんでした。32,なぜでしょうか。信仰によってではなく、行いによるかのように追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。 33,「見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。この方に信頼する者は失望させられることがない」と書いてあるとおりです。1,兄弟たちよ。私の心の願い、彼らのために神にささげる祈りは、彼らの救いです。
イスラエルは、義の律法に到達しませんでした。
それで、パウロは彼らの救いのために祈ります。
それが、パウロの心の願いでした。
9章の初めに書いていたとおりです。
パウロには大きな悲しみ、心の痛みが絶えずあって、それはイスラエルがキリストから遠く離れてしまっているからだったのです。
もちろん、当時でも個人的に、何人ものユダヤ人が救われていました。
何人もと言うより、何千人も、何万人ものユダヤ人が、イエス・キリストの福音を聞き、信じたのです。
それでも、パウロは「彼らの救い」のために神に祈っていたのです。
個人々々としてではなく、イスラエル民族としての救いです。
子とされ、神の栄光を受け、アブラハムに与えられた神の契約が成就し、モーセに与えられた律法のとおりに、イスラエルが民族として神に仕え、礼拝することを、パウロは夢見ているのでした。
神がそのように約束しておられるからです。
パウロ自身、ローマ人への手紙を書いてから程なく、ユダヤ人から激しい迫害を受けるようになり、暴動に巻き込まれ、裁判にかけられるために数年に渡り拘留されるのです。
そして、10年も経たない内に殉教します。
パウロは、間違った夢を抱いていたのでしょうか。
いえ、神の約束は確かであることを信じ、キリストを信じるものは失望させられることはないことを知って、天の御国がやがて地上に完成する日を夢見ながら、最期までキリストの福音を伝え続けたのでした。
救いのためにまず第一にすべきことは、祈りです。
考えてみましょう:あなたが救われるために、どれほど多くの人が祈っていたか、考えたことがありますか。感謝したことがありますか。あなたは誰の救いのために日々祈っていますか。
