ここ超えられてきたら「無理」という人間関係のラインと許容範囲
「嫌なところ一つ」で人を切るかどうか
先日、あるリモートコミュニティの雑談で「結婚したのは『嫌な部分がひとつも見当たらなかったから』っていうのを聞いて、最近、自分の中で「人との距離の取り方」について、今までの考え見直しているので、とってもその結婚観に共感しました。
そして、結婚だけじゃなく、仕事や人付き合い全般にもそのまま当てはまるなと感じています。
世の中には、一個相手にイヤなことがあると全部ダメにしてしまう人もいれば、それでも付き合いを続ける人もいますよね。
ちなみに僕の場合は「一つの欠点で人格ごと否定するのは、なんか違うよな」と感じるタイプ。
仕事仲間へのモヤモヤとリスペクトの両立
これって仕事相手やビジネスでも同じだな、と感じる場面が増えています
僕には長く一緒に仕事をしている相手が何人かいますが、仕事の仕方で「?が一万個」つくくらい理解しがたい部分があったりすることがあります。
だからといって「その一個の理解しがたい部分=全部ダメ」とは、あえてしていないんですよね。
それ以外の部分ではちゃんとリスペクトしているところが非常に多いから、一緒に仕事をしているのだと自覚しています。
ただし、その1個が「明らかに自分が譲れない線」を超えてきたときには、距離を置きたくなるので、僕が過去に自ら離れた人や組織は、そこに立ち入ってきたということ。度重なる警告をしても、話し合いどころか聞く耳さえ持ってもらえないならそれはもう離れるしかないと思っています。その相手や周りの人たちにどう思われようとも
「盲目的な信者」の反対側も、やっぱり盲目
すこし話が逸れるかもしれませんが、一つのことに秀でている誰かを全面肯定(盲信)して、嫌なところは全部見ないふりをするとうのも危うい関係だととも思うんです。いわゆる「信者」。
それは、嫌なところを一つ見つけた瞬間に「相手の他の考えも全否定!(ひどい時は人格否定)」っていうのと同じくらい極端。
どちらもグラデーションを作らずに、白か黒かで判断してしまう点では「盲目」の裏表だよなって思うのです。
だからこそ「嫌なところも含めて、その人とどう付き合うかの自分の線を引いておくことが大事」と考えるようになりました。
人間関係って理想の条件を積み上げるより、「これだけは無理」のラインを決めておく=消去法の方が現実的で「ここを超えてきたら無理」という自分側の“嫌なことリスト”を持っている人の方が上手にやっているように思います。
それって会社でもプライベートなコミュニティーでもそう。
どれだけ仕事ができようが、見た目が良かろうが、センスがあろうが「自分にとって本当に嫌なこと」をガンガン越えてくる相手とは、一緒にいるのは正直キツい。
逆に言うと「ここだけは越えてこない」という安心感があるからこそ、多少の欠点は許容できます。それが冒頭の「嫌なところがない」という結婚観かなと。
そのラインを自分で分かっているかどうかが、結婚だけじゃなく人付き合いでは大事なことなんだなって改めて気付かされた感じです。
損得で付き合う人間関係の違和感
ビジネスの場でも、「得があるから付き合う」「得がなくなったら距離を置く」という関係は世の中には少なくないと思うんです。
スキルがある/影響力がある/人脈がある/お金を動かせる…
そういう“わかりやすい得”を持っている人のところには、人が集まりやすいでしよね。でも、その人に何かトラブルがあった瞬間にスッと離れていく人もその分多い。
そういうのを見ていると「得が前提の関係って、やっぱり脆いな」と感じます。
「嫌なことに線を引く」という感覚
勇気を出して僕の線引きを具体的にいくつか書いてみると・・・
自分の時間や労力を「当たり前」のように使われるのは無理。
後出しジャンケンで一方的にひっくり返されるのは無理。
リスペクトは口だけで、行動が伴っていないのは無理。
でも、その線を一度越されたからといって、即ブロックするわけではないし、「それでも付き合いを続けるのか」「距離を置くのか」を、自分の意思でじっくり決めるようにしています。
「一個の欠点」と「全部が無理」の間をちゃんと見る
相手の欠点を見つけた瞬間に「もう全部ダメ」にしないで、その欠点が、自分の“絶対無理ライン”に引っかかっているのか、そこを超えても付き合いたい相手なのかを一度立ち止まって見るのが習慣になってきたように思います。
仕事スタンスに納得いってない場合でも、相手が成長過程でそういうスタンスなのかもしれないし、僕が知らないような高度な領域を知っているからこその、そのスタンスなのかもしれない。
それを想像した上で付き合えるなら付き合えばいいし、無理なら相手を否定することなく、上手に距離をとっていけばいいと思います。
得よりも「残ってくれる人」を見る
繰り返しになりますが、わかりやすい得がある人の周りには、どんどん人が集まります。
でも、本当に大切にしたいのは「得が薄くなった時でも、完全には離れていかない人」かなと。
全部の縁を大事にする必要はなくて、去っていく人は「そういう種類の縁だったんだな」と整理して、それでも残ってくれた人を、ちゃんと大事にする。
「一個の嫌なところで全否定しないこと」
「それでも越えちゃいけない線を自分で決めておくこと」
この両方を持っていたいと思っています。
