152.ローマ8:3-4 律法の要求が満たされる
3,肉によって弱くなったため、律法にできなくなったことを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪深い肉と同じような形で、罪のきよめのために遣わし、肉において罪を処罰されたのです。4,それは、肉に従わず御霊に従って歩む私たちのうちに、律法の要求が満たされるためなのです。
神はご自分の御子を、肉において罪を処罰されたのです。
「それは、肉に従わず御霊に従って歩む私たちのうちに、律法の要求が満たされるためなのです」。
キリストが肉において処罰されことが、御霊によって明らかにされたように神の愛によるものであり、それを個人的に知って受け止めることから、新しい生き方が始まるのでした。
律法の要求は、私たちが神の義を行うことです。すべての人が忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと朽ちないものを求め、真理に従うように、神は御心としておられたのです(2章)。
結局、人間はそうすることが全く不可能な罪人だということが明らかにされます。
せいぜい、表面的につくろうだけなのです。
それで神ご自身が贖いを成し遂げ、信じる者を義と認めてくださいました。
でも、認めただけで終わったのではありません。
信じた者がさらに御霊に従って歩むことが、神の御心なのです。
こうして、今や実質的に、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。
私たちが古い自分の習慣のままに過ちを犯してしまうことはあるでしょうが、それによって罪に定められ救いを失うことはないだけでなく、真理に歩むように導かれるのです。
御霊に導かれている者は、御霊が示してくれる罪を、折々に悔い改めるからです。
考えてみましょう:律法の要求を自分の努力で満たすことができると思いますか。それとも、御霊に従うことによってそれが満たされるのだと確信できますか。
