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古道の大神と犬の姫 四ノ七 -國-

 さてさて
お仙様が甘味に舌鼓を打つその頃
その先に高く高くそびえるそのお城
その中での一幕で御座います



 薄萌葱色と浅葱色の着物の男が二人
天守の外周の縁側、廻縁から、領内を眺める二人
城下町のその先には、どこまでも続くような緑に覆われた大地
その合間に、ポツリポツリと見える集落
青い空
それはお万の父と、その父が仕える藩主、殿様
まだ20を過ぎて間もない殿様と、お万の父
同じ景色を見ている二人・・・

 古くから、時の領主とも関係の深いお万の家
それは鷹狩や御犬、そして牛馬の価値が今よりも遥かに高かった時代からのこと
そしてお万の父は殿様のかつての教育係でもある乳母役
二人は旧知の仲であり、そして身分に関係無く、良い相談相手だった
 そして今日2人は、今回の人喰い狼騒動を受けて決断をしようとしていた・・・

「さて・・・・・
 こちらの人払いは済ませた
 この國の為に林狗よ、話を聞かせてくれぬか」
「そうですねぇ・・・」
いつもに増して穏やかな口調と穏やかな眼差しのお万の父
ゆっくりと景色を見渡している・・・

 「キョッキョッキョッキョッキョッキョッキョッ」

近くで鳴くミサゴの声
城のどこかにでも留まっているのだろう
「良い声ですねぇ・・・」
「ん?・・・鳥か?」
「はい
 決して村では聞かぬ声・・・
 ここに来たと、教えてくれます」
「息が詰まると、言いたいのか?」
「いいぇぇ
 裃で無いだけ、身体が軽いです」
「ふふっ・・・」

 「キョッキョッキョッキョッキョッキョッキョッ」

「・・・私共のような山に住む者と、城下に住む者では・・・全く狼への、山犬への意識が違います
 我々山の者は狼と古来より適当な距離を保って、信じてもらえますまいが、お互いを尊重し合って生きて参りました
 故に、狼は良い獣と表され、時には大きな神様として敬われて参りました・・・」
「大神、か・・・」
「はい
 しかし城下に住む者にはそのような意識はございません
 皆さんが毎日食べている米や野菜が、狼との良い関係があって作られていたとしても・・・」
余韻を残す言葉・・・
「で、あろうなぁ・・・
 私がそれを実感するようになったのも、この立場になってからであった」
父の目
その目は、悲しそうだった・・・
「そう
 人々にとって狼は、山犬と呼ばれるように山に住まう犬に過ぎません」
「・・・」
「また、狼は大犬とも呼ばれますが・・・
 その大きな犬は生類憐みの御触れ以前の、町で暴れていた制御のできない御武家様に捨てられた猟犬、悪犬の、その記憶を思い起こさせましょう・・・」
「・・・・・」
「そして町の人々にとって、狼を見るその目、その振舞は・・・
 妖怪や物の怪に向けられた目、そのものでございます・・・」
「うむ・・・・・」
「私共のような・・・
 山深くに住み、鳥獣と心を通わす者達も少なくなり、すっかり奇異の目で見られる世になってしまいましたので・・・」
「・・・・・幼い頃より、日がな一日鳥獣と過ごしておれば心通じると申しておったな?」
「はい」
「・・・分かるものか?」
「分かるものです
 日がな一日、彼らのことを想っていれば・・・」
「・・・・・」
「共に
 生きる為、ですから」
「左様か・・・・・」
晴れ渡る青空
そよぐ風は、わずかに着物をなびかせる

 「チュン、チュンチュン、チュン・・・」

いつの間にか二人の話を聞いていた可愛らしい雀達
ミサゴはどこかへ行ってしまったようだ

 「チュン、チュン」

 二人のように近くで、会話している雀
そして父の肩へ頭へと飛び移り、ピョンピョンと跳ねる
まるで子供のように、自由に
「・・・殿は、我々の村がどこにあるか、お分かりになりますか?」
「ん?・・・あの、あたりであろう?」
そう言って扇子で方向を示す
「・・・違います」
「は?」
「そこよりも更に西、そして奥
 目印は・・・この夏の時期にはございませんね」
そう言って少し微笑んでみせる父
「それは意地が悪い
 おおよそ合っておろうに」
「ははっ、すみません
 つい昔のように意地悪をしてみたくなりまして」
「あまりからかうでない
 余も今や、文字通り一國一城の主であるぞ」
「いや、失礼しました」
「全く、変わらんなぁ・・・」
「はい
 でも、おおよそでも覚えて下さったのですね」
「それも、領民がどのような暮らしをしておるのか知るのも務めの内だと、誰かが口煩く申したからのう」
「はははっ」
「天守が高く位置するのも、その為だともな」
「よく、覚えておいでで・・・」
そう言ってまた少しの笑顔を見せると、遠くを見ている・・・
真剣な顔で、眼差しを遠くに送っている・・・

