古道の大神と犬の姫 一ノ二 -来訪者- ・ 一ノ三 -白い犬-
黒虎の御犬様、ユウギの向かう南東側
そこには村唯一の出入り口がある
この村へ入るには川に隔てられている橋を渡る必要がある
その橋を渡って少し進むと、村側には大小三つの口を開けた少し変わった門が待っている
中央の門は高さ5メートル、幅3メートルほどで大きく構えて、その両脇に高さ2メートル、幅1.5メートル程の小さな門が左右に構える
中央の大きな門が御犬様の出入り口であり、人々は左の小さな入り口から入り、右の出口から出る決まりだ
周囲を深く暗い森に囲まれているこの大御神神社
まだまだ未開の土地が多く、夜になれば手元のわずかな提灯の光と月明りが頼りの時代
森には魑魅魍魎や物の怪が、未知の何かが住んでいると思われていた時代
この川で隔てられ、門と柵で囲まれた僅かな空間
その中だけが、人々が安心して暮らせる空間だった
いち早くその門に辿り着いたユウギ
そこには既に、門の手前に別の赤虎の犬がいる
二柱はお互いの匂いを嗅ぎ合ってしばらく会話をすると・・・
そのまま静かになった
いや
よく耳を澄ませば聞こえるくらいの声で、ユウギは静かに低く、唸っている
「ゥゥゥ・・・」
少し遅れてお万も門へと辿り着く
微かに、唸るユウギ
「ゥゥゥ・・・」
その様子を見ながらお万は
「ユウギぃ・・・」
と優しく呼んで、いつものように後頭部から首筋を撫でる
毛が、微かに根本から逆立っているのを感じる
それに撫でた手を鼻に持っていくまでもなく、纏っている匂いも少し変わっていた
「警戒してる・・・」
遅れて、ジンや他の御犬様達も門に着けば入り口はあっという間に御犬様で埋め尽くされる
その数はゴールデンレトリーバーよりも大きさのユウギよりも更に大きな御犬を含めて、50をゆうに超えている
ジンはユウギとは対照的に、いつものように尻尾をブンブン振って笑っているような表情で
「ヘッ!ヘッ!ヘッ!ヘッ!」
まるで何か面白いことが起こるのを期待している子供のよう
「オマツリカ!?」
とでもはしゃいでいるようだ
ユウギの見つめる先
それは村へと向かう唯一の道
柔らかい落ち葉が敷かれた獣道がある
そこはまだ葉も付いていないが密度も高さもある木々で囲まれ、そこに常緑の広葉樹も加わり昼間でも薄暗い
その先を見る御犬様の中には、ユウギのように唸って警戒している御犬様もちらほらと
皆、一体何に反応しているのだろうか・・・
そこに
「チィー!」
と、上の方から高く可愛い鳴き声が聞こえて、お万の頭に何かが落ちてきた
「うん、鷹丸(タカマロ)」
と嬉しそうに言うお万
頭に何が落ちてきたかを確認しなくても分かる
この子は普段は門のあたりに縄張りを持つ百舌鳥(モズ)

このオレンジ色の小さな鳥は、村の鷹匠によって訓練された優秀な御鷹
お万のお友達だ
いつものようにお万の頭に留まった鷹丸
フワフワの髪の毛の中にフワフワの体を沈める
お万は鷹丸の口元に指を出して
「ふふふっ・・・」
と少し挨拶をすると、境内から他の御犬様達と同じように外を眺める・・・
すると
薄暗い獣道を・・・
人の影が、1つ、2つ・・・・・
6つ
こちらに向かっている
「知らない人・・・」
腰には刀
「嫌な、臭い・・・・・」
また少し時間を空けて、後ろから村の男達の声
「お万様!どうしました!?」
「また何か見つけましたか!?」
その問いにお万は静かに答える
「嫌な匂いの・・・人が来る・・・」
「嫌な、臭いですか・・・?」
そう言って男達は目を細めて暗い獣道を見る
