『続グッド・バイ』虚勢(四)
サチコは、サロンの椅子に深く腰掛け、カップを手にしながら、田島ではなく、終始キヌ子に視線を定めていた。その瞳には、侮蔑(ぶべつ)でも嫉妬でもない、まるで「計算」をしているかのような冷たさがあった。
「田島さん。そのように美しい方とご一緒だなんて、さすがですわ。でも、お一つ伺ってもよろしいかしら。その方が、なぜ一度もお声を上げないのか。何か、ご病気でいらっしゃるの?」
サチコは、田島が自慢する「新しいパートナー」の弱点を、冷静に、そして正確に突いてきた。田島の胸は、ドキンと大きく鳴った。キヌ子の「鴉声(からすごえ)」が露呈する危機に、全身の血の気が引くのを感じた。
「無礼なことを聞くな!君には関係ないことだ。」
田島は、荒々しい言葉で動揺を隠そうとしたが、その虚勢はサチコの洗練された無関心の前に、いともたやすく崩れ去った。サチコは、静かに笑った。
「あら、ごめんなさい。ただ、どんなに美しくても、言葉を持たない女性とご一緒では、田島さんも、ずいぶん退屈されるのではないかしらと思いまして。」
サチコの言葉は、田島の虚栄心の芯を突き刺した。彼の愛は、常に言葉、つまり欺瞞(ぎまん)によって成り立っていた。キヌ子との関係は、田島の卑屈な独り言だけで成立しているにすぎない。彼の虚勢は、言葉の真実性という、たった一つの問いかけによって、いま崩壊の危機に瀕していた。
キヌ子は、依然として動かない。しかし、その場の空気は、キヌ子の沈黙の圧力によって、張り詰めていた。彼女は、田島の言葉の弱さも、サチコの問いの鋭さも、全てを知っているように見えた。サチコは、田島の動揺と、キヌ子の完璧な美しさの背後にある、言葉にできない異様さとの間で、激しく揺れ動いていた。
【続】
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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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