 「チュン!」「ヂュン!」

 そしてまた、口を開く
「・・・では、あの辺りは何と呼ばれているか・・・ご存じでしょうか?」
そう言って、肩から飛んで行った雀達の行く先を示す
「街道の・・・」
と言って、顔色を変える殿様
そして、眉をひそめ
「化野原か」
「えぇ」
「私が、将軍様の生類憐む御心に心を通わす一番の理由である・・・」
「はい
 しかしこのように見渡しますと、領内がよくよく、見えるものですな」
「・・・後から預かった所領とはいえ、嫌でも、藩主として見なければならぬ物がある」
「ははっ
 ご立派になられて・・・」
「からかわんでくれ
 して、その化野原がどうしたのだ?」
「・・・その化野原ですが生類憐みの御達し以降、我が國側の捨て子に姥捨てなどは随分と減ったと聞いておりましたが、事実のようです」
「そうだ
 不仁を改める為に、必要な政であった」
「ふふっ
 そうですね」
「以前として、街道の辻斬りは絶えぬがな・・・」
その言葉を聞いて、ずっと景色を眺めていたおまんの父は殿様の目を見た
しかと
しっかりと
「・・・」
「・・・」
その目を見返すお殿様・・・
始めはほがらかに見えたおまんの父の顔
それは徐々に強張り・・・口が開く 
「それは英断にございました
 多くの國が将軍様の御心を解せずに我が世大事と武家の世の存続を望んで、己の特権が侵されるのを拒んでおります」
「うむ」
「しかし・・・・・」
「ん?」
「しかし・・・辻斬りや捨て子、姥捨てが無くなってから、困っている者もございます」
「ほぅ
 それは、どのような?」
「それは、」
「まさか養育費目当てで偽の申告を行う者か!?
 捨て置け!!そのような不埒者は!!」
お万の父にかぶせるように制す殿様
相当腹に抱えた何かがある様子
しかし父は、いつもの通りに、静かに・・・
「殿?」
「なんだ!?」
「人、ではございませぬ」
「では・・・・・それは?」
「それは、あの辺りを縄張りとしている狼や野犬にございます」
その目は真っすぐに、殿様の目を見ていた
深くて暗くて、その中に光のある目で
「ふぅ、その目・・・
 本当に意地の悪い・・・・・」
「はい
 この世とは摩訶不思議
 仁愛の心だけでは及ばぬ、難しいものでございます・・・」
「・・・・・」
そう言って、父はゆっくりとまた振り返って緑の大地と青い空を眺める
その横顔
この世を不条理を心に閉まって・・・
現実を受け入れる為の十分な時間を使ってから・・・
殿様は言う
「喰ろうておったのだな
 狼が」
「はい」
「で、食べる物の"供給"が少なくなったと?」
「はい」
「それが、この騒ぎの正体か?」
「はい」
「はぁ・・・なんと・・・・・」
「お気持ち、お察しします
 私も同じ、想いですから・・・」
「はぁ・・・」
重ねて、ため息
そして、今一度
「・・・・・それは、確かか?」
「お仙が、十分に検分いたしまいた故間違いはございません
 そして今も、当社の者が"人喰い"か否かの判別を行っております・・・」
「うーーーむぅ・・・」
唸る殿様
まるで下から顎を殴られたかのように、頭を後ろに倒して鼻を一番高くして・・・
「なんと、まぁ・・・」