しかし誰の目にも人の姿は見えない・・・
でもそれは特別なことではなかった
お万が目も鼻も耳も良いのは村人全員が知るところだ
続けて、お万はつぶやいた
「血の・・・
焼けた御犬様の匂いがする・・・・・」
「焼けた御犬様・・・」
コクッ
と頷いて
「わたし、嫌い・・・・・」
その横顔は口を尖らせムッとしている
そうしている間に、ようやく6つの影はお天道様の光を受けてハッキリと人の形になって村人にも見える
「刀、持ってるねぇ・・・」
「ねぇ・・・
御武家様かい?」
「いやぁ
少し変だぞ・・・」
腰に刀を差すその姿は武士のようだが、少し様子が違う
特に真ん中を歩く遠くからでも分かる頭一つ大きな大男
異質だ
黄色い派手な着物を着崩して、はだけた胸元に顔、腕や足など露出した肌は立派な黒い毛で覆われている
まるで熊のようだ
髷も結わいていない
波打つような髪の毛は額を出して左右に長く伸び、胸の辺りまで伸びている
そして左右の腰には2本ずつ4振りの、しかも大振りな刀を差している
他も細かい布や動物の毛皮で全身が派手に彩られる
他の男達もその大男程でなはいものの、それぞれが赤、紫、青、緑と色とりどり
白黒基調の色合いの武士の姿とはかけ離れた様子・・・
「あれは、傾奇者だなぁ・・・」
「カブキモノ?」
その声にお万が反応する
「あっ、五郎様」
「お万様・・・
あれには関わり合いになっちゃいけねぇ・・・」
真剣で、深刻な顔をする五郎
お万は、その顔を見るまでもなく感じていた
「うん
そんな気がする・・・・・」
初めて聞く傾奇者という言葉と、段々と露わになってくる武士よりも盗賊に見える異様な男の集団
不安になる村人達
「・・・」「・・・」「・・・」
村人の一人が五郎に聞く
「・・・何なんだい?そのカブキモノってぇのは?」
「江戸で、あんな風貌の奴らをよく見た
暴れまわってる無頼の集団さ
すぐに喧嘩を始めたり、誰彼構わず因縁をつけたり、そこいら中で刀を抜いて振り回してな・・・」
「そりゃーひでぇ・・・」
「あぁ
恐喝、食い逃げ、強盗・・・
何でもありの、嫌われ者さっ」
「それじゃぁ盗賊じゃねぇか・・・」
「殆どそうさ」
「・・・それはいけねぇ!
ユウギ様の号令がかかったから届いてると思うが、ちょいと三役のとこに行ってくるな!」
そう言った男は走って村の奥へ戻ってゆく
そしてまた別の男が五郎に
「でも何でまた・・・こんな山奥まで来やがったんだ?」
「ねぇ・・・
わざわざ参拝って訳でもないだろうし・・・」
「ワシも、知りてぇよ・・・」
その隣で、静かにしていたお万
気になっていたことがあったので、聞いてみた
「そのカブキモノは、御犬様を食べる人なの?」
「はい・・・・・
あっ!」
うっかり、肯定してしまった五郎
「そのっ・・・しまったなぁ・・・」
と、後悔
五郎の認識では、お万はこの村の外へと出たことが無く村以外の暮らしをあまり知らないと思っている
それはこのような人里離れた山奥の村であれば特別なことではないだろう
傾奇者のような不良がいなかったとしても、戦國時代の気風を残す山賊や野盗の輩は絶えなかった
特に、おまんのような小さな子供は、人さらいの絶好の的になるのだから・・・
お万は、考えていた
「この村ではね、御犬様は神様として大切にされているけれど、外の世界では御犬様を食べる人達もいるんだよ」
(父上・・・) ※この物語では心の声を()内にて表現させて頂きます
少し前に聞いた父の言葉を思い出していたお万・・・
お万はなぜ御犬を食べなければならないのか・・・
