217.ローマ10:2-3 約束の言葉から離れた結果
2,私は、彼らが神に対して熱心であることを証ししますが、その熱心は知識に基づくものではありません。
3,彼らは神の義を知らずに、自らの義を立てようとして、神の義に従わなかったのです。
自らの義を立てる、とは、自分が神に正しいと認めてもらうための努力を指します。
旧約聖書でイスラエルが経験した最高の出来事はソロモンの神殿が完成して神の栄光がそこに満ちたことだったでしょう。
逆に最悪の出来事は、神殿が破壊されイスラエルがすべて異邦人の支配下に置かれたバビロン捕囚でした。
その後、イスラエルは繁栄していた頃の王国を思い描きながら、宗教改革を進め、安息日を守り、イスラエルの純血を守ることに細心の注意をはらいます。
それが、イスラエルが自らの義を立てようとした背景です。
でも、過ちを犯してはいけない、という恐れが勝ってしまったためか、神の律法の禁令に触れないようにと、さらに自分たちで宗教規則を大幅に追加してしまいます。
その結果、神の憐れみから次第に遠ざかっていったのでした。
その結果、神は、ご自分の義を与えるために救い主イエス・キリストを賜ったのに、イスラエルは拒否してしまいます。
本来の神の約束の言葉から次第に離れてしまったことが、イスラエルの失着でした。
恐れは愛に覆いをかけてしまうもののようです。
神の義を追いかけているつもりで神の約束を見失ってしまったイスラエルでしたが、それと同じように、正しいことをしようとしているつもりで見当違いなことをしてしまうことはありませんか。