 唸り、嘆く殿様を横に・・・
父は、景色を眺めたまま続ける
「・・・残念なら、お仙の推察は当たっておりました
 元々あの化野原一帯を縄張りにしているのは黄金色の毛を持つ狼
 そして、その周辺を縄張りにする野犬の群れが御座いました」
「狼と野犬か・・・」
「はい
 その野犬
 今の頭目は赤虎の大きな御犬様
 しかもその縄張りは國を跨ぐのが厄介です」
「ふっ
 犬や狼には、人の縄張り争いは関係が無いな・・・」
「はい
 そしてその二つの群れ
 食べ物が十分に"供給"されていた頃は共存して、混じって暮らしていたようです
 しかし"供給"が少なくなるにつれて、また黄金色と赤虎の群れに分かれて縄張り争い始めます
 そして争いに負けて化野原を追い出されたのが黄金色の毛を持つ狼の群れ
 彼らが、上井村を襲ったようです・・・」
「黄金色の、狼・・・」
「はい
 もう随分と年老いてはおりますが、大きな大きな狼にございます」
「ふぅぅぅ・・・・・」
深いため息
そして
「化野原にはやはり怨念でも、悪霊でもおるのかのぅ・・・・・」
頭が重い
まるで本当に石にでもなったかのような感覚を覚える殿様
「人々を救うべく行った決断が、また新たに人々を苦しめるとはな・・・・・」
「はい・・・
 今は、村を襲ったり、辻斬りや盗賊被害に合った者で黄金色の狼達は腹を満たしているようです」
「んんん・・・」
「・・・縄張りを持たぬ狼の群れ
 それはまるで浪人のように領内を彷徨って、人を襲っております・・・」
「んんん・・・」
喉から漏れる音がして
「はぁ・・・・・」
また深いため息
重くて前に倒れる頭を、額に左手をあてて支える殿様
横でその姿を感じながら、父は続けた
「私達、人が・・・
 狼との関係を歪めたのです・・・・・」
「あぁ・・・
 浄土への階段は、先が見えぬなぁ・・・・・」
「はい、そのようで・・・
 私もその可能性を想いながらもにわかに信じたくはありませんでした
 それ故、時間を掛けて、入念に検分いたしまいたので・・・」
「そうか・・・・・」
そう話して、化野原の方向を見つめる二人・・・
ふと、思い付いたように殿様
「・・・将軍様にはもう?」
「はい」
「うむ・・・そうか・・・・・・・・・・
 うぅぅん・・・・・」
まだ唸り声をあげる殿様
「・・・いかが、されましたか?」
その苦悩の顔を見て、聞く父
「・・・・・上手くいかぬものだなぁ・・・とな!」
「ははっ・・・
 人心と狼、どちらが厄介ですか?」
「どちらもじゃ!」
 ドドンッ!
そう言って手すりを激しく叩いて強く握り、遠くを見渡しながら
「海の物、山の物!
 物の怪は町にもおろう!」  
「はい
 共に、真ノ心で、生きていかねばなりません
 道は彼方、天の先です・・・・・」
「ふぅーーーーーッ!」
っと、そう荒げて息を吐いて
「道は、遠いのう!」
意気込む殿様
「はい・・・」
「全く、遠いのぅ・・・」
「ふふっ
 どこまでも、お付き合いしますよっ」



 「ピィーーー、ヒュロロロロロロロ・・・」

いつの間にかトビが近くを飛んでいるようだ



 「ピィーーー、ヒュロロロロロ・・・」



青く高い空に、遥か高く、星まで届きそうな伸びやかな声が響く
「良い声だ・・・」
「はい」
「・・・何と、申しておるのだ?」
「そうですねぇ・・・」
目をつむり、鼻を少し高くする父
体に潮の匂いの混じる青空を入れる
「・・・ふふっ」
「ん?」
「今日が良い日だと、申しております」
「そうか・・・」
「はい」
「うーん・・・・・・・・・・」
「殿っ」
「あぁ、何だ?」
「化野原の一新と、その一帯に住む狼、野犬の討伐を、提案いたします」
「・・・できそうだと?」
「殿の、御覚悟次第かと・・・」
「・・・・・」
「今集まった人数は、如何ほどでしょうか?」
「二千と六百だ」
「それではとても少ない」
「これでもか?」
「はい
 最低でも六千は、揃えて頂けねばなりません」
「6000!?倍以上ではないか!?」
「はい
 山に入れば我ら人など石のツブテと変わりませぬ
 多ければ多い方が良い」
「いや、しかし・・・」
「・・・」
少し間を置いて、父は言う
「・・・故に、御覚悟次第だと、申し上げたので御座います」
「・・・・・」
父の顔を見る殿様
「そういうことか」と、言わんばかりの顔で
それを見返す父
そして微笑む
「ふふっ」
「はぁ、意地の悪い・・・」
とため息をついて、またどこか景色を眺めながら
「もう近隣の者は全て招集したと聞く
 それに、おぬしも分かっておろうに・・・」
「それは、まぁ・・・」
「・・・ただでさえ先代将軍様からの改革で武家が所領を没収されたり、改易となって職を失っている時代に、それは・・・・・痛手なのだ・・・」