ずっと疑問に想っていた
だから、五郎が気を遣わずともお万は、犬喰いを知っていた・・・
『 "犬喰い"
この時代、一部の人々にとって犬は大事な食糧だったことはあまり語られません
少し前の、第三代将軍、徳川家光公の時代に刊行された料理本が御座います
そこには、獣料理の一つとして猪や鹿と並んで犬の調理法も記されているぐらいには、食べられておりました
そしておおよその頃から、多くの藩において"犬喰い"は禁止されるようになります
第五代将軍、徳川綱吉公による"生類憐みの令"の数々が目立ちますが、犬の殺生や犬喰いを禁じていたのはそれ以前からだったのです
禁止令が発布され、武家などの比較的生活に余裕のある人達は犬を食べなくて済んだでしょう
しかし冬を迎えた江戸では、町にいた犬達の多くが何処かへと消えたと、伝わります・・・
そんな世で、特に犬喰いとして人々から忌避されていたのが傾奇者なのです』
段々と近づいて来る傾奇者達をジッと見ているお万
その横顔を見ながら、うっかりお万に犬喰いの話をしてしまった五郎・・・
不味いことを言ってしまったかと、かける言葉を選んで、選んで・・・
「その・・・
お万様には、辛いことでしょうが・・・・・」
「うん・・・・・」
そう言ったお万の横顔に変化は無かった
お万は変わらず、傾奇者達をジッと・・・見ていた・・・
そしてその耳が、いち早く声を捉える
「おー、犬がいっぱいいるじゃねぇかー!
狩り放題喰い放題の極楽かー?あれはァー?」
「おいおいテメェ、さっき喰ったろうがよぉ」
「そうさ
目的を間違うんじゃねぇぞ」
「しかしスゲェなぁ、こりゃ」
「ああ
どいつもこいつも、見事な犬じゃねぇか・・・」
そんな話をしながら、50を超える御犬様の眼と低い唸り声に全く躊躇することなく足を進める傾奇者達
川に架かった橋の少し手前で、足を止める
やはりいずれも、腰には刀を差している・・・
一方の御犬様達
ユウギを先頭にその傾奇者達を睨むようにして低い唸り声を上げている
「ゥゥゥゥゥ・・・」
「グゥゥゥ・・・」
お互いが、見たことの無い異様な様子を観察しているのだろうか・・・
天下の江戸で暴れて来ただろう傾奇者達だったが、まさかこんな山奥で城門のような立派な門と沢山の犬達に迎えられるとは思わなかった様子だ
「なんでぃ・・・
こいつら、吠えもしねぇし襲ってもこねぇぞ」
「そうなんだよなぁ・・・
それが、怖ぇんだよ・・・」
「あぁ
訓練されてんなぁ・・・」
「おいオメェ、腰が引けてんじゃねぇかァ?」
「あぁぁ!?
じゃテメェが先陣切ってみろやーッ」
何やら始まってしまったようだ
6人いる傾奇者達
騒いでいるのは4人
それ以外の1人の男はこれまた異質で、髷は結わえていないが身なりは武家そのもの
そしてまだかなり若い
それに一番後ろを歩いていたもう1人
身なりは派手だが気だるそうにして、橋から少し離れた石の上に背中を向けて・・・・・
座ってしまった
すると、騒いでいた傾奇者の一人が声をあげる
「おい見ろよあれ!豚もいるぞ!」
「テメェ、ちげぇだろう!
喰いモン探してんじゃねぇのさ!
白い犬!毛の長い、白い犬だ!!」
「わぁってるってぇー!」
「本当かよ・・・」
「なぁおい・・・
あれじゃぁねぇか?」
そう言って一人の傾奇者が指を指す
その指差す先には・・・
確かに白い、四つ足の獣がいる
「よぉし・・・」
そう言って派手で毛むくじゃらの大男が一歩、また一歩と足を進め、橋に差し掛かる
「おぅ、お頭に続くぞ!」
「はっ!
