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古道の大神と犬の姫 六ノ十一 -銀狼狩へ-

 ザッ、ザッ、ガサッ、ガザッ、ガサッ・・・

深い山の中
お万とお仙と、そしてジンを先頭にして、無き道を人の群れが銀狼狩に向かう

 ザッ、ガザッ、ザッ、ザッ、ガザッ・・・

次いでお七に新兵衛に、犬目付阿部に大岡
そして10名の武家の男達
腰には大小
手には槍や弓矢など様々
火縄銃を担ぐ者も少々
背中には食料や水などを担ぐ

 ガサッ、ガザガザッガザッ、ザッ・・・

道を探して、草木を掻き分けて
やがて体よりも遥かに大きな岩が積み上げられた岩の谷を、谷底へと下りてゆく
そこは通称、"墓石の岩場"
足幅程の足場を岩壁に体を預けて、蟹のようにして横に這って
下を見下ろして、次の足場を探して猿のように縦に這って
慎重に、腰を下ろして次の足場へと足を下ろして
時には1メートル程下の岩へと飛び降りてと、岩場を下る一行
「さっきまでは只の獣道かと思いきや、随分とらしくなって来たのぅ・・・」
「ああ
 噂通り物の怪の住処じゃ・・・っと!
 楽はさせてはくれぬな」
「しかしッ!」
 ダッ!
「っと!
 此処でその御神域の"古道の森"の外ならば、中はどうなっているのやらなぁ」
「全くだ・・・」
「それに先頭のあの二人
 もう影も見えんぞ」
「もう既に、霧の中だな」
「本当に
 まるで猿のようピョンピョンと下って行ったわい」
「見た目では分からんのぅ、っと!ふぅ・・・」
「ああ
 あのお七といい、女が元気な村じゃわい」
流石は先の狼狩りで武功を認められた猛者達か
落ちたら即死だろう岩場を大して怖がる様子も無く、会話をしながら下ってゆく

 眼下に広がる雲海
そこから突き出すように生えるのは、杉の木の天辺だろう
その杉が巨大なのか?
あるいは雲海がぶ厚いのか?
下をずっと眺めていると吸い込まれてしまいそうな・・・
そんな不思議な感覚と戦いながら、お万達を追うように下りてゆく
「しかし、不気味だな・・・」
「あぁ
 何が出てもッとォア!」
「おい!気を付けろよ」
「あぁ、すまんすまん
 ここだけ水溜りになっておったわい・・・」
「滑るからのぅ
 油断ならんわい」
「しかし、何が出ても、か・・・
 この陰湿な雰囲気
 狼は岩場も難なく駆け上がるのだ
 その"古道の大大神"とやらが出ても、最早驚かんな」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」

「・・・まぁ、お仙殿とお万殿が先行しておるのだ
 心配はあるまい」
「そう、願いたいな」
「あぁ」
下を見下ろしても、見えるのはうごめく雲海だけ・・・
しかし雲海との距離は少しずつだが、確実に近づいている
「なぁ、見ろよ・・・
 あの穴・・・」
「何なんだ、あれは?」
「ダイダラボッチが蹴破った穴だとか・・・」
「ハハッ・・・」
「いるかもしれねぇなぁ
 この雰囲気はよぉ・・・」
「あぁ・・・
 そんな話もあるのかもなぁと、思ってしまうわい・・・」



 そんな中
「やっぱテメェのせいだろが」
「だからオメェ・・・
 それも若を想ってだって言ってんだろうがッ」
声を抑えて、しかし激しく言い合うお七と新兵衛
道中、ずっとである
「いや!
 テメェが傍にいて清次郎の面倒見てやるべきだったんだよっ」
「オメェは分かっちゃねぇんだよ・・・・・
 ほら、あれでぃ」
「・・・あぁ?」
「文殊菩薩も我が子の虎を崖に突き落としてとか・・・
 そういう武家の厳しい鍛錬方法でな?」
「へぇ・・・
 阿部の旦那?
 そういうのが御武家にはあるんですかい?」
「獅子の子落としであろな・・・
 どこから文殊菩薩様の子が虎に変わったのやら・・・あぁッ!」
「へへっ
 落ちたらお陀仏だぜ?気ぃ付けて下さいなっ」
「あっ・・・あぁ・・・」



「まだ揉めておるのか
 あの二人は笑」
「あぁ
 あ奴等、こんな岩場を降りながら口喧嘩とはな笑」
「ハハッ
 やはり山育ちは体の造りが違うのかもしれぬのぅ」
「全く、っとぉ・・・
 こんな状況で、太い男達だ・・・」

