古道の大神と犬の姫 五ノ十一 -御犬の気持ち-

 さてさて
またしても気絶してしまいました清次郎さん
打ち付けた後頭部からは血が流れ、お万様はまたしても大慌て
泣いて叫んで巫女を呼んで、家の一室へ担いで運んで手当をして・・・
 頭に包帯を巻かれた清次郎さん
今は布団で寝ております

「その毛皮は小さいからなぁ・・・
 簡単に抜けないように、帯に深く差したんでしょうね・・・」
まだ気を失ったままの清次郎を見ながら、襖に背中を預けて腕組みしたお七は言った
「うん
 小さい・・・」
お万は正座して、膝の上に置いた清次郎が腰に差したウリボウの毛皮を見る
赤くて白い斑点のある、可愛い毛皮を・・・
 その横で、遊び疲れて桃色のお腹を丸出しにして寝ているジン
そして眼がしょげて、耳も垂れてグッタリとして、肩も落ちてと・・・誰が見ても反省していると分かるユウギの姿
「クゥゥ・・・」
「ユウギぃ・・・」
お万は優しく頭を撫でる
前かがみになってうなだれて、今にも泣き出しそうな顔
「ゴメンナサイィィ・・・」
体全体で
そして匂いまでもが強く謝っている
何か怪しげな気でも放っているかのように、どんよりと暗いユウギ・・・
「ユウギ様は御駆追になると人が変わるんですよ・・・」
お七の言葉に、お万は駆け出した時のユウギを想い出す
あの低い唸り声を
「うん、怖かった・・・」
「そうなんですよ・・・
 私もお近づきにと軽い気持ちで相手したことがありましたが、開始早々にやられてしまいました
 頭の上を飛んで跳ねて、恐ろしかったですよ」
「うん、あれは・・・
 あれはすごかった!」
あのような跳躍
中々見れるものでは無い
「軽やかに鋭く飛んで、狼みたいだった!」
興奮気味に話すお万
「ははっ
 やっぱり狼みたいに飛びましたか」
「うん!
 ヒュン!って!」
「驚きますよねぇ」
「うんうん!」
「ふふっ
 ユウギ様は本当に、狼なのかもしれませんね
 私もあれで随分と鍛えられましたから」
「うん!
 やっぱりユウギは大きくて強くて、頼りになるよっ」
そう言ってユウギの首に抱き着く
「ゥゥ・・・」
と小さく反応は返すも・・・凹んだままのユウギ
いくら元気付けようとしてもこの通り
体毛までもしんなりとして湿っている
「ユウギぃ・・・
 すごいいっぱい反省してるねぇ」
「ゥゥ・・・」
「はははっ
 獲物を前にすると、猟犬の血が騒いでしまうのでしょうねぇ
 優秀な、根っからの純粋な狩人の証
 個性的ですね」
「うんっ
 ユウギのすごい良いところだよ!ねぇー?」
いい子いい子
頭を撫でて励ます
それでもまだまだ、凹んだまま・・・
 御駆追ではいつも子犬の相手ばかりで、大人の御犬様と立ち会ったことの無かったお万
「私も、ユウギがあんなに凄いなんて知らなかったし・・・
 私にも責任があるから、ね?」
「ゥゥゥ・・・」
その言葉を聞いたお七
(確かに・・・)
納得
「元気出して?
 心音もしっかりして来たし、きっともうすぐ清次郎様も起きるから・・・・・ねっ?」
「ゥゥン!」
まるで深いため息のように鼻から息を強く漏らすユウギ
「ユウギぃ・・・可愛いねっ」
「・・・ゥッフッ!」
「ははっ・・・」(こりゃぁこいつが起きるまでは収まらないな・・・)
とお七
そして想い出したように
「そういえば、ユウギ様が子供の頃に御駆追の相手をしたのは御方様だと聞きますねぇ」
「母上が!?」
「はい
 お仙様よりも早く走れたと聞きますから・・・
 もしかしたら、ユウギ様のその猟犬としての実力を鍛えたのは御方様なのかもしれません」
「へぇー・・・
 そっか・・・」
ユウギの横顔を見つめるお万
「そっかぁ・・・」
何を想ったのか・・・
お七は続けた
「歳が近いので、ジン様も一緒だったようですが・・・」
「それは・・・ジンはいいのっ!」
「ははっ
 そうですね!笑」
「ふふっ笑」
ジンは変わらず、仰向けになったま涎を垂らして・・・気持ちよさそうに寝ている



