『続グッド・バイ』グッド・バイ
妻子の到着から数日が経った。田島は、新しい家での生活に慣れようとしていた。
朝、新聞を取りに外へ出る。近所の主婦たちと軽く会釈を交わす。彼は、闇の世界で富を得た男ではなく、ただの平凡な、家庭的な夫である。ミチは、田島のこうした行動を疑うことなく、「あなたは真面目な人だ」と静かに信じている。この妻の信頼こそが、田島の長年の「律儀」の探求に対する、最大の報酬であった。
彼は、すべての愛人を清算し、妻子のもとに帰るという目的を完遂した。
昼下がり、田島は娘が遊んでいる様子をぼんやりと見ていた。白痴の娘は、意味のある言葉を発することはなく、ただ静かに庭の石を並べている。その姿は、田島の過去の華やかな女たち、トキエの狂気的な美しさやキヌ子の野蛮な生とは、あまりにもかけ離れた、無色透明な現実であった。
キヌ子を愛していたのではないか、という問いは、もう彼の意識の表面に上ってくることは少なかった。思い出すのは、彼女が最後に事務的な声で「グッド・バイ」を告げ、潔く去って行った姿だけだ。
キヌ子は、田島のグッド・バイの計画を、最後まで完璧に守った。田島の愛の告白すら、彼女にとっては「契約外の雑音」に過ぎず、彼女は田島が求めた「律儀な男」としての地位を、最後まで守らせた。キヌ子は、彼を「里心」へと押し戻した、最も厳しく、最も深い協力者であった。
田島は、結論を出した。
愛とは、狂気であり、死への誘惑であり、虚無である。
愛を捨てることこそが、真の「律儀」であり、平凡な人間が守るべき義務である。自分は、最も愛した女を拒絶することで、すべての虚栄と狂気を捨て去り、「律儀な善人」となったのだ。
彼は、この達成感に満たされた。孤独ではあるが、それは彼が自分で選び、金を払い、すべての愛を切り捨てて勝ち取った、高潔な孤独であった。
夕方。食卓には、ミチと娘が座っている。平凡な献立。静かな空間。
田島は椅子に座り、ミチに微笑みかけた。
彼は、心の中で静かに、だがはっきりと、つぶやいた。
「グッド・バイ」
それは、過去の愛人たち、闇商売で得たすべての金、そして笠井キヌ子の強烈な生の残像に告げる、彼自身の人生に対する、自己満足的な決別であった。
田島は、平凡な夫として、静かに食事を始めた。物語は、田島周二の虚栄心と律儀の勝利という、皮肉な大団円をもって、ここに幕を閉じる。
【完】
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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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