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『続グッド・バイ』愛と別離(ニ)

 田島の、これまでの偽善的な「律儀」を根底から覆す「愛の告白」に対し、キヌ子は抱擁から身を離し、無言で田島を見つめ続けた。その沈黙は、トキエの狂気的な沈黙よりも、さらに重く、田島の心をえぐった。
 やがて、キヌ子は冷笑を浮かべた。そのゲスな笑いは、洋装に完璧に包まれたシンデレラの外見と、ひどく不調和であった。そして、いつもの鴉声で、田島の告白を一蹴した。
「何を戯言を言っているの、あんた。」
 キヌ子は、まるで田島が昨夜の酒の勢いで口走った冗談でも聞くかのように、軽蔑の眼差しを向けた。
「あんたの目的は何だった? 妻子を東京に呼び戻し、平凡な生活を送る『里心』でしょう。そして、その里心のために、邪魔な女たちと別れるための『道具』として、私を雇った。私は、あんたの虚栄心とケチな計算の産物でしかないわ。」
 田島の顔が赤くなる。彼の告白が、キヌ子の徹底的に事務的な言葉によって、足元から崩されていく。
「違う、キヌ子。君は道具なんかじゃない! トキエとの一件で、君がどれほど私の生に必要だったか—―」
「バカ言わないで。」
 キヌ子は田島の言葉を遮った。
「私は、あんたが愛を口にしていいような女じゃないわ。私の醜い鴉声を聞きなさい。私の、一晩でトンカツを五枚食う大食らいなところを思い出しなさい。私は、闇で人殺しみたいな真似をして、あんたの金で贅沢をしている女よ。あんたの言う愛とは、あんたの里心とは、対極にある、一番汚い存在が私なのよ。」
 キヌ子は、自分自身を、田島が最も遠ざけるべき醜い存在として、徹底的に否定した。彼女は、田島の愛の告白を、田島自身の目的である「里心」を放棄させるための、最後の誘惑だと見なしていた。そして、田島の長年の目的である「律儀なグッド・バイ」を、彼女自身が完遂させる義務がある、と考えていた。
 田島は、キヌ子の言葉の中に、他の誰も見抜けなかったキヌ子の孤独と、彼女が自らに課している「役割」の厳しさを見た。しかし、その理解は、田島の愛をますます強くするだけであった。彼は、この女が自分を愛してくれるならば、里心など捨てても良いとさえ思い始めていた。
「私は、それでも構わない。君と—―」
 キヌ子は、その言葉にも冷たく背を向けた。
「構わないなんて、嘘をつかないで。あんたは、最後まで律儀でなければならないのよ。私の仕事は、あんたの愛人たちをすべて排除し、あんたが里心へ帰る道をきれいにすることだった。その仕事は、もう終わったの。」
 キヌ子は、田島の愛の告白を完全に無視し、現実的な問題へと話題を戻した。
「私の仕事は終わったのよ。次の仕事はいつなの? そして、最終報酬を早く決めましょう。私は、あんたのケチな計算から、早く解放されたいだけだわ。」
 田島は、この女が、他の誰よりも自分を理解し、そして拒絶していることを悟った。彼の愛の告白は、この女にとって、単なる「無意味な契約外の雑音」でしかなかった。
【続】

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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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