 「おい!誰が男達だぁ?」

「アハハッ
 聞こえておったか笑」
「全く、怖い怖い笑」
「村の者達は本当に皆、耳が良いのぅ笑」
10メートルは下になろうか
先を進むお七の会話を楽しむ男達
まるで昨夜の飲みの席の延長
その会話が、険しく、先の見えない山道を明るくしてくれる

「だってよぉ
 他の・・・あのセンエモンつー傾奇者達の居場所も分かんねぇんだろ?」
「まぁなー
 大体の噂にぁー聞いてるが、そこには一度も行ったこたぁねぇからなぁ」
「まぁなじゃねぇだろう・・・
 あんな体中にアザまで作ってんのに、よく任せっきりにできんなぁ?」
「いや、あれぐれぇ鍛錬の内だぜ?
 若ももう元服
 あんなモンで音を上げられちゃー、親方様に草葉の陰から怒鳴りつけられちまう」
「それがテメェ等の、虎の子落としってやり方か?
 オレには、只テメェが酒飲みたくて好き勝手やってるようにしか見えねぇがなぁ?」
「酒は、その通りだ!!」
「テメェ、威張んなよっ!」
 シャッ!
「痛って!引っ掻くなよこの酒乱男女乳出し妖怪がぁ!
 落ちて死んだら化けて出てやるかんな!!」
「ああ?オレは巫女だせ?
 どんなんに化けて出ても直ぐに祓ってやるよ」
「五月蠅ぇ、このっ!」
 ゴロッ・・・
「おっ!
 テメェわざと岩転がしやがったなぁ!?餓鬼かっ!?
 頭に穴開いたらどうすんだよっ!?
 つーか下にはお万様がいるんだぞ!!」
「ハッ!
 オメェが死ぬのかどうか試してみたんだよぃ」
「このっ!」

 ワーワー!ギャーギャー!

「フフッ・・・」
寡黙な大岡も思わず口元が緩む
それを見た阿部
「分かりますぞ大岡様
 まるで我が子の教育方針に揉める夫婦のようじゃ」

 「誰が夫婦だぁ!?」「誰が夫婦でぃ!?」

「フッフッフッ
 息も合っておるのぅ」
「ハッハッハッハッハッ!全く!」
大笑いの大岡と阿部

「ヘッ
 まぁ、オレの方が酒も喧嘩も強ぇからねぇ
 お七様の尻に敷いて欲しいなら懇願しやがれっ!」
「誰がテメェなんざとッ!
 大体あの犬鳥あっての技だろうが!」
「そうさー!
 御犬様、御神鳥様あってのあの村なんだよぉ!」
「ハッ!
 犬鳥いなけりゃただの雑魚が!
 オメェだけにだったらぜってーに負けやしねぇ!」
「おぉお!?
 戻って再戦だっ!」

 ワーワー!ギャーギャー!

けたたましい獣の叫び声が、谷に響く・・・



「フッフッフッ
 阿部殿の言うように、存外、良い夫婦になりそうだのぅ」
「え?大岡様・・・?」
「む?」
「大岡様も、そのような冗談をお楽しみになるのですね・・・」
「フッ・・・」
そこに、武士の1人が聞く
「いやしかし、お七殿と同じように、私も納得できなせぬ・・・
 どうしてあの清次郎という若者
 そのような傾奇者達と、不埒者達と寝食を共にしておるのでしょう・・・?」
「それは・・・」
「・・・」「・・・」「・・・」
「律儀な、男なんだよ・・・」
そう言った新兵衛の一言に
「・・・・・フッ、そうか」
「仕方がないのぅ・・・」
大岡と阿部は、深く頷くように言葉を返した
しかしお七
「おいおい・・・
 それで、納得すんのかよ・・・」
「・・・」
「できんのかよ・・・」

少しの間を置いてから・・・阿部
「まぁ何だ・・・
 そういうモノだ・・・・・」
「・・・それが、御武家様の理屈ですか?」
「そうだな・・・」
「いや、でも・・・」 
「・・・・・」
阿部は、それ以上は語らなかった
「んんん・・・でもよぉ・・・・・」
「まだ十と四とはいえ男が決めたことでぃ!余計な手出し口出しは無用!
 ってなッ!」
「んんんんんんん・・・・・」
 ここの所、お七と新兵衛が顔を合わせば必ず清次郎の話
毎夜開かれる飲みの席で清次郎の境遇を新兵衛から聞き出したお七
すっかり清次郎に肩入れするようになった
それは、お七が清次郎を初めて見た時からずっと感じていた違和感の正体を知ったから
そして
(だから、ユウギ様は・・・心配していらしたのに・・・・)