 「ピィーーー、ヒュロロロロロ・・・」


「あれはどうなのだ?毒饅頭の類は?
 やはり利かぬか?」
「もう、見向きもしません」
「左様か・・・」
「はい
 もうすっかり慣れております
 新しい物や他の方法も様々試しましたが、狼の伝承や情報網も中々のモノです」
「賢いのぅ・・・」
「はい」
その、父の横顔
「・・・なぜそのように嬉しそうに話す?」
「?」
「顔が、ほころんでおるぞ」
「あっ、そうでしたか
 失礼」
「全く・・・」
「いやしかし、私共にとって狼は敵ではありませぬ
 彼らは、友であり、仲間であり・・・
 そして、神様でもあります故・・・」
「そうか・・・・・
 いや、そうであったな
 すまぬ」
「いえぇ・・・」



 「ピィーーー、ヒュロロロロロ・・・」



 「ピィーーーーー、ヒョロロロロロロロロ・・・」



「・・・当社からは御犬様232
 御鷹14
 猟師53を、お貸しいたします」
「うーむ・・・」
「腕利きの、常在戦場の猟犬猛禽猟師達です
 そしておびき出す為の餌の調達や地形の確認・・・
 既に取り組んでおります」
「その上、私は・・・
 師であるそなたを討伐の指導者の一人に任ぜなければならない・・・」
「何を悩むことが御座いましょうか
 狼に詳しい者に指揮をとらせるのは、部下や領民を想う藩主の務め
 最適だと考えたのならば、命じて下さい」
「・・・すまぬな
 このような時の為に狼狩奉行役は空けてあるのだが・・・
 武家でも無いそなたをまた、徳の無い者がやっかみ、妖術使いなどと妙な噂をでも流すのだろうが・・・」
「もう慣れ申した」
あっさりと、答える父
「ははっ
 頼りに、なります・・・」
「ふふっ
 また甘味を、頼みますよっ」
「安いものだ」
「ふふっ」
雲一つ無い青空
どれくらい時間が経ったのかを見て示すモノは何も無く、お互いに、お互いの長い時間が流れる・・・



 「ピィーーーー、ヒョロロロロロロ・・・」

殿様が話す
「そういえば化野原は、そなたの神社の・・・神域の杜と接していると聞いた覚えが・・・」
「それは、確かです」
「・・・恐れ多くも、良いのか?」
「仕方がありませんね
 神域、禁則地とは、容易に踏み込んで壊してはならぬモノを守る為の言霊の結界
 それは人を、私たちの暮らしを守る為に創られた結界
 その私たちの暮らしが、殿の治世が乱れるようなことがあれば致し方ありません」
「左様か・・・」
「はい・・・」
また、青空を見上げる・・・



 変わらぬ青空・・・
また少しの間を開けて、また殿様
「・・・獣編の狼と山犬とは、何が違うのだ?」
「それは・・・
 ややこしいですね」
「そうなのか?」
「はい
 狼はそのまま狼を指す場合が多いでしょう
 しかし山犬は単に山に住む野犬のことを指す場合もございますし、狼のことを指す場合もございます
 國内においても集落によって様々ですが・・・
 城下町とその近辺では、おおよそ狼は山犬と呼ばれていますね」
「ほぉ・・・」
「他國ですが、例えば最近行われた狼狩り
 下総國、佐倉牧の狼・山犬狩りの際には

『里で育った犬が野に離れ、その親犬から野で生まれた犬』

 と、山犬を定めたようでございます」
「成程
 本当に、様々なのだな・・・」
「はい
 ですが実際のところ、皆様が犬と山犬の判別が出来ているのかは怪しいもの
 実は山犬や御犬と共に暮らす私の村の者も、瞬間に判別できる者は少なくございます」
「そうなのか?」
「はい
 いずこからかは分かりませぬが、参拝に訪れた武家の方は狸を見て狼だと申しておりましたよ」
「それは、私にも分かるッ」
「ふふっ
 どうでしょうか?
 明かりの無い、昼間でも真っ暗な山の中
 どこから飛び出し、あるいは頭上から降ってくる物の怪に怯えながら正常な判断をできる者は多くはありませんよ」
「成程
 昔、そなたの村を訪ねたことを、想い出すのぅ・・・」
「はい
 懐かしゅう、ございます」
「あのように道無き道を歩いて、このままどこに連れて征かれるのかと・・・異國にでも売り飛ばされるのではないかと心配したものだ」
「ふふっ」
「はははっ」
「ふふふっ」
「はぁーーー
 大きな神か・・・
 会ってみたいのぉ・・・」
「頭から、丸飲みされますぞ」
「それは言い伝えであろう」
「はははっ!」
「はっはっはっ・・・・・」



