端島(通称軍艦島)に住んでいた頃*日日是幸日
端島は子供の頃住んだことがあり懐かしい。
※端島のことを島民は誰も軍艦島とは呼びません。
少し前ドラマで改めて話題になった
『海に眠るダイヤモンド』の時
私は住んでいました。
「お、オレの居た頃の話じゃん!」
「こんなことがあったのね~」
と改めてきづかされました。
先日NHKのふざけた謝罪(?)とする
記者会見で改めて思い出しました。
端島(通称軍艦島)に住んでいたのは、
小学校一二年の2年間。
父は薬剤師でしたが三菱鉱業(現三菱マテリアル)
の社員で端島の病院に配属されたのです。
ちょうどドラマのクライマックスの
事故の年に居たのですが
子供ゆえ知る由もなく、たった2年で
隣の高島に転勤になりました。
転勤とこの事故が
関係しているかはわかりません。
ただ「あの事故さえ無かったらね」
という話は記憶に残っています。
断片的ですが
人工島の異次元空間が思い出されます。
長崎には崎戸(私の生誕地)高島、端島と
三菱には3つの炭鉱がありましたが
高島と端島は原料炭(製鉄等工業用で貴重)
を産し、
とりわけ端島の石炭は質が一番良いと
聞かされていました。
まさに「海に眠るダイヤモンド」。
「三ッ瀬着炭記念」という置物も
家にはありましたね。
端島では「緑なき島」ゆえに
屋上緑化にも早くから取り組んでいて
高層アパートの屋上にはお花畑がありました。
そういうところは先進的だったと思います。
下記は高島から見た端島の写真。
この時私は大学生、休みで高島に帰省中の写真。
右側に新しい鉱区の「三ッ瀬」と呼ばれる
岩礁が見えています。

島(端島、隣の高島)に住んでいた頃は
「早く陸に上がりたい!!」
とばかり思っていましたが
「やっぱり海のそばがいいかな~」
と茅ヶ崎に住んで30年以上になります。
帰巣本能でしょうか?
今回の記事を読んでいただき
ありがとうございます。
今後も幸福に関連する記事その他を
毎週数回は投稿してまいりますので、
好き・コメント・フォローなど
いただけますとありがたいです。
イーハピネス株式会社 代表取締役 松島紀三男
いいなと思ったら応援しよう!
ご支援ありがとうございます。くださったチップは、調査等に使わせていただきます。