 活発だった会話が止まってしばらく・・・
お七の様子を見た大岡
「納得は、いかんのだろうなぁ・・・」
飲みの席からずっと大岡はこの話題に深入りして来なかった
しかし、口を開いた
「改易を受け御家断絶
 そして両親が切腹し、兄は殉死・・・」
「はぃ・・・」
「あの者なりに、残され職を失った郎党に対して、義理を果たそうとしているのだろう」
「それは・・・」
「・・・」
「あんな奴等でも・・・かよ・・・・・」
お七は、春先の橋の上
必死に傾奇者達を止めようとしていた清次郎と、全く聞く耳を持たずに邪険に扱う傾奇者達を思い出していた・・・
「あんな奴が、仲間かよ・・・・・」
「お七殿・・・・・」
心配する阿部
大岡は、続けた
「そして、恨んでも不思議ではない将軍様を尊び、普通ならば斬り殺したいだろう犬を御犬様と呼ぶ・・・」
「・・・」
「己の境遇を恨む事も無く、立派ではないか」
「そうさッ!立派だと思わねぇのかい?」
「立派かぁ・・・・・」
お七は想い出していた

 「心は、武家でありたい
 しかし、名や面目だけでは・・・世は渡れぬと、学んだ・・・・・」

そう言った、あの清次郎の言葉を・・・・
「武家としちゃー、立派なのかもなぁ・・・・・」
「だろい!?」
「でも・・・」
「ん・・・?」

 「おめぇが言うな!!!」
 「ノアッ!」

何と!
お七は新兵衛の足を掴んで谷底へと引っ張り落とした!
段々小さくなる新兵衛と共に、声が

 「オオオオ!オメェ!枕元に出てやっからなぁー!
 この顔ーーー覚えとけよおおぉぉぉぉぉーーーー!」

「あいよーっ」
「おっ、お七殿ぉ!??」
「フフフッ」
慌てふためく阿部と、対照的に余裕のお七と大岡
するとすぐに

 バキバキバキッ!ベギッ!ズドンッ!!
 「いッタアァアーー!!」

激しい木の枝が折れる音と、新兵衛が痛がる声が聞こえてくる
そしてお七
「ヘヘッ
 テメェは本当に頑丈だなぁ!よっと!」
そう言って
ピョン、ピョン、ピョーン!
っと、軽々と崖を下って霧の中へ
「何だ・・・もう下は見えておったか・・・」
安堵する阿部
雲海の中で足元だけに注意を払っていたが、注意深く見れば、薄く地面が見えていた
そして谷の底には、お仙とお万が見えた



「おぉおぉ!
 あんまベロベロベロベロすんなぃ!」
谷底に落ちた新兵衛を熱烈に歓迎するジン
「ヘッヘッヘッヘッ!」
尻尾をクルクル回して、いつものように嬉しそうな顔をして顔中を舐めまくる
「止めだ止めっ!」
っと、その小さな体を抱き上げれば
「おぉ、オメェ・・・」
「ヘッヘッヘッ!」
「猪又の旦那んとこの、御犬と似てやがんなぁ・・・」

「ヘッヘッヘッ!」
「というより、瓜二つじゃねぇか・・・」
と、そのジンの向こうから
「よぉ!楽しめたか?」
お七が手を差し伸べれば
「お、オッメェ!」
ジンをお七に投げつける新兵衛
「キャン!」
「おおっとぉ!投げんなよ!」
「ギャンギャン!」
「オメェこそ!人を落とすんじゃねぇよ!」
「テメェの言ってた、虎の子落としだよ笑」
「はああ!?」
「まぁでもよ、テメェはこれぐれぇじゃー、死なねぇだろぅ?笑」
「はぁ・・・
 たくッ!酒乱男女狼藉乳出し妖怪がッ!」
「悪くねぇ賞賛だ笑」
「何で賞賛になっちまうんだよ・・・
 信じらんねぇぜ」
「へっへっへーっ」
「これが猟師大元の姫さんかよ・・・
 んよっとっ!」
と、新兵衛は立ち上がり、辺りを見渡すが・・・
「んんん・・・
 何も見えねぇな・・・・・」
 見渡す限りが胴回り2メートル以上はありそうな太い杉の木の幹
樹冠はもちろん、緑の葉も見えず
そして霧がすぐ頭上をうごめいている
そこにはまだ、夏の、肌にベットリとまとわりつくような湿気が残っている
ジメジメとしていて、陰湿な・・・

