『続グッド・バイ』清算(四)
アツ子の問いかけ——「この方が、あなたの新しい妻。あなたが、新しく選ばれた、清い生活の象徴なのですね」——は、田島の虚構を正面から受け止めつつ、同時に彼の内面の罪の意識を抉り取る、鋭い刃となった。
田島は、アツ子に対し、キヌ子が自分と共に貧しい生活を始める強い覚悟を持っていること、そして、二人の間には金銭的なしがらみが一切ないことを淡々と語った。しかし、アツ子はもうキヌ子を見ていなかった。彼女の視線は、田島自身に向けなられていた。
「田島さん、あなたは自分を泥だと言いますが、泥にまみれているのは私ではありません。あなたは、これまで私たちとの関係を続けるために、嘘と見栄と、そして闇の仕事に縛られていたのでしょう。私は、あなたが私にそうしたように、あなたを泥の中に引きずり込みはしません。」
アツ子は、膝の上で握りしめていた手を静かに開き、田島に向けた。その手のひらに、別れの金銭は置かれていない。しかし、田島は、そこに「自由」という文字が刻まれているのを見たような気がした。
「私は、あなたが私に与えてくれたものに感謝しています。ですが、もう十分です。私は一人で東京に来て、一人で生きていく道を選んだのですから。あなたが私を哀れみ、救う必要はもうありません。」
アツ子の言葉は、彼女の傷ついた過去を自ら肯定し、田島への依存を断ち切る、清々しい自立の表明であった。彼女は、静かに椅子から立ち上がった。田島は、驚きと、どこか深い安堵の念から、何も言えなかった。
「さようなら、田島さん。そして、奥様。」
アツ子は、キヌ子に対し、頭を下げた。キヌ子は、初めてわずかに視線を動かし、アツ子の去っていく背中を、無言で見送った。アツ子の足音は、二階の階段を下りるにつれて軽くなり、やがて、春の日の光のように、喫茶店の扉の向こうへ消えていった。
田島は、清算が完了したことを悟った。彼は最も重い道徳的な負債から解放されたのだ。
【続】
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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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