税理士が開業初日にやったのは、秋葉原でルーターを買うことだった——IT環境構築15年の歩み
はじめに
東京で税理士事務所を運営しています。スタッフ数名の小さな事務所です。
前回の記事(「なぜ税理士が自分でITを作るのか」)では、現場の人間が自分で仕組みを作るようになった経緯をお伝えしました。今回はその具体編。開業初日から15年間、IT環境をどう作ってきたかの話です。
開業初日、秋葉原へ
事務所を開いたとき、最初に考えたのがネットワーク環境でした。
ルーターはプロ仕様がいい。でも何を選べばいいかわからない。そこで秋葉原に行って店員さんに聞き込みをしました。「業務用で信頼性が高いものが欲しい」と伝えたところ、勧められたのがYAMAHAのルーターでした。
VPNも設定できるとのことだったので、買ってきてその場で設定しました。外出先から事務所のネットワークに入れるように。開業初日のメインの仕事が、ルーターの設定だったわけです。
ドメイン取得とDNSの苦労
次にやったのが独自ドメインの取得です。
なぜ独自ドメインにこだわったかというと、お客様のメールアドレスを日頃から見ていたからです。プロバイダーのアドレスと独自ドメインのアドレスでは、やはり信頼性が違う。税理士事務所として対外的にやり取りするなら、独自ドメインは必須だと考えました。
レンタルサーバーはさくらインターネットを選び、メールとホームページを設定しました。ただ、localhostの設定や名前解決のあたりでかなり苦労した記憶があります。当時の自分にはDNSの仕組みが完全には理解できていなくて、なぜつながらないのか、なぜメールが届かないのか、原因を一つずつ潰していくしかありませんでした。
同業の税理士事務所では、メールもホームページも業者に依頼するのが当たり前でした。自分でやるのは少し変わっていた自覚はあります。でも、できるところは自分で管理しようという考えは、最初からありました。
全員2画面、どこでも仕事できる環境
事務所のパソコンは、開業当初から全員2画面をそろえました。税理士の仕事は、申告書を見ながら元の資料を確認したり、会計ソフトとメールを同時に開いたり、複数の画面を行き来する場面が多い。1画面ではどうしても効率が落ちます。
ノートパソコンにもVPN接続や必要なソフトを設定して、外出先でも事務所と同じ環境で仕事ができるようにしました。「場所を選ばずに働ける」という環境は、15年前から意識して作っていました。
クラウドストレージにはDropboxを使っていました。どこにいてもファイルが確認できる。当時としてはこれだけでもかなり便利でした。今でもNASのバックアップ用にはDropboxを使い続けています。
G Suite導入——POPメールの限界
開業2年目くらいに、Google Apps(今のGoogle Workspace)に切り替えました。
きっかけはメールの受信タイミングです。当時、無料のGmailをメールソフトのように使うことができました。Gmailのフィルタを活用しながら、サーバーにメールを巡回して取りに行くスタイルです。ただ、POP形式なのでサーバーに取りに行く間隔があり、リアルタイムでメールが届かない。手動で同期すれば来るのですが、急ぎのメールのタイミングが合わないことが何度かありました。
そこでGoogle Apps(今のGoogle Workspace)に切り替えて、独自ドメインのメールをGoogleの基盤に載せることにしました。迷惑メール対策も優秀でしたし、業務にも十分使えると判断しました。ちなみに今年、この無料Gmailでのサーバー巡回方式はついに使えなくなっています。
クラウドからNASへ——同期の限界と災害対策
しばらくはクラウドストレージのほうが便利だと考えていました。でも使い込むうちに、不便に感じることが増えてきました。
同期にかかる時間。データの方向を双方向にするのか一方通行にするのか。容量の制約。速度の問題。
いろいろ調べるうちに、Synology(シノロジー)のNASに行きつきました。
それまでNASは「LANに接続するHDD」というイメージしかありませんでした。ところがSynologyのNASは、LinuxベースのOSが入っていて、管理画面のUIも使いやすく、バックアップもアプリで管理できる。想像以上に多機能で、これは業務に使えると確信しました。
