古道の大神と犬の姫 四ノ一 -村の人々と、城下町の人々と-
翌朝
ようやく朝からお天道様が顔を出しました
激しく打ち付けた雨は冬の間に大地が育んだ土も落ち葉も何処かへと流してしまい、畑の土も奪って去ってゆきました
木々も家も、大岩をも動かして地形を変えた大雨
それは、咲いていた桜も激しく打ち付けられ、落とされ、流されて・・・
跡形も無く消えた頃でした
その朝お仙様は、冷たくなって寝込むお万様の世話をした後で、天和様のいる拝殿を訪れました
すると、五柱の天和様の赤ちゃん達は眼を開けて、お仙様を、見つめておりました・・・
そしてその日から、天和様とその五柱の赤ちゃんの移った拝殿は村の外からの参拝者で賑わい始めます
「なんでも珍しく白い5つ子の犬が生まれたらしい」
「あの御犬の村でも大騒ぎになっているようだ」
との近隣の村からの噂に始まり
「なんでも西の山奥にある村で山犬を飼っていて、その奇怪な村にあってさらに珍しい白い山犬の5つ子が生まれたらしい」
などと尾ひれに背びれまでもが付いて、遠く離れた城下町にまで届きます
しかもそれは山犬をオオカミなどと呼び、そのオオカミを大きな神様、"大神"として祀る変わった神社でのこと
オオカミというあまり聞かない獣の名
そして神話や神社にも数多ある大神と同じ名の、謎の獣の存在
それはそれは、多くの人に足を運ばせました
白い山犬に御利益を求める者
流行りの見世物小屋よりもさらに珍しいモノを求める者
そして山奥の山犬村に興味のある者や、恐いもの見たさで肝試しをしようとする者
今まで奇異の目でこの村を見ていた者までも
様々な想いの人々がこの山奥の村を訪れて、村はまるでお伊勢様かと思える程に賑わいます
それは、桜に代わって咲き始めた藤の花の香りが心地よい、新緑の季節に御座いました・・・
『 昔から白い動物は"神様の使い"、あるいは"化身"として神聖視されて参りました
そして、"縁起物"として有難がられました
福をもたらす吉兆でしたり、長寿でしたり
日本におては白蛇や白い鹿は特に有名でしょうか
また白い動物も有難がられ、鷹狩りを好んだ徳川歴代将軍も毎年、鶴を朝廷へと献上し國の繁栄を祈願しました
動物の保護によって人々の価値観を変えようとする試み、"生類憐み"の政策の数々を実行した第五代将軍、徳川綱吉公
綱吉公でさえも、鷹狩りは禁止しても鶴の献上は続けました
人々はそれほどまでに、令和の今以上に、白い動物に何かを見て、特別な価値を感じていたことでしょう』
村が参拝者で賑わうその頃
お万様はといいますと・・・・・
神社の奥にある屋敷、その縁側にて、本を読んでおります
まだお天道様も高い時間
いつもだったら御犬様と外で駆けて泥だらけのはずですが・・・
どうしたのでしょうか?
「あれ?・・・お万様?今日も読書ですか?」
午前の訓練を終えたお七
汗をキラリと輝かせながら聞いた
「ぅん・・・」
静かに答えるお万
「毎日毎日・・・
そんなに本は、楽しいのですか?」
「ぅん・・・」
「御犬達とー・・・遊ぶよりもですか?」
「ぅん・・・」
「ジン様は・・・今日も一緒じゃないのですか?」
「今読んでるからぁ!」
「あぁっと
失礼、しました・・・」
今日もどこか普通ではないお万
少しトゲトゲしている
それは読書の邪魔をしたからではない
ここのところずっとこの調子
誰が聞いても
「声がいっぱいあって、嫌なの」
と答えるだけ
神社の階段を一人で降りるようになってから、毎日欠かさずに降りて遊んでいたのだが・・・
「・・・・・」
それはずっと一緒にいたジンも、読書ばかりのお万に飽きて他の御犬様と遊ぶ程に
お七は、心配だった・・・
確かにお万様が生まれてからずっと、この村への訪問客も、神社への参拝者も殆どいませんでした
付近の村の者や顔見知りが訪ねて来る以外にこんな山奥の、犬の畜生だらけの奇妙な村を訪れる者は山賊だっていませんでした
しかしこの参拝者の急増
初めて見る人達
その声の賑やかさ
耳の良いお万様が不安がるのも無理はありません
何よりも、その日常に無かった人々の声はいつも聞こえて来る動物達の、友達の声を遮って、邪魔をしてしまうのです
そして、その感覚を共有できる人も、多くはありませんでした・・・
加えて、この小さな村がこの世界の全てだったお万様には外の人といえば
"御犬様を大切にしない怖い人"
でした
そして将軍様、綱吉公といえば
"御犬様の味方の偉い人"
でした
実際に、以前の参拝者といえば御犬様を無下に扱う訪問客の多いこと多いこと・・・
流血沙汰も珍しくありません
ですから、村の人々もお万様と同様に、歓迎はしていませんでした
しかし今回は今までのように御犬様に暴力を振るう者も、斬り付ける者も現れていません
綱吉公の"生類憐み"の御触れが出てから十数年
その効果なのでしょう
