古道の大神と犬の姫 六ノ三 -御囲-

 さてさて
お天道様が登りきる前に村を出た大目付とお万様の一行
天和様の五つ子達も暴れる事無く、大人しく駕籠に揺られて不思議な旅を楽しんでおります
 そして険しい道中を超えてから街道へと出る少し手前
途中の村で預けていた馬と、予備の駕籠にお万様と天和様は入りました
 白犬と少女が入れられた大きな駕籠と、5匹の黒犬が入れられた大きな駕籠
五郎達村人に担がれて街道を下ってゆきます

 この時代、犬が駕籠に入るのは決して珍しいことでは御座いませんでした
しかし異様なのはその犬と同じように扱われた幼い女の子
そして乗馬した武士達に囲まれたその物々しい雰囲気
それはそれは人目を引く、珍しい光景で御座いました
すれ違う人々は指を差して、囁いて・・・
すれ違ってゆきます・・・

 人々に後ろ指を刺されながら向かう先
それは沢山の御犬様が集められた御犬専用の御囲(おかこい)です



『 "御囲"
 最も有名なのは令和の今にも史跡として残る中野区の通称"中野犬小屋"ですね
 今では信じられないかもしれませんが、当時はまだまだ緑の濃い、畑の中にあったようです

  そしてその始まりは喜多見犬小屋から
 元は将軍様の御側任人の喜多見家による病気などで弱った御犬の保護施設で御座いました
 保護施設だけあって、当時の江戸の人々もようやく食べられるようになった流行の白米を食べて、大切にさせていたようです

  そして規模が段々段々と大きくなって、最大およそ30万坪
 東京ドーム約20個分もの敷地の中には少なくとも10万かもの御犬が
 多い数字では30万もの御犬が集められていたそうです

  お万様の向かう御囲は徳川様のお財布事情とは異なりますので、もっと小さな御囲に御座います』



 城下町の外れ
田園風景の中にあるその御囲
端から端まで歩いて30分程
柵で囲われたその広大な敷地内を沢山の御犬が自由に遊んで走ってくつろいで、自由に過ごしている
そしていくつかの簡素な小屋も見える

 それを見たお万
「すごい・・・
 村の御犬様より、多いかも・・・」
ジンと離れるのが寂しかったお万
今まで会ったことの無い御犬様に会えるかもしれない
あの中で自由に御犬様と遊べるのかもしれない
「あれは、お父上の話していた洋犬・・・?」
村では珍しい耳の垂れた御犬様もいる
お万は少し、ワクワクし始める
「わぁぁぁぁ
 たくさんの御犬様・・・」
差される後ろ指など気にもぜず、御囲の中をキラキラした目で見るお万
駕籠に揺られて、街道を下ってゆく

 しかし、一行は御囲を通り過ぎた
そして通り過ぎてなお、街道を下って城下の方へ
「あぁ・・・・・」
寂しそうな声がお万から漏れる
五郎もその通り過ぎた御囲に入るものだと思っていたのだが・・・
小さな声で、馬上の犬目付阿部に聞く
大目付の豊田には聞こえないように
「あのぅ阿部様・・・どちらまで?」
「目の前に見えよう」
「へっ?」
正面を向いたまま、綺麗な騎乗姿勢で答えた阿部の見る先
同じ方向を向いて歩いている五郎だったが、五郎には先程から沢山の人だかりが見えているだけだ・・・
「えぇと・・・どちらですか?」
「あの下々の群れの先じゃッ」
静かに
でも少し、機嫌の悪そうにそう言う阿部
「あっ、すみません・・・」
五郎は何か気分を害するようなことを言ったかと不思議に思いながらも、駕籠を担ぐ




 やがて、人だかり隙間から
「あれは・・・」
先程までの御囲と同じような柵が見える
「あそこかぁ・・・・・」
段々と、見てきた
先程の大規模な御囲程ではないが、それでも大きな御囲
令和の学校の校庭程の大きさの敷地に見える
そして先ほどの同じような簡素な小屋も
しかし、他の御犬様は見当たらない・・・
「・・・」
五郎は少しだけ嫌な予感を感じて、また静かに願い出る
「あの、阿部様!」
「何だ?」
と、阿部は静かに答えるも、顔をそのまま
向かう先を見ている
既に気を悪くしてしまったとしても・・・
冷たくされても・・・
それでもと、五郎
「せめて!お万様は外に出してもらねぇでしょうか?
 これじゃまるで、罪人のようで・・・」
「・・・・・」
無言で、馬に揺られている阿部
顔色も、姿勢も変わらず・・・

 それでもと、五郎
「せめて!今だけでもっ!!」
「・・・・・」
すると、馬上の阿部は体を五郎の方へと傾け
「ワシもそうしたいっ!!」
と耳元で強く言って直って、また姿勢を戻して馬に揺られる・・・
「・・・・・」
その言葉で、五郎は悟った・・・



 沢山の人だかり
街道で噂が広まったのだろうか
それは一行を待っているようだ
そして駕籠が近づくにつれて賑わい出して、五郎の耳にもその声が届く

「おぉ山犬ー!見えて来たねぇ」
「おっ?あんたぁ、あれはオオカミってやつじゃねぇのかい?」
「あ?そうなんかい?」

「あれが瓦版の人喰いの狼かい?犬目付も役に立つじゃねぇかっ」
「おいおいあんた、聞こえるぞ・・・」
「いいんだよっ!あいつらのせいで商売上がったりなんだ!文句の一つでも言ッガァッ!痛ってーなぁ!」
「やめときなって!」
「ああん?」
「あれは!大目付役の豊田様だよ・・・」

