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『続グッド・バイ』愛と別離(三)

 キヌ子の「早く解放されたい」という事務的な言葉に、田島はついに折れた。愛の告白は拒否され、残されたのは、彼女が契約を完遂させようとする冷酷な意志だけだった。
「わかった。最終報酬の件だ。どのくらいを望む?」
 田島は、震える声で尋ねた。彼の心は、キヌ子が提示する金額が高ければ高いほど、彼女を引き留められるという、最後のケチな希望にすがっていた。
 キヌ子は、まるで市場での取引でも行うかのように、冷静かつ具体的な数字を提示した。
「あんたの最近の闇商売の儲けの総額から、私の手間賃と、これまであんたが支払った経費を引くと、これだけになるわ。」
 彼女が提示した金額は、田島の予想よりも遥かに高く、彼のケチな心臓を鷲掴みにした。
「馬鹿な! それは高すぎる! 私の全財産に等しいではないか!」
 田島が叫ぶと、キヌ子は冷笑した。
「そうね。でも、あんたの『グッド・バイ』という大仕事に成功報酬を払うんだから、これくらいは当然でしょう。あんたは、この金と引き換えに、心置きなく妻子のもとへ帰れるのよ。安いものだわ。」
 田島は、金額を巡る交渉が、そのままキヌ子との最後の別れの儀式になっていることを理解した。キヌ子は、あくまで「道具」としての価値を最大限に引き出し、田島に最後の清算を強いているのだ。彼は、金額が下がればキヌ子が残るわけではないことを悟り、絶望的な気分で首肯した。
「わかった。その金額でいい。君の望み通りだ。」
 田島が金を差し出すと、キヌ子はそれを素早く受け取り、丁寧に懐にしまった。その仕草は、一瞬の躊躇もなく、実に潔いものだった。
「ありがとう、田島さん。」
 キヌ子は、初めて心からの感謝を口にしたように見えた。それは、金銭への感謝ではなく、協力者として田島の長年の目的を成就させられたことへの、達成感のようなものであった。
「これで、あんたのすべての愛人は消えたわ。私は、あんたが里心へ帰る道をきれいにした。あなたは、あなたの望んだ『平凡な律儀』を全うできるのよ。もう、私みたいな汚い人間は、あんたの人生には必要ないわ。」
 キヌ子は、田島の目をまっすぐ見つめた。その瞳には、すでに田島に対する情愛の影はなかった。あるのは、契約完了の満足感と、そして彼女自身が自らに課した孤独な役割への誇りのようなものだけだった。
「グッド・バイ、田島さん。」
 キヌ子は、静かに、そしてきっぱりと別れを告げた。
 田島は、他のどの女にも先手を取って告げてきたはずの「グッド・バイ」を、今、愛してしまったキヌ子から、最も冷酷な形で受け取った。彼の愛の告白は、この最後の協力者によって、完全に無効化されたのだ。
 キヌ子は、くるりと田島に背を向けた。彼女は、二度と振り返らなかった。
 田島は、立ち尽くした。すべての愛人たちとの別れを終え、彼はついに自由になったはずだった。しかし、彼の心に残ったのは、キヌ子を失ったことによる、耐えがたいほどの虚無感であった。彼は、誰にも別れを告げられなかった。彼が唯一愛した女は、彼に「グッド・バイ」を告げて、去って行ったのだ。
【続】

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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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