『続グッド・バイ』告発(四)
喫茶店を出た後、ミヨとハツは、いよいよ自分たちの手で幕を開ける「喜劇」の準備に入った。ミヨは劇団の稽古場へ、ハツは料亭の帳場へ戻り、それぞれが受け持つ役割——すなわち「役者」と「宣伝係」の仕事に取り掛かった。
ハツが目をつけたのは、料亭の常連客であり、田島が最も懇意にしているあの大男の文士だった。髪はボサボサで、服装に無頓着、口を開けば女の悪口か下品な冗談しか言わないが、文壇では妙に顔が利く。ハツは、この男こそが田島の「急所」だと睨んだ。この男に田島の女癖の悪さを吹き込めば、面白がって言いふらし、田島は閉口するに違いないと考えたのだ。
その夜、文士がいつものようにのっそりと店に現れ、酒をあおり始めたのを見計らって、ハツは銚子を替えながら声を潜めた。
「先生、田島さんのことなんですけどね……」
「あん? 田島がどうした。あいつ、また借金でもこさえたか」
文士は赤ら顔でふんぞり返った。ハツは、あくまで世間話のついでという風情で、毒を垂らした。
「いえね、最近どうも、あの方はご自身で『貧しい妻とやり直す』なんていうお涙頂戴の筋書きをあちこちで語って、女遊びを清算しているらしいんですのよ。それも、判で押したように同じ手口で」
ハツは、これで文士が「あいつはけしからん」と騒ぎ出すか、「あいつらしい」と笑い話にするか、いずれにせよ噂の火種になると期待した。
ところが、文士の反応は奇妙だった。彼は盃を止めてギョロリとハツを見やり、やがてニヤリと、いやらしく笑ったのだ。
「へえ、なるほど。田島もなかなか、やるじゃねえか。……で、若女将。お前さんも、その口上を聞かされたクチか?」
ハツは一瞬、言葉に詰まった。この男の勘の鋭さは、野獣のそれに近かった。
「まさか。お店の女の子が噂していただけですよ」
「ふん、まあいい。田島の野郎、色男のつもりでいて、やることは三文芝居か。傑作だ」
文士は面白そうに喉を鳴らして笑った。ハツは、手応えを感じた。この男は、田島の滑稽さを笑いものにするネタを欲しがっている。これでいい。
一方、劇団の稽古場では、ミヨが次回出演するシェイクスピアの喜劇『真夏の夜の夢』の稽古が進んでいた。彼女は演出家に、自身の役である妖精の女王タイターニアの台詞の変更を申し出ていた。
「先生、タイターニアが魔法にかかってロバを愛するこの場面、もっと現代的な皮肉を込めたいんです。例えば、信じていた男の言葉が、すべて誰かの書いた台本通りだったと気づくような……」
ミヨは、ハツと練り上げた改変台詞を読み上げた。
「ああ、あの人は、私に貧しい妻とやり直す物語を語って、去ってゆく。私が彼に貢いだ金の櫛も、彼が七度も繰り返したその別れの口上の前では、ただの笑い話。私は、この愛の喜劇の、八番目の出演者だったのね。」
演出家は首を傾げたが、ミヨの鬼気迫る、しかしどこか滑稽味を帯びた演技に圧倒され、渋々それを認めた。
こうして、二人の女による「田島懲らしめ作戦」は、それぞれの舞台で準備を整えた。ハツは文士というスピーカーを確保し、ミヨは『真夏の夜の夢』という告発の場を手に入れた。
だが彼女たちは知らなかった。あの大男の文士が、田島の「グッド・バイ」計画の全貌を知る唯一の人物であり、田島とは「女にだらしがない」という一点において、鋼鉄よりも固い、薄汚い友情で結ばれていることを。
【続】
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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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