テメェは調子の良い野郎だなぁ」
「まぁ、今回の頭はあいつだ
先に行かせてやろうぜ」
橋の長さは約8メートル
そのお頭と呼ばれる一番大きな傾奇者が木製の橋を踏んだ
ギシィ・・・
次の瞬間!
「オゥン!!!
オゥン!オゥン!オゥン!オゥン!」
ユウギがものすごい勢いで吠え立てる!
それを合図にして、他の御犬も一斉に吠え出す
「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
「バウッ!バウッ!バウッ!バウッ!バウッ!」
お万の足の間に構える小さなジンも立派に吠えた
「ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!」
他の御犬様の様子にようやく事態を理解したようだ
「おぉぉ!こいつぁスゲェ!」
驚くお頭
50をゆうに超える犬の威嚇
しかし足を止めることはしない
ゆっくりと
そして大胆に橋の真ん中を渡る
ギシィ・・・ギシィ・・・
そしてその足が橋の中間を超えると
ザッ!
ユウギは門をまたいだ
そして橋と門の間の土の上へと飛び出して吠える!
「オゥン!オゥン!オゥン!オゥン!オゥン!」
お頭と呼ばれる2メートル近くある巨躯の大男にも物怖じしないユウギ
ユウギに続いてジンも
「ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!ギャン!」
小さくても心根は一人前だ
そして他の御犬達もど次から次へと門をまたいで、川との門との間にある土の上へと踊り出て吠え立てる!
「アウッ!アウッ!アウッ!アウッ!」
「ガウッ!ガウッ!ガウッ!ガウッ!ガウッ!」
橋の先は、御犬様で埋め尽くされた
それに続こうとするお万
しかし前に進もうとすると、何かが着物を裾を引っ張る
「ぁぁ・・・」
振り返えらなくてもいつものこと
誰が着物を引っ張ったのかはお万には分かっていた
「フチぃ・・・」
どことなく、いつもお万の近くにいるもう一柱の御犬様、フチだ

「・・・」
「んんーーー・・・」
ユウギよりも大きく立派な体格のフチ
それは令和のジャーマンシェパードよりも大きい
そして身軽そうな細身の体と長い鼻先
あまり動かない尻尾は細く長く、鞭のようにしなやか
いかにも強そうな見た目だが、体は令和の柴犬のような可愛らしい東雲色(シノノメイロ)
そして深い深い栗色の眼は黄色く、赤く、鋭く光る
御犬様ばかりのこの村でもとても珍しい特徴を持った御犬様だ
「私、話してみたいの!
どうして御犬様を食べるのか!」
そうフチの眼を見て訴えるお万
しかしフチは咥えた着物を全く離そうとしなければ表情一つ変えることも無い
「ナリマセヌ」
フチの眼が、顔がそう言っている
フチの体重は60キログラムをゆうに超え、後ろ足で立ち上がれば全長は軽く2メートル以上にもなる
一方身長は三尺、90センチメートル弱のお万だ
着物を引っ張るが・・・
「んんんんー!」
「・・・」
微動だにしないフチ
5歳のお万にはテコを使っても動かせないだろう
しかしそこは知恵比べ
お万はさっきジンに引き裂かれた裾の切れ目を見逃さなかった
ビリリッ!
自ら着物を破いて変り身の術!
「ふふーん!」
ミニスカートのようなあられもない姿になったお万
フチが飛び掛かる間も無く、すぐさま門の前で押し合いへし合いの御犬様達の中へと四つん這いで消えてゆく・・・
これはフチにとって一大事
今この状況でお万が門の外に出てしまったのは大変な失態
普段は全く吠えないフチだったが、流石にこれには吠えて他の御犬に事態を知らせる
「アウゥゥゥッ!