ただ、NASだけに頼るのは怖い。物理的に災害にあった場合、事務所ごとデータが失われる可能性がある。そこで、NASからHDDにバックアップしつつ、クラウドにもバックアップするという二重構造にしました。どのような状況でも業務を止めずに済むように、復旧にかかる時間まで想定して設計しています。
バージョン管理も入れました。間違えてファイルを消してしまった場合でも、過去のバージョンに戻せるように。税理士の仕事では、一度消えたデータは取り返しがつかないことがあります。そのリスクを最小限にしたかった。
2回線、2プロバイダ——ネットワークの冗長化
今の時代、ネットワークは業務の生命線です。回線が落ちたら仕事が止まる。
IPv4ではプロバイダーによって時間帯で回線速度が変わることがあったので、IPv6を導入しました。ストレスなく仕事をするためのハードウェア投資は惜しまないようにしています。
お客様が来社されたときにWiFiを貸してほしいと言われることもありました。でも、セキュリティを考えると事務所内と同じLAN環境にお客様の端末を入れるわけにはいかない。ルーターの設定で論理的に分けることもできますが、完全ではないと感じました。
そこで、物理的に回線ごと分けることにしました。事務所用とゲスト用で、プロバイダーも別。こうすれば万が一どちらかの回線に障害が起きても、もう一方でしのげる。冗長性とセキュリティを同時に確保できました。
スタッフが増えてモバイル端末も増えてきたので、同時接続できる台数にも余裕を持たせています。
LANケーブルの教訓
ひとつ、小さいけれど大事なエピソードがあります。
自宅のSynology NASに動画を保存して、いろいろなデバイスで見られないかと試していた時期がありました。どうにも転送速度が遅い。
エンコードやデコードに負荷がかかるのは知っていたので、アプリの性能か、デバイスのメモリの問題だろうと思っていました。でもあまりにも遅いので、もしやと思ってLANケーブルを交換してみたら、速度が改善した。
ソフトウェア側ばかり疑っていて、物理層を見落としていた。ちゃんと切り分けてボトルネックを調べないといけない。ITの基本ですが、意外と忘れがちなことです。
Salesforceをやめた話
SaaSの選定でも、試行錯誤がありました。
かなり早い段階でSalesforceを導入していたことがあります。TeamSpiritと組み合わせて勤怠管理もやっていました。
でも、Salesforceは本格的すぎました。機能の修正や追加が大変で、スタッフもあまり便利に使えていなかった。そして金額も上がっていく。
Kintoneに乗り換えたところ、値段も下がり、自分たちでどんどん機能を追加できる。大企業向けのツールが必ずしも中小事務所に合うわけではない、ということを身をもって学びました。
15年で学んだこと
15年間、IT環境を自分で作り続けてきて思うのは、便利さとセキュリティは常に相反するということです。便利にしようとするとセキュリティが甘くなる。セキュリティを固めると不便になる。このバランスをどこに置くかは、事務所ごとに、業務ごとに違います。
もうひとつ大事なのは、お金をかけすぎないこと。高価なツールが必ずしも正解ではありません。Salesforceの経験がまさにそうでした。機能を理解しながら、自分たちに合ったものを選んでいく。
そして、全部自分でやるのもよくないし、全部人に任せるのもよくない。専門家に任せるべきところはあります。でも、仕組みを理解しようと努めることは大切です。何が起きているかわからないまま使っているのと、仕組みを理解した上で使っているのとでは、トラブルが起きたときの対応力がまったく違う。
次回予告
次回は「NASとDocker編」。Synology NASを10年使い続けた末に、UGREEN NASに乗り換えてDockerでSlack Botを動かすに至るまでの話をします。
鎌原輝明税理士事務所では、税務申告や経理のご相談はもちろん、業務効率化のためのツール選びやIT活用のアイデアもお伝えしています。 お問い合わせは kamaharatax.com から。