 チリンチリン、リーン・・・

風鈴がそよ風に揺れて、心地良く場を和ませる
そしてお万は座ったまま、下を向いたユウギの顔の正面に顔を持って行ってから
「ユウギっ?
 母上との御駆追、楽しかった?」
「・・・」
ユウギは細めた目を少し開けて、眼だけお万を向いて
「ォゥォゥォゥゥ・・・」
口を細めてそう話した
「あははっ
 ユウギぃ!大好きだよっ!」
我慢できずにまた抱き着くお万
「オゥゥ・・・」
まだまだ凹んだまま
「おちしぃー
 ユウギ・・・元気出ないってぇ・・・」
「はははっ
 まぁ、この清次郎が起きるまではそっとしておいた方が良いかもしれませんよ?」
「うーん・・・でもぉ・・・」
「でもお万様もっ、こんなやり方でコイツに嫌がらせなんて、中々したたかで御座いますねぇ笑」
「あーーー!
 ちがうーーーっ!」
「あっはっはっ!
 でもこれぐらいが丁度良いと思いますよ?」
「おしーちぃー!?」
「あははっ」

 「ぁぁ・・・」

「おっ?」
と目と口を丸くするお七
お万の目を見て、目で合図を送ると
「あたたたたぁ・・・・・ん?包帯?」
後頭部を抑えながら起き上がって、清次郎が目を覚ました
「あぁ、お万殿に・・・・・それから・・・・」
お万にユウギに、その奥に腕組みしているお七が見える・・・
清次郎はまずお七に、気まずそうに軽く頭を下げ
「おはよう、ございます・・・」
一瞬だけ、お七と目が合う・・・
「・・・」
しかしお七は何も言わずにその場から去った
「ぁは・・・」
気まずそうな清次郎
「もぉー・・・おちしぃ・・・」

 痛む後頭部
そして包帯と、目の前のユウギの表情
眼はしょげて、耳も垂れ切ってグッタリとして、肩も落ちて、誰が見ても反省していると分かるユウギの姿・・・
「あぁ・・・」
何があったか思い出した清次郎
「ユウギ殿・・・
 こんなにも分かり易く・・・」
「あぁ
 はい・・・」
少しの間

 チリーン・・・チリン、チリーン・・・

「ふふっ・・・」
「?」
「はははっ・・・はっははははっ」
笑い出す清次郎
「はっはっはっはっはっ!」
大笑い
ユウギは細めた目を少し開けて、眼だけチラッとお万を見て
「ドウシタンダ・・・?」
と困惑の表情
「ワタシモワカリマセン・・・」
目で返すお万・・・



「はっはっはっはっはっ
 ふぅー・・・はぁ、頭が痛いよ笑
 犬とは、いやぁ、御犬様とは、何とも可愛いものなのだなぁ」
「はぁ、はいぃ・・・」
「これであれば、言葉など要らぬなっ」
「はっ、はいっ」
「あの勇ましいユウギ殿が、このようにしょぼくれてしまうものなのだなぁ」
「はいぃ
 ユウギ様の反省が伝わっているようで、良かったです・・・」
ユウギもお万も凹んでいる様子・・・
その姿に、しばし我を忘れて笑っていた清次郎は身を正して
「いやすまんすまん
 ついつい、あまりにも可愛らしくて笑ってしまったのだ」
「あぁ、いえ・・・」
「感動さえ覚えた!
 ユウギ殿が反省しておるのが一目で分かる」
「はい・・・
 何があったか、覚えておいでですか?」
「うむ!
 追物をしていて、ユウギ殿にしてやられたのだ!」
「ぅぅ・・・」
「またお万殿ぉ、気にせんでくれ・・・
 私の未熟さが招いた敗北であるのだから」
「しかしぃ・・・」
「完膚なきになっ!」
「ぅぅ・・・」
「気を失ったのは誠に恥ずべきではあるが、それ以上に私はユウギ殿の力に感動しておる!」
そう言って真っ直ぐにお万の目を見る
続けて
「そして、今もなっ」
「そぅ、ですかぁ・・・?」
「うむっ!」
またしても怒らずに、それどころか全く気にしている様子の無い清次郎
「・・・」「・・・」
お万とユウギは、お互いの顔を見合わせた・・・