アウッ!アウッ!」
その声に、50を超える御犬様はすぐに吠えるのを止め
サッ・・・
っと、フチの前に幅1メートル程の道を開けた・・・
御犬様にも位がある
フチは群れの統率者、リーダー格の御犬様なのだ
フチの前に開かれた一筋の道
そこには、お頭と目を合わせたまま唸り身を引かないユウギと、その股下にいるジン
そして、四つん這いでお尻をフチに向けたままフチの方を振り向くお万の姿が露わになった
「あっ・・・」
「ゥゥゥ・・・」
フチは、静かに唸っていた
そして唸ったままで静かに門をまたいで、お万の方へとゆっくりと・・・
4つの足を綺麗に動かして進む・・・
ユラ・・・ユラ・・・ユラ・・・
気品と風格のある、足取りで・・・
「何だ・・・?」
ユウギと目を合わせていた傾奇者のお頭
その異様な光景に顔を上げる
するとそこには、開かれた花道を歩き、門を跨いで向かって来る大きな犬・・・
フチの姿
「・・・」
続いて、四つん這いになっているお万の姿が目に入る
「ぁ・・・」
「汚ねぇ身なりのお姫様だなぁ・・・
それに、なんだその鳥は?」
傾奇者のお頭は、2メートル近くになる遥か高くからお万を見下ろしていた
「こんにちわぁ・・・」
「ああ?」
お万もこれには驚いた
そして想った
子犬が人を見上げる目線は、このようなものだろうかと・・・
その様子を見ていた村の男達
フチに続けと急いで門から出ようとする
しかしそれを目の端で捉えていた傾奇者のお頭
刀を抜いて、お万に突き付け
ビシッ!
「ぁっ・・・」
そして大声で吠える
「おい!
その門から出てくんなぁーッ!!」
「なっ!」
足を止める村の男達
そこに、お頭が睨み付けながら
「この餓鬼ィ、殺すぞ」
「ぐっ・・・」
「このッ・・・」
男達は動けなかった
そして知ってか知らずか、その傾奇者は確かに"お姫様"と言った
それは合っている
お万は盟主様の大切な御子
村にとって一番大事な人の一人なのだ・・・
村人達が迷っているその間に
「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!」
ずっとお万の頭に乗っていた百舌鳥の鷹丸
お万の危険を感じて、そのお頭と呼ばれる大男の目の前に飛んで出て威嚇する
「あぁ?うるせぇなぁ!」
ブンッ!
そう言って刀を持っていない左腕を振って叩き落そうとする
しかしそんな攻撃は鷹丸には止まって見える
ヒラリ
と避けると、挨拶代わりに額を一突き!
「てぇっ!」
そして
「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!」
またお頭の前でけたたましく鳴く
「邪魔くせぇなぁ!」
今度はお万に向けていた刀で斬り落とそうとするお頭
ザッ!
ヒラリ
「このッ!」
ブワッ!
またヒラリ
木の葉が舞うように鮮やかに刀を避ける
そしてそのまま高く飛び上がり、傾奇者達の頭上を旋回しながら鳴き続ける
「ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂッ!」
「ハハッ!
