228.ローマ10:14 宣べ伝える人
14,しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。
ユダヤ人が熱心だと言っても、知識に基づいていない、誤った方向への熱心さだった、とパウロは自覚しつつ言います。
神の正しい知識が身の回りにあっても、それは自然に心に入るものでもありませんでした。
神についての知識は、その内容の真偽が問われる以上に、信頼できるかどうか、人格的な面がとても重要です。
だから、神についての知識をもたらすには、肉である人間にとって信頼するに足る人格を持った身体的存在が不可欠なのでしょう。
それは天使でも口のきけるロバでもなく、やはり人間です。
宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのか。
はじめに福音を伝えたのは、人となられたイエス・キリストからでした。
それから12使徒。
聖霊を受けて、力を受けて、出て行って福音を伝えていきました。
最後に、とパウロ自身はいいますが、イエス・キリストが復活後に現れた最後の相手がパウロだったのです(1コリント15:8)。
そこで回心して福音を伝え始めます。
目的は、相手が主を信じて、呼び求めることです。
その人が信じるには、聞く耳を持って聞く必要があり、そのために、宣べ伝える人が必要だ、ということです。
私たちにまで福音が長い年月を隔てて伝えられてきたのも、この連鎖があったからでした。
クリスチャンを救い主に属していると知らずに始め迫害していたユダヤ人でしたが、今はクリスチャンが、もしかしたら、神の「残りの者」であることであることを知らずにユダヤ人を無視・迫害してしまっているかもしれません。
彼らにとって、私たちも、耳を傾けてもらえる者にならなければならないのです。
考えてみましょう:あなたに福音を伝えてくれた人に、あなたはどうして心を開くようになったのでしょうか。
