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『続グッド・バイ』コールド・ウォー(六)

 兄は、キヌ子の体躯(たいく)に潜む異様な迫力、そしてそれが言葉ではなく、たった一つの触れる動作で自分を無力化した事実に、全身が凍りついていた。彼は壁にもたれかかり、呼吸を乱している。その目は、キヌ子という美しい女に対して抱いていた「侮り」を、一瞬にして「恐怖」に変えていた。彼は、今、自分の力が全く通用しない相手と対峙していることを、全身の痛みで悟ったのだ。
 田島は、このキヌ子の圧倒的な「怪力」を幾度も目にしてきたが、目の前でそれがシベリア帰りの強大な男を無力化するのを見るたび、自分の弱さでは決して解決し得なかった難題が、この女の力によって一瞬で粉砕されたことに、強い眩暈(めまい)を覚えた。だが同時に、この怪力さえあれば、もう二度と他の女たちに屈することはないという、強い安堵(あんど)が胸に広がった。彼のグッド・バイは、自分の意志ではなく、この女の物理的な力によって成立させられようとしていた。
 キヌ子は動かなかった。彼女は、静かに兄に背を向けた。彼女の口元には、肉まんを食べ終えた満足と、次の目的への静かな執念だけが浮かんでいた。
 田島は、抵抗することなく、キヌ子の後に続いた。兄は、壁にもたれたまま、二人の背中を見送ることしかできなかった。この巨大な男が言葉を失い、動けない姿が、最も困難な最初の「グッド・バイ」が、この女の物理的な力によって完全に成立したことを雄弁に物語っていた。
 彼は、恐怖と安堵がないまぜになった複雑な感情を胸に、ようやくケイ子との関係に終止符が打たれたことを確信したのである。コールド・ウォーは終結した。
【続】

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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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