あのチビ、いっちょ前に仲間でも呼んでんのか?」
そこに、後ろから
「お頭様ー?大丈夫ですかい?笑」
と、嬉しそうにおちょくる別の傾奇者
「あぁぁ?」
と、振り返えろうとするお頭
すると
「その子を殺すなら!まず私を殺してからにしろ!」
その隙に、門を一歩出た五郎が仁王立ちして吠えた
「ぁぁあ!?」
それはお頭にとっても意外だった
こんな辺鄙な山奥の村で、期待していなかった戦う意思のあるその者
その言葉に、五郎の目を見るお頭
「・・・」
「・・・」
しかし、手には何も持っていない様子に
「なんだよ・・・」
残念そうに言った
そこに、お頭の後ろの傾奇者が耳打ちする
「餓鬼も含めて殺っちまいましょう
白犬はその後でもいい
面倒だ」
「あぁ・・・
まぁ、そうだなぁ・・・・・」
すると、その目線を外したわずかな間に・・・
「ん・・?」
お頭がお万に向けていた刀が何者かに引っ張られて動く・・・
いや
五郎も村人も、あれから動いていない
下を見る
すると
「なんだぁ、コイツは・・・?」
驚くことに
自分の持っている刀のその切っ先は犬の、フチの口の中に咥えられてお万から離れていく・・・
「・・・」
「へっ、すんげぇなぁ・・・」
刀を咥えて、睨みつけてくる大きなその犬、フチ
刀を押そうにも引こうにも、左右に抜こうともびくともしない
「こ、コイツ!」
睨みつけている
「・・・」
そして、隣にいる黒い犬
「グゥゥゥゥ・・・」
ユウギもずっと牙を剥き出しにして唸ったまま
今にも飛び掛かってきそうな気迫だ
それに加え、目の前には名のある武家の猟犬としても滅多に見れない程に立派な大きさの、沢山の犬
こちらに敵意を、牙を剥き出しにして、唸っている
「ウゥゥゥゥ・・・」
「ガゥゥゥ・・・」
(思ったより、面倒かもなぁ・・・)
お頭は感じていた
そして傾奇者とはいえ元は武士
五郎とフチの見上げた心意気は、お頭の心を少しだけ動かした・・・
「ふっ・・・すまねぇなぁ・・・」
そう言って、お頭はフチに咥えられている刀を、フチの眼を見ながら・・・
ゆっくりと、地面に置いた・・・
トッ・・・
そして、続けた
「話をしてぇんだが・・・・・聞いてくれねぇか?」
そう五郎や村の男達に問いかけるお頭
すると、意外なところから返事が返って来た
「話ってなぁに?」
すぐ下で四つん這いになっている少女
お万だ
空気が変わったのを感じたのか、ユウギは唸るのを止めて姿勢を崩した
そしてお万の周りを一周すると・・・お万とお頭の間に体を入れる
「グゥゥ・・・」
同じくフチも、咥えていた刀を離す
「・・・」
そしてお頭を睨んだままお万の前を回って反対側に移動して・・・お万の左半身を自身の体で隠すようにして、お頭との間に体を入れる
ジンはそのまま
「クゥゥゥゥゥ・・・」
お頭の一番近く、最も前で歯をむき出しにして唸ったままだ
「・・・」「・・・」「・・・」
五郎も、村の男達も話さず、動かない・・・
お頭は、その様子を見ながらゆっくりと刀を拾って・・・鞘に納める
キィン・・・
そして小声で、できればお万にだけ聞こえるようにして、言った
「ワシらぁ白い犬を探してるんだが・・・」
「白い御犬様?」
「あ?あぁ
首に竹筒を付けた白いお犬を、知らねぇか?
毛のなげぇのだ」
「えぇとぉ・・・・・」
少し考えて、お万は答える
「うちにはいないよ」
「ほんとうかぁ?」
「うん
竹筒を付けた子はいないし、それに、白くて毛の長い子はいないよ」
「じゃぁ・・・あれは何だ?」
そう言ってお頭の後ろにいた男が指を指す
その先には確かに白い犬?が見えるが・・・
「あれはシロ様!狸だよ!」
「タヌキぃ?」
「うん!狸様!」
そうニコッとしながら答えると、お万は
「シロ様!きて!」
名を呼んで手招きする
すると直ぐに
「クックックッ・・・クックッ・・・」
っと、そのシロと呼ばれる白い狸は嬉しそうにお万の元へ
テッテッテッ
と跳ねるように歩いて来る
そして抱き上げて
「ほら!狸様!」
傾奇者達に見せるお万
「タヌキ・・・」
「クックックッ!」
「狸なのか・・・これ?」
そう言われても、お頭にも他の傾奇者達にも区別が付かない
絵でしか見たことが無い狸
全然、分からなかった・・・
「うん狸様!
