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202.ローマ9:18 イスラエルの場合

18,ですから、神は人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままに頑なにされるのです。

ローマ人への手紙9章18節;新改訳聖書2017版

 17節でなぜ唐突にファラオの例が出されたか。

頑なにされたのがイスラエルも同じだったからです。


 今に至るまで二千年もの間、ユダヤ教はキリストを拒み続けています。

その頑なさは、エジプトが繰り返し災いにあってもファラオが態度を改めなかったことに相当する、と言っているようです。


 そして、ファラオに対するあわれみは非常にあやふやにしか想像できない程度のものだったのですが、イスラエルについては、あわれみがハッキリと示されてきます。

モーセに神が語ったとおりです。「わたしはあわれもうと思う者をあわれみ、いつくしもうと思う者をいつくしむ。」


 パウロの悲しみ、心の痛みは、キリストを拒絶している今のイスラエルに対するものでした。

この後からますますハッキリしていきますが、イスラエルの将来に関して、パウロはイスラエルに対する神のあわれみといつくしみを固く信じています。

神の約束があるからです。


 現在、キリストを信じるユダヤ人は増えつつあります。

エルサレムの平安のために、私たちも祈りましょう。

考えてみましょう:世界情勢の動向は一時的なものとしか私たちの目には映りませんが、民族のレベルで歴史を導く神の約束をあなたは信じますか。



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