参拝者は御犬様と距離を置いて、あるいは優しく触れて、接しています
すっかり御犬様に対する人々の意識は変わったのでした
(今の参拝者は御犬様にひどいことはしないし、できない・・・
それはお万だって分かっているはずだろうに・・・・・)
お万様の読書姿を見ながら、お七は想いました
本を両手で持って、かぶりつくようにしているお万様
「・・・・・」
それは、大大神と思われる獣を見たあの日から
そう
お万様は、塞ぎ込んでいたのでした・・・
さてさて
参拝者の増加は村の人々が知らないところで問題を生んで、大きく膨れ上がってゆきます
神隠しが増えたのです
元々お万様の住む村は人里離れて孤立した、山奥にある村
村への山道へは険しく、「これが、道か?」と疑いなくなるような獣道を歩いたり、場所によってはいくつもの峠を越える必要が御座います
山に詳しくない人は、迷う場合も珍しくはありません
そして、潜む山賊に物の怪の類
神隠しは、山犬によるものだととの噂まで・・・
山犬も猪も見たことが無ければ、熊も全く知らない城下で生まれ、城下町に住む人々
その人々が見る城下でも滅多に見れない大きくて、様々な毛色の村の御犬様達
多くの人には犬と山犬の区別もつきません
令和の今もタヌキとアライグマの違いを即座に判断できる人は多くはないでしょうし、犬や狐を見て慌てて熊が出たと警察に通報する方もいらっしゃいます
きっと多くの勘違いもあったことでしょう
しかし噂は膨れ上がります
山犬を崇め、山犬を飼ってるとの噂から新たに創られる奇談、怪談
更に、近隣の者に聞けばこの辺りは昔から"古道の大大神"なる巨大な山犬の化け物の縄張りで、あの神社に出入りしていると聞こえてきます・・・
それは、暗闇の森に潜む山犬と、"古道の大大神"の恐ろしさを想像させ、膨らませるには十分でした・・・
そしてその噂は、とある旗本の嫡男の失踪によって山犬が、大神が恐ろしいものだと人々の心の中に定着して参ります
その元服して間もない旗本の御子息
道場で学びを共にする同志3名と共に神隠しが噂される神社へと向かったのです
いずれも道場でもえり抜きの腕に自信のある者達
今で言う、度胸試しでしょうか
町の人々の期待も受けて
「いざ山犬退治!」
とばかりに山犬より大きく怖く、凶暴だと噂される大神を退治してやろうと意気込んだのです
しかし、数日が過ぎても帰って来ない4人の若者・・・
道場から噂は始まり城下町でも大騒ぎになります
そしてその道場が、元々大神の噂で賑わっていたことが、村に災いをもたらします・・・・・
『 この時代、綱吉公の"生類憐み"の御触れの数々によって、武士が今までのように人や、犬すらも自由に斬り殺すことが禁止されたのは既にお話した通りです
犬を殺した者を役人に報告すると金貨が貰えたり、逆に、良く世話をした者には褒美に銀貨を与えるなどと徹底されます
しかし犬の殺生を禁じたことで犬が増え、困ったことも御座います
毎年複数の子を産んで増え続けた犬達は餌を求めますが、人から与えられる残飯の、食事の量はそう変わるものでは御座いません
食事にありつけないない空腹の犬は店頭に並ぶ商品を盗み食いしたり、人に噛みついたり・・・
町中で好き勝手しておりました
更に、"生類憐み"の御触れによって、罰を受けるの恐れて犬と関わり合いになりたくない人が増えて、躾がされない犬も増えました
そしてその躾がなされていない犬はやがて人を恐れずに襲うようになります
実際に子供が襲われたり、赤ちゃんが襲われたり、食べられたり・・・
多数の被害があったようで御座います
つまり、犬の殺生や乱暴を禁じたことで容易に接したり"間引く"ことができなくなり、凶暴な犬が増えしまったのです
そしてその増えた凶暴な犬や素行の悪い犬はそのまま"悪犬"と呼ばれるようになります
しかしその悪犬でさえ、すぐさま棒を振り回したり叩たりして追い払ったり、容易に斬り捨てる訳にも参りません
"生類憐み"の御触れで厳格に禁止されていたのです
犬の保護政策によって犬は増え、甘やかされ、自由奔放になり・・・
しかし、打てる手も少ない・・・
加えて、その犬や悪犬の保護の為に"犬扶持"と呼ばれる税金までも取られるようになります
我慢の限界に達した一部の人々は犬を殺して磔にしたり、晒し首にして溜まった鬱憤を晴らして不満を露わにして、将軍への当てつけにしたのでした・・・
その素晴らしい理想の基に生まれた"生類憐み"の御触れの数々
しかしその晩年、厳格にその"生類憐み"の御触れを守っていた藩の人々は、犬に対する不満を溜めていたようです・・・』
このように、犬が悪犬と呼ばれ忌避され、憎悪もされていた世の中に生まれたオオカミと大大神の噂の数々
この度の失踪した彼ら旗本は、人々を"悪法"と"悪犬"から救う者として、英雄視もされていたので御座います・・・