 「ピィーーー、ヒョロロロロロ・・・」



 「ピィーーーーーー、ヒョロロロロロ・・・」



 外を眺めるお万の父
その後ろ姿を、景色ごと眺める殿様・・・
「のう・・・」
「はい」
「なぜ、先ほどからずっと・・・・・
 村の方を見て黙っておるのだ?」
「ふふっ
 ご彗眼・・・・・」
そう言って、父はずっと廻縁の手すりに手をかけて外を見てと、ずっと同じ姿勢でいたのを崩す
そしてぐるりと振り返って、手すりに背中を寄り掛かり、村を背にして殿様を見る
そして、続けた
「娘のことを、考えておりました」
「・・・5つになる、お万と申したか?」
「はい
 覚えていて下さり、嬉しく想います・・・」
「村に唯一残った子であったからな
 父親が奔放故、気には掛けておる」
「ははっ・・・」
「して、そのお万が何か?」
「いえいえ
 心配頂くような事では御座いません
 ただ・・・」
「ん?」
「殿と話していると、その好奇心と質問の飛び交いようが、まるでお万と話しているように感じてしまいまして・・・」
「ははっ」
「ふふっ」
「・・・・・心配事か?」
「・・・はい
 少し先のことを・・・」
「・・・」
「・・・・・」
「・・・話せるか?」
「では・・・
 狼狩りが成功した後、その黄金色の狼や赤虎の野犬など人喰い獣の存在を人々が認知するようになります
 さすれば、おのずと市井で噂の"古道の大大神"にも・・・
 私の村にも、その敵意は向けられましょう・・・」
「成程・・・」
「そしてそれは・・・
 実際に"古道の大大神"や付近の狼が人を襲っているか否かに、関わらず・・・」
「・・・」
「市井の人々からしてみれば、いつその身に降りかかるかもわからぬ見えなくて強大な暴力
 それに対して何も手を打たないのは、殿の御威光を、毀損いたします」
「ううん・・・」
「どうしたら、良いものかと・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」



 「ピィーーーーーー、ヒョロロ・・・」



 トビは、どこかへと、行ってしまったようだ・・・




「・・・あまり先のことを考えても始まらん!
 おぬしは狼狩りのその先を観ているようであるが、こちらはあと三千以上も人を集めねばならぬのだ!
 その知恵を貸せ!」
そう殿様は、あえて明るく振舞う
間を開けずに、父
「化野原は國境を接します
 隣の國に、人を求めてみてはいかがでしょうか?」
「おぉ!それは・・・それはいい!」
「はいっ」
と、笑顔で返す父
そして続けた
「そしてそれは、将軍様の生類憐れみの、慈悲と仁愛の意にも沿いましょう
 お隣様は生類憐めとのお達しに積極的では御座いません
 しかし、ここで将軍様のその御心に寄り添う姿勢を示して、公儀に従うふりが出来るのも悪い選択では無いはず
 藩令を領民に出して統治体制を傷つけるようなことをせずとも、人を貸すだけで良いのですから」
「・・・うむぅ」
「後は殿のお力、それ次第でしょうか」
「・・・・・そうだな!」
「ふふっ・・・」
「終わらせよう・・・
 大乱の世に、私達が生んでしまった悪習は!」
「えぇ
 そうですねっ」
理想に燃える若い殿様の横顔
父はその横顔を、我が子を見るように嬉しそうに見つめるのだった・・・



 「ピィィーーーユッ!」

 犬鷲が飛来して、父の腕を掴む
「よしよし参ノ丸!ありがとっ」
「・・・いかがした?」
「うーむと・・・」
干し肉を与え、伝書を受け取ると

 ヴァサッ、バサッ・・・

犬鷲は大空へ戻る
そして答えた
「・・・万事順調に御座います
 狼狩りは、5日後でいかがでしょう?」
「ふうっ・・・・・
 そこが一番良いのであろう?日和も月も、天も?」
「はい
 察して頂けて、助かります」
「相分かった」
「・・・では、私は仕度がございます故、これにて失礼を・・・」
「あ、あぁ・・・」
そう言うと父は静かに一礼をして、部屋を去る・・・
その後ろ姿を殿様も無言で見送る・・・

 しかし
「・・・なぁ!」
思わず殿様の口から出てしまった言葉
しかしもうお万の父は見えなくなっていた・・・
しかし
「大丈夫だよ春千代!
 これは私の役目さ」
父は少し戻って顔だけ見せて、明るくそう、笑ってみせた
そしてほんのわずか
3秒程、お互いの目を見る二人
「・・・・・」
「・・・・・」
そして、殿様は言った
「互いの役目を果たそう」
「えぇ」
と笑顔で、父は姿を消した・・・
 そして殿様はぼそっと、呟いた
「変わらぬ・・・不思議な男だ・・・・・」

 狼狩が、始まろうとしてた

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