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207.ローマ9:23−24 異邦人のあわれみの器

23,しかもそれが、栄光のためにあらかじめ備えられたあわれみの器に対して、ご自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうですか。
24,このあわれみの器として、神は私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。

ローマ人への手紙9章23-24節;新改訳聖書2017版

  イスラエルに対するあわれみがありました。

ところが、「あわれみの器」は単にアブラハム、イサク、ヤコブの血族の子孫であるイスラエルだけではなかったのです。

「私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです」。


  アブラハムの「約束の子」として、異邦人もあわれみによって召されたのだ、とパウロは言います。

子とされることも、栄光も、契約も、律法の授与も、礼拝も、約束もイスラエルのものであったのが、異邦人にも与えられたのでした。


  パウロがローマ人への手紙を書いたのは、第三回伝道旅行と呼ばれる、最後の伝道旅行の帰り、エルサレムに向けて旅を進めている途中でした。


  ローマに行かなければならない、と御霊に示されて心を決めていたのですが(使徒19:21)、エペソで暴動が起こり、そこを離れてギリシアに来てローマ人への手紙を執筆したと考えられます(使徒20:1−3)。

このあと、パウロはエルサレムで投獄され、さらに裁判のためにローマで留置されます。

おそらくこの間、異邦人ルカが、パウロの裁判の弁明資料として福音書と使徒の働きをまとめたのだと考えられます。


  預言者も使徒も、すべてイスラエルであったはずなのが、異邦人にまで神の言葉が委ねられたのでした。

そして現在に至るまで、多くの異邦人教会、宣教師が、世界中で活動しているのです。

考えてみましょう:神のあわれみがあなたのところまで届けられたのは、あなたが「あわれみの器」として神に用いられるためであった、と「召し」を考え直したらどうでしょうか。



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