「大神って聞いたから大きいものだと思ったけど、そんなに大きくないのねぇ・・・」
「ねぇ、まだ子供じゃない」
「いやでも、オオカミは人を喰い殺すんだから、凶暴なんだろう?」
「そりゃーなぁ、狼だからねぇ」

「おぉ、駕籠に入ってんねぇ!」
「なぁ!ついに捕らえたんだなぁ、噂の"古道の大神"!」
「やはり豊田様はしっかり役目を果たされる御方だ」

「おいあんた、オオカミ見えるかい?少し前に見て来たんだろ?」
「うーん・・・
 もう少し近くに来ないと、見えないねぇ・・・」

 ワイワイ、ガヤガヤ
 ヤンヤヤンヤ

 巷を賑わす様々な噂など、それぞれに話をしながら待つ人々
道の左右に分かれた人々は100人を超える
その中を堂々と、一切構わずに進む大目付一行

「何だい?あの子は?」
「さぁなぁ・・・」

お万のことを気にする声も聞こえてくる
しかし殆どが、もう何ヶ月もの間噂されていた五つ子の黒いオオカミとやらを間近で見て、それぞれに声を上げる
すると

 「あぁぁ!ほんとうにっ!!」

一人の女が、一際大きく高い声を上げて

 「私が見たのはあのくらいの子犬よっ!あの後ろの白犬といたの!
 本当に・・・白かったのが、黒くなってる・・・」

静まる一帯・・・
「・・・」
その様子に、大目付豊田
一行に足を止めるよう手で指示を
そして声のする方を、通り過ぎた後ろを振り返ると・・・
そこには目を見開いて口を手で覆って、黒犬を見る女・・・
大目付は大きな声を上げた

 「そうだ
 これが御犬の村の神社に祀られていたオオカミだ!」

「あああっ・・・」

その言葉に、嘆く女
そして辺りを見渡しながら

 「そして皆が人喰いと噂をしておる、かつての白い五つ子だッ!」

そう声を張って、一帯に聞こえるように

「おぉぉ、では噂はほんとだったんか!」
「いやぁねぇ・・・不吉よ・・・」
「ほんと・・・鴉みたいに真っ黒・・・」
「おいおい、そんなことって・・・本当にあるんかい?」
「でもあれを見ろよ・・・」
「あぁ、それに、豊田様のお言葉だ・・・」

 ガヤガヤガヤ

また賑わう人々
そこに

 「皆が心配しておる人喰いオオカミ!
 この通りしかと預かった!
 安心いたせいッ!」

大目付は加えた
すると

「さすが豊田様ァー!」
「あぁぁ・・・これで、夜もゆっくり眠れますぅぅ・・・」
 ガヤガヤの賑わいは、感謝と賞賛の声に変わる

 その賑わいを御祭りのように、楽しそうにして受け入れる天和の五つ子達
「ハッハッハッ!」
一方で、五つ子を担いでいる村の男は静かに言った
賑わいの中に紛れさせて・・・
「殿の御意向で一層丁重に扱わねばならぬなんて言ってやがったが、そういう事かい・・・」
「言いたい放題利用しやがって!クソッ!」
「御当主様や三役は・・・
 これも承知の上だったのだろうか・・・」
「さぁ・・・」
「まるで、見世物じゃねぇか・・・」
「あっ!
 おめぇ・・・そういう事だったのかっ!?」
「気付いてやれよ・・・」
口々に、不平を漏らす・・・

 やんややんやー、やんややんやー

 その少し後ろ
お万と天和の駕籠を担ぐ村の男達も同じ想いだった
しかし、それを声には出さなかった
顔にもなるべく出さないように
そして平常心を努める
しかし
「人喰い・・・・・?」
お万の声
無垢な瞳が、駕籠の中から五郎を、皆の顔を見上げる
「人喰い・・・?」
「くッ・・・」
その様子を見て、下唇を噛む五郎

 やんややんやー、やんややんやー

賑わう人の声に紛れないように、五郎
「お万様っ」
そう強く名を呼んで
 ブンブン
首を小さく左右に振った
誰にも悟られないように
しかしお万にだけは伝わるように
駕籠を担いで歩く体の上下運動に紛れさせて・・・
「五郎様・・・・・」
名前を呼んで返すお万
そしてしばらく目を見合う・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
(ぐっ!どうしたら・・・)「あっつ!」
つまずきそうになる五郎
しかし目を反らすには都合が良かった
そして想った
(クソッ!焦んな五郎!
 お万様にだったら鼻でバレちまう・・・)

 やんややんやー、やんややんやー

(変わんねぇなぁ・・・
 犬公方様のお陰で、少しは御犬様を見る目も変わったと思ったが・・・・・)

 やんややんやー、やんややんやー
 やんややんやー、やんややんやー



 そうしてお万と天和、そして五つ子達は御囲に入った
それを端の方で見ていた白髭の老兵、虎杖は呟く
「流石豊田殿、これであれば・・・
 しかし・・・
 白猫殿には、苦難の道になるやもしれぬのぅ・・・・・」

いいなと思ったら応援しよう!