ほら、薄いけど顔の周りに狸さん模様があるでしょ?」
「んん・・・?」「・・・?」
「ちっと鼻が細いでしょ?」
「・・・」「・・・」
「それから、体中の毛も長くてフサフサしてて、尻尾も御犬様とはちがうでしょ?」
「・・・」「・・・」
「お尻もまん丸で、可愛いいんだよっ!」
「・・・」「・・・」
「クックックッ!」
何を言っても反応の薄い傾奇者達
「ふふっ
なでてもいいって!シロ様は優しいからっ」
そう言って傾奇者達の前に狸のシロを差し出す
その冬毛をまとった白い狸は確かにまん丸で、黄色い目をウルウルとさえて可愛く見える・・・
「確かに、犬の畜生よりは可愛いなぁ・・・」
「そうじゃねぇだろが」
「いゃぁ、わしゃぁー白くてまん丸なの好きでよぉ・・・」
「たわけが・・・」
シロの可愛さにまた少し空気が変わり・・・黙っていたお頭が口を開く
「・・・これは、ずっとここにいるんか?」
「うん!
私が生まれる前からここにいるよ」
「まぁ、こんなまん丸じゃなかったなぁ・・・」
そう言って少し考え込んでから・・・
お頭が続ける
「なぁ、お姫様・・・・・
ここにいる犬をワシらに見えてくれねぇか?村に入ってよぉ?
まだまだ沢山いるんだろ?」
このようなやり取りをしている間にも、村の奥から1匹、また1匹と現れる犬・・・
その数はもう100近くになっていそうだ
「ワシらの大切な犬なんだよ、その白いのは・・・」
「・・・」(大切・・・?)
その一言にお万は少し疑問を持ったが・・・・・
話を続けた
「・・・でも、白くて毛の長い御犬様はいないよ?」
「本当かい?」
「うん!ほんと!
私嘘つきは嫌いだもんっ!」
その回答を聞いたお頭の後ろにいた一番騒がしい男
反応する
「おぃおぃ・・・」
腰をかがめて、お万の顔をすぐ上から見下ろして
脅すように
「こんな百も二百もいそうな犬のこと、全部覚えてるってかァー!?」
「ぅ、うん!覚えてるよ!
白い御犬様は村でもめずらしいから、マミ様一柱だけ
でもマミ様は白いけど毛は短いし、立派なお歳だから長いこと歩いてないの」
「じゃぁ・・・
この村にはどれくれぇ犬はいんのよ?」
「うぅーーーん・・・」
お万は少し考えてから・・・そして手の平を広げて言った
「ごしゃく!」
「・・・五百ぅ?」
「くらい!」
頷きながら笑顔で答える
「ふふふっ」
お万にとっては自慢の御犬様達なのだ
500匹の犬を見て回る
(それは面倒だなぁ・・・)
傾奇者達は誰もがそのように思った
そして頭を切り替えた
そこに、今までずっと黙ってそのやり取りを見ていた傾奇者らしくない若い男
橋の中腹にいるお頭達の元へ駆け寄って、お頭に言った
「なぁみんな!
私はこんな年端もいかぬ子供が嘘をついているとは思えぬ!」
「・・・」
「それに、五百の犬を検分するのはするのはちと骨が折れんか?・・・もう、戻らぬか!?」
「・・・」
しかしお頭は、その若い男を見ようともしない
「なぁ、皆!」
訴え続ける若い男
「なっ!?戻ろう!」
どうやら・・・説得を試みているように見えるが・・・
お頭の目線は目の前の対峙するフチとユウギ2匹の畜生を見たまま、決してその若い男を見ることは無い
そして、口を開く
「旦那ぁ・・・
ワシもそう思っていたとこですわ」
「おお、千右衛門!
分かってくれるか!」
と、お頭に向かって、嬉しそうに若い男は言うが・・・
「ワシもでぃ・・・」
「ハッ!そうだなぁ・・・」
「ヘヘッ・・・
なぁ?お姫様が銭っこ恵んでくれてもいいんだけどなぁーあ?」
「え?」
「ハッハッハッハッハッ!そうだなぁ!」
不穏な空気
屈んでお万と話していた傾奇者はニヤニヤしながら言う
「コイツ、売るか!?」
その様子を見ていたお頭も
「・・・見た目は汚ねぇが、白い肌で顔も悪くねぇ」
「ヘッヘッヘッ・・・」
今度は人さらいの話になってしまったようだ
それでも説得を続けようとする若い男
「お、おい!冗談でも止せ!!
