古道の大神と犬の姫 三ノ二 -御当主様-
寝て、起きて、久ぶりの食事をとって
また寝て、起きて・・・
ジンもフチも近くにはいるが静かにしているようだ
寝ているのかもしれない
やがて、黄昏時だと窓の外が教えてくれる頃
お万は2つの足音が向かって来るのを察して、耳を澄ます・・・
ッ・・・ッ・・・ッ・・・
静かで
軽くて大らかで、ゆったりとして、這うような衣擦れ
この特徴的な音は間違いない!
(御当主様だ!)
そしてもう一つ
フ・・・・・フ・・・・・フ・・・・・
静かで、わずかな音で、衣擦れが極端に少ない・・・
最も音の無い歩み
きっと御当主様の歩みに合わせていて、いつもの足の運びとは違うのだろう・・・
分かりずらいが、これは神子三役のお仙だ
「よいしょ・・・」
お万は気を引き締めて、上体を起こして待つことにした・・・
2つの足音はゆっくりと近づき、襖の前で止まると
「入るよ」
と、御当主様の声がして、襖が横に移動する
スーー、スーーー・・・
そこには、これまた普段と違って真っ白な着物姿の御当主様が立っている
お万はその顔を見るなり、精一杯に頭を下げて、挨拶をする
「御婆様
あの、御足労をおかけします・・・」
「かしこまって・・・・・分かっているようだねぇ・・・・・」
「はぃぃ・・・」
「だったら今は、御当主様と呼びなさい・・・」
「は、はい!御当主様!」
「・・・」
ゆっくりと、敷居を跨いで部屋に入る
御当主様とは、お万の祖母
お万も歳を知らなが、令和の見た目では少なくとも80歳以上だろう
もうお顔は良い恵比寿様顔で、すっかり両目も細くなって瞼を閉じているよう
髪は装飾品は無いがお万と殆ど一緒
動きも、話す速さも、年相応に緩やかだ
御当主様は静かに・・・お万の布団、その左横に座った
「ふぅ・・・」
「・・・・・」
それなりのお歳だ
ゆっくりと、畳の上に足を崩して座る・・・
「あの!」
御当主様が座って構えると同時に、お万は口を開く
この家では何か悪いことをしたのなら、自分から口を開いて、真ノ心で伝えるのが通例だ
「入ってはいけないと注意を受けている古道に、入りました!
私も何が何だか分かっていませんでした・・・
それでも入りました!
ジンや、村のみんなにも迷惑を掛けました!
ごめんなさい!!」
バッ!
頭を下げた
「・・・・・」
「・・・・・」
しばらくして・・・・・
御当主様はゆっくりとお万の頭頂部を見ながら、話す
「・・・うん、そうだねぇ・・・・・禁則地へ、"古道の杜"へ・・・立ち入ったようだね・・・・・」
「はい!
"古道の杜"に・・・」
「無事で良かったが、しかし・・・・・約束を破ったのは、分かっているね・・・・・」
「はい!」
「しかしぃ・・・・・足の怪我も、治さなければならないねぇ・・・・・」
「はっ、はいぃ・・・」
「・・・・・治るまで、土蔵で暮らしなさい」
「あ、ぇ?」
「・・・・・」
「・・・それだけでしょうか?」
「あぁ・・・・・足の怪我は、どうにもならないからねぇ・・・・・」
「あ・・・はい!
ありがとうございます!」
「・・・・・本を渡すから、それでも読んで・・・・・養生しなさい」
「はい!
分かりました!」
また以前のようにいくつか離れた山奥にジンと連れていかれて放置さて、加えて3日間、村の門を跨ぐことを許されないかと思っていたお万
内心、ほっとしていた・・・
しかし、お万は直ぐに御当主様のまとう空気が変わったのを察して
「はい!」
無意識に、何も言われていないにも関わらず返事をする
「うん・・・・・」
何かに頷く御当主様
重い空気
「うん・・・・・」
お万が鼻が利くように、お万の祖母である御当主様も鼻が利く
まだまだお万以上に優れている感覚も多い
その感覚で、見て・・・・・
聞いて・・・・・
聴いて・・・・・
何かに納得したような、小さな小さな頷きを繰り返す
「うん・・・・・」
その頷きも、わずかに喉の辺りから漏れるように聞こえてくる
お万には聞こえて来るが、多くの村人にはその声は聞こえてこないらしい
それ程に、小さな音を発しながら・・・
「うん・・・・・」
何を探って、いるのだろうか・・・・・
まだ3月も初旬
しかもこの村は標高が高い
お天道様が姿を隠せば急に気温がグッと下がる
この張り詰めた空気は、それによるものだろうか?
