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62.ローマ3:31 使徒は律法を確立した

31,それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。決してそんなことはありません。むしろ、律法を確立することになります。

ローマ人への手紙3章31節、新改訳聖書2017

 私たちは、律法の力が罪人にとって限られた目的、つまり罪を認識するためだけのものであり、律法を行うことによって義とされることはないことを見てきました。

 ではパウロが「律法なしでも神の義を受けることができる」と言った場合、律法を取り消すのでしょうか。

 そうではなく、むしろ律法を実際に確立する教えなのです。

 律法の尺度に従って義とされるのは誰でしょうか。「私」の罪を贖うために十字架で死んでくださったイエス・キリストを個人的に信じる者です。

 そうして、私たちは聖霊を受け取り、聖霊によって導かれるようになるのです。それで、私たちの学びは、第5章から次の段階に進みます。それまでは、アブラハムが神様に義とされた方法について、律法がどのように言っているのかを改めて確認しなおすことになります。

考えてみましょう:あなたは、"私は信じただけで本当に永遠に義とされるのだろうか?"と心配していませんか。


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