 足元は、ほとんどが黒い溶岩石でゴツゴツとしている
草履から足をはみ出して歩けばたちまちに、傷だらけ血だらけになるだろう
全くお天道様の光が届かない、雨雲に覆われたように薄暗い、白黒の世界
そこに微かに、怪しく漂う靄(モヤ)
色の無い、水墨画の世界に迷い込んだようだ・・・
「そういゃぁ、白猫殿は?」
「ワリィがよ・・・
 ちょいとここからは、静かにしてくれ・・・」
「・・・?」
そう言って御神域の杜を見つめるお七の横顔
「・・・」
今まで見た事のない真剣な・・・そして遥か遠くの何かを警戒するような、鋭い眼差しに変わる
まとう空気も変わった
その変化に新兵衛の勘が働いて
「お、おぉ・・・」
子声で返事した



 "古道の杜"の奥深くを、深く深く見つめているお七
その横顔を、新兵衛がしばらく見ていると・・・
「猪又様はなぁ・・・
 御犬様が、猟犬が怖がって、ここには近寄らねぇんだよ・・・」
「へ?
 あぁ・・・でも、そいつは?」
「ヘッヘッヘッヘッ・・・」
「ジン様は特別さ
 乱暴に扱うなよ?」
「あん?
 ああ」
「ああじゃねぇよ!聞いてただろ?
 ジン様がこの"古道の杜"の内と外を行き来できる唯一の御犬様だ
 ここで彷徨って果てて、骨にでもなりてぇのか?」
「あぁ・・・・・
 んなこと、言ってたっけか・・・」
「呆れた
 お前・・・生まれも育ちもずっと江戸か?」
「あ?
 ああ」
「だったら、オレ等の言うことをしっかりと聞いてねぇと、死ぬぜ?」
「んでだよ?」
「山の怖さを知らねぇだろうからなぁ
 だからジン様を、無下に扱えるんだよ」
「ジン様って
 コイツがねぇ・・・」
「ヘッヘッヘッヘッ!」
「しかし・・・御犬は怖がるこの森
 オレは何にも感じねぇけどなぁ」
「それは・・・」
そう溜めて、お七はお万とお仙を向いてから
「オレ等が忘れてる感覚を、御犬様が持ってるんだとよ・・・」
「へぇ・・・」
「猪又様曰く、簡単に言えば野生の勘?って、ヤツらしいぜ」
「野生の勘?」
「あぁ
 オレらがまだ獣に近かった頃のモンだと
 良く世話んなったお人も、言っていたんだ・・・」
「へぇ・・・」
「人が本来持っていた獣としての感覚ってーモンが、あるんだとよ」
「成程
 そう言われてみると、分かる気がするねぇ」
「そして・・・
 あの二人もそれを、持ってんのさ・・・」
「あの、二人・・・?」
お七の背中
その横顔の、視線の先を追う新兵衛
「ぁぁ、あの・・・
 お仙ってーのと、ちっこい姫様がか?」
「あぁ・・・・・」

 "古道の森"へと向いて、何やら手を合わせているような2人が、霞の先に見える・・・
お七は、その2人を見つめている・・・
「ハッハッ!」
「おおっつ!
 ジン様、ごめんなさいって!心配させて・・・」
 ペロペロペロッ!
「あははっ!」
「ヘッ・・・」
「ははっ
 ・・・だからな、猪又様は谷の上だ
 オレ等の周りを警戒して、この付近を縄張りにしてる御犬様が近づかないようにしてくれてんのさ」
「あぁ、成程」
「それから、オレ等の生存確認と、もしもの時の処理さっ」
「処理?」
「あぁ」
「はっ?」
そこに

 「おお、そこか・・・」

阿部達後続が霧の中から姿を現す
お七は一言
「・・・いらっしゃいませ」
「ふふっ
 何だいらっしゃいませとは?
 ここはどんな商いをしれおるのだ?」
 ザッ・・・ザッ・・・
ようやく広くて、安定した大地に足を下ろした阿部
そして大岡も靄の中から姿を現した
「おぉ皆・・・
 そこにおったか・・・」
それを待って、お七は答えた
「ようこそ、当社の御神域
 "古道の杜"へ・・・」

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