『続グッド・バイ』妻子との再会
新しい家での静寂な日々は、田島の心を少しずつ平凡な現実に慣れさせていった。キヌ子の生々しい記憶は、妻子のための家具や生活用品を選ぶという実務的な作業によって、意識の下へと追いやられていった。田島は、自分がキヌ子に愛を告白したこと自体を、疲労とセンチメンタルな一時の錯覚だった、と結論づけることで、自らの律儀さを守った。
迎える朝。田島は、上野駅のプラットホームに立っていた。長年の闇商売の才覚と、すべての愛人との別れを完遂した男としての、どこか誇らしげな姿勢を保っていた。
やがて、列車が滑り込んできた。
降りてきた妻、ミチは、田島の記憶にある通りの「平凡な女」であった。華美な服装もなく、表情も控えめで、田島が妻子を呼び寄せることができるくらいには生活が安定してきたという知らせにも、驚きや熱狂を見せることなく、ただ静かな安堵を浮かべていた。彼女は、田島が戻ってきたことで、生活が正常な軌道に乗ったことだけを喜んでいるようだった。
「ご無事で、何よりです。」
ミチは、そう言って田島の労苦を静かにねぎらった。その言葉には、田島の「グッド・バイ」の努力や、愛人たちの存在など、一切が関わっていない純粋な家族への信頼が感じられた。
その隣には、娘がいた。娘は、白痴である。田島の顔を認識しているのかどうか、その瞳は定かでなかったが、父親の腕に抱き上げられると、わずかに身を寄せた。その重み、その世話を必要とする現実こそが、田島が「里心」と呼ぶものの、具体的な重荷であり、そして錨であった。
田島は、白痴の娘を抱きしめ、ミチの隣を歩いた。その瞬間、彼の胸に湧き上がったのは、長年の義務を果たしたことへの、深く静かな安堵だった。
新しい家での最初の夕食。質素ではあるが、静かで穏やかな食卓だった。ミチは淡々と家事をこなし、娘の世話をする。
「これで、安心できます。あなたは、真面目な人ですから。」
ミチが静かに言うと、田島は、自分の虚栄心が満たされるのを感じた。
彼は、かつてキヌ子と囲んだ、あの乱雑で、鴉声と大食いの騒々しさに満ちた食卓を、一瞬、思い出しそうになった。あの食卓には、圧倒的な「生」の熱量が満ちていた。
しかし、田島はすぐにその記憶を打ち消した。
今、目の前にあるのは、自分が選び、自分が勝ち取った「正しい道」だ。
妻は、彼を真面目な夫だと信じている。娘は、彼の手を必要としている。ここにキヌ子の野蛮な生はなく、すべての愛人たちの未練もない。あるのは、自分が律儀な男であることを証明するための、平凡な義務だけだ。
田島は、長年の戦いを終えた安堵の中で、ミチに静かに微笑みかけた。この平凡な現実こそが、彼の虚栄心を最も強く守ってくれる防護壁なのだと確信しながら。
【続】
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【原作】
太宰治『グッド・バイ』(新潮文庫、1972年)
【小説/画像】
Geminiで生成しました。
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