それとも、御当主様が放つものだろうか・・・
太陽が沈み、空は赤く染まり・・・
それが、真っ白な部屋を真っ赤に染めた・・・
無
お万は御当主から何も変化を感じられない
頷きは止まり、心音も・・・・・呼吸も・・・・・
何か、何処かが動く音さえもしない・・・・・
恐ろしく静かだ
むしろ、外にいるだろう神子三役のお仙の心音が聞こえそうな・・・
そうしてしばらく
お万の意識が、外のお仙に向いいていると・・・・・
「・・・見たようだね」
「ぁ!わっ!」
突然の御当主の声に動揺するお万
「・・・・・」
御当主はじっと、その細い目で・・・
お万の顔を見ているようだ・・・
しかしそれは、問われるだろうと思っていた問いかけ
その意図を察してお万は答える
「はい!
黒くて、大きな・・・
タダザネ様よりも大きな・・・御犬様を見ました!
はっきりとは見ませんでしたが・・・
それは良い獣、狼なのだと思います!」
素直に伝えた
加えて
「しかと聞くことは、叶いませんでしたが・・・」
「そうかい・・・・・」
「はい・・・」
「そうかい・・・・・」
「・・・・・」
「そうかい・・・・・」
そして、またしても
無
しかし問われると構えていたことを聞かれたので、お万の緊張は少し解けた・・・
パキッ・・・パキッ・・・
さっきまでは聞こえなかった木々の声が聞こえる
パキッ
そして、しばらくして
「・・・・・それは・・・・・本当は、見てはいけない・・・・・カムィ様だよ・・・・・」
「カムィ様・・・」
「それオオカムィ・・・・・大きな神様で、大神ィ・・・」
「大、神、ィ・・・・・
獣編に良いの狼ではなくて、ですか?」
「あぁ、大神ィさ・・・・・この領域の、守護神様・・・・・」
「守護神様・・・・・」
「そうさ・・・」
「大神ィ様・・・・・」
しばらくの間
パキッ・・・・パキッ・・・・・
この間は一体・・・
これは、深刻な問題なのだろうか・・・
御当主様の声も、心も、一切の音が聞こえて来ない・・・
一切の感情の情報が無い、無
その普段に無い感覚に、不安を感じるお万・・・
「・・・・・」
お万は溜まらず、感じた事を伝えてみた
「でも・・・
でもその大神ィ様からは、嫌な薫りは聞こえてきませんでした・・・」
すると
どうしたのだろうか?
ずっと閉じていた御当主様の左目が、ゆっくりと開く
まん丸に
そして、お万の目を見る
「・・・・・」
「・・・・・」
何も言わない御当主様
お万は続けた
「大神ィ様からは・・・
春の、良い香りが、聞こえました・・・・・」
「そうかい・・・・・」
そう呟くように言うと、御当主様は無言で立ち上がる
ゆっくりと
パキッ・・・・パキッパキッ・・・・・
御当主様の両足の裏が畳を踏んで、上半身を支え出した頃
「・・・・・そうかい・・・・・そうかい・・・・・そうかい・・・・・」
僅かに囁く声が漏れ聞こえる
そして唯一の出口へ向かいながら、その横顔が語り出した
「・・・あの白い御犬様は、"天和"と名付ける・・・・・」
「テンナ・・・?」
「あぁ・・・・・あの、お万が"古道の森"から連れて来た・・・・・白い御犬様さ・・・・・」
「あぁ、あの・・・」
さっき夢で見た、あの白い御犬様だ
「夢じゃ、無かったんだ・・・」
「・・・・・上様の時代にあやかって・・・・・天が和するとね・・・・・」
「天が、和する・・・」
「守って、やんなさい・・・」
「あっ・・・はい!」
そう横顔が言うと、敷居を跨いで・・・
部屋から姿をくらます御当主様
来た時と違って、弱々しい足取りで・・・
「有難う、御座いました!」
その背中に、お万は伝えた
そして、流れるように白い着物姿のお仙が襖の左側から現れて、またゆっくりと着物を整えて、左を向いて座る
穏やかな雰囲気をまとって、透き通るような色白で、美しく、黒く長い髪のお仙
微かに甘い蝋梅の薫りをまとう神子で、お万の従姉妹
お仙が動く度に、甘いく、心地良い薫りが漂ってくる・・・
そのお仙
少し腰を浮かせて手を伸ばし、右手を襖にかけてから・・・伏せていた目を少し開いてお万を見ると
「お万さま
御機嫌ようっ」
そう、いつものように丁寧に
しかしいつもよりも少し明るく、そして可愛らしく言って、微笑んでから
スーッ、スーーッ・・・フッ
と、襖を閉めてから、音も無く立ち去った・・・