帰ろう!千右衛門!」
そのやり取りを見ていた村の男達
「やっぱりそういう事かー!」
良い加減にしろとばかりにお万の元へと歩き出す
「白い犬がどうこうって!
結局金が目当てなんだろ!?」
手には畑仕事で使っていた鍬を持って
それを見た傾奇者
「へっへっへ・・・」
チラッと目の前の赤犬、ジンを見て
「オラァー!」
「ギャン!」
蹴り上げた!
宙を舞うジン
「あああーっ!」
お万はジンを追って低く飛ぶ!
そしてジンが地面に打ち付けられるより前に受け止め
「あぁぁッ!」
お万の声と共に、土埃が上がる・・・
「お万様!」
「ヘッ!始まったか」
そう言いながら橋の上に立っている2人の傾奇者達は
スゥー・・・
ゆっくりと、刀を抜いた
同時に、構えて警戒態勢に入るフチとユウギ
そして他の御犬達達
「グゥゥゥゥ・・・」
「・・・」
また空気が変わる
その張り詰めた空気を喜び、味わうように楽しむ傾奇者達
「ヘッヘッ・・・
初めからこうしときゃぁ良かったんだ」
「あぁ
何匹来ようが所詮は犬畜生よ
この橋で迎えれば何てこたぁねぇ」
お頭ともう一人も
「はぁ・・・
まぁ、いいか」
「確かに面倒だが、こっちの方が性に合いますねぇ・・・」
そう言って
スゥー・・・
刀を抜く
「お、おい!」
あたふたと慌てる若い男
しかし傾奇者達は全く相手にしていない
そして、その若い男の説得に応じようとする様子も全く見られない
「さぁ、おっ始めっかぁ」
そう言うとお頭
左腕でその若い男を払いのけ
「うぁあ!」
バッシャーン!
川へと落とした
そして誰もその様子を、川に落ちたその若い男を見もしないで会話を続ける
「なぁ一番デケェのを殺して、今夜の飯にしよう」
「いいねぇ!楽しみが増えた!」
「そうだなぁ・・・
じゃぁ、一番小せぇのが全員に奉公だな!」
「決まりだー!」
そう言って橋を進む傾奇者達
「オレはあの赤いのをもらう
赤犬はうめぇからなぁ」
「あぁ
オレも赤犬が一番好きだぜ」
「ハァァ?早いもん勝ちだろ!?」
そう言って大きな一歩を踏み出した瞬間!
ヒュン!
と、先頭の傾奇者の視界を遮るように風と、黄色い何かが横切る!
そして
ダーンッ!
「うぉぉ!」
また別の方向からの音と同時に、肩紐が外れて胸当てが・・・傾いた
「鉄砲かぁ!!?」
「どっからだぁー!?」
辺りを見回す傾奇者達
しかし
どこにもそれらしい影も、煙も見えない・・・
辺りは深い森
射程は100メートルともいわれる鉄砲の狙撃手が身をさらす理由など無いだろう
そして混乱も収まらない中、門の遥か奥
遠くの方から太鼓の音が聞こえてくる
ドゥゥゥン!ドゥゥゥン!
そして浮かぶ・・・
遥か遠くから歩いて来る1つの人影
その人影は、10か20かの沢山の四つ足で歩く獣を従えている
「あいつかぁ!?」
「いやぁ・・・・・
槍か薙刀のようなモン持っていやがる・・・」
ドゥゥゥン!ドゥゥゥン!
低く、地を這うように響く太鼓
何が始まったのか・・・
お万は、蹴られて痛がるジンを抱きかかえたまま叫んだ
「おししぃーーー!」