「・・・して、どのような罰を与えたのだ?」
「えっ?ばつ・・・?」
「あぁ、罰だ
 その・・・なんだ?鞭打ちのような・・・」
「えぇっ!?」
「んん??」
そんな発想は無かったお万
大いに驚いた
「えっ、その・・・
 このような場合には、清次郎様の御家では、鞭打ちをするのですか!!?」
「あっ、あぁ・・・・・
 そうだな」
「えぇぇぇ・・・」
「奉公人にはそのようにしておった
 しかし、犬であれば・・・
 あの場で斬り捨てられても、不思議ではない」
「えっ!?」
と、正座していたお万だったが腰を上げて思わず膝で立ってしまう
「そんなぁっ!?!」
「ん?
 いや、人を傷付けたのだ
 御犬様が神様とはいえ、何か罰を与えたからユウギ殿はこのように反省の姿勢を示しておるのではないのか?」
不思議そうな顔でお万を見る清次郎
驚いた顔で、清次郎を見返すお万
「・・・・・」
「ん?」
「・・・・・」
「どうした、お万殿?」
また下唇を噛んで口をV字に尖らせるお万
「ぁぁあ・・・」
「ん?
 犬の無礼は郎党の無礼と同義かそれ以下
 許しておいては、示しがつかんであろう?」
「ぇぇぇ・・・・・」
「ここでは、違うのか?」
「あのぅ・・・」
「ん?」
「その・・・」
お万はユウギを見る
とても心配そうな顔で
ユウギもお万の只ならぬ様子に、より一層体を小さくしている・・・
「・・・・・」「・・・・・」
「・・・どうした?」
そしてしばらく後で、清次郎を見て
「その、清次郎様は・・・・・」
「ん?」
叫んだ

 「ユウギを!
 ユウギを斬れと仰るのですか?!?!?」

「はぁ?」
「ぅ・・・ぅぅ・・・・・」
今にも泣き出しそうなお万の顔
「いや!
 違うぞお万殿!」
「えぇぇぇぇ???」
泣き出しそうで、顔面が崩壊しそうなお万の表情に慌てる清次郎 
「確かに!
 確かに私の家では、その、そのような事もあったが、ここにはここの沙汰と罰があろう?
 私はどのような罰を与えればあの強く勇ましいユウギ殿がこのように、まるで子犬のようになってしまうのかと聞きたかっただけなのだ!」
「えぇえぇ・・・?」
「んんん?」
「ぇえぇ?えぇ?」
引きつった顔のまま、あまりの衝撃に混乱するお万
「違うぞ!お万殿っ!」
「ぇぇぇ・・・?」
「お万殿ぉぉ!?」
そこに、廊下から

 「おぉテメェ・・・
 ウチの姫様に何してくれてんだァァアン!?」

「ぉっ・・・」
襖から、お七が顔を覗かせる
(何と間の悪い・・・)
最悪だ
今にも泣き出しそうなお万
「ぅぅっ・・・うぅっ・・・」
そしてどこまでも自分に否定的なあの恐ろしい女
どうあっても分が悪い・・・
「あぁっ・・・
 その・・・・・」
清次郎に言葉を失わせる程に睨むお七の顔
修羅の如く
無言で睨みつけたまま、お万の横へ
そして、座る
「おしちぃ・・・」
お万もそのお七を見るが、物凄い剣幕で睨んでいる
「おしちぃぃぃ・・・・・
 こあいよぉ・・・」
その迫力に、余計に泣き出しそうな顔になるお万
凍り付く空気
「ぅぅっ・・・ぅ・・・・・」
「はぁ・・・」
と、お七のため息
そして
「どうぞ」
どこからか、お茶を差し出した
「ぁぁ・・・かたじけない・・・」
良く見れば、手にはお盆を持っているではないか
(その為に来てくれたのか・・・?)
と思ったが、お七は険しい表情のままで目を伏せている
「す、すまぬ・・・」
何となく謝ってから、とりあえず・・・
茶碗を手にする清次郎
「・・・・・」
お七が気になるが、一口
 ゴクッ
その音を待っていたとばかりに、お七は床に拳を付き立てて
バッ!っと素早く

 「ユウギが、失礼をいたしました!」

と頭を下げる
「おぉ・・・?」
驚く清次郎
すぐ真横で、お七を見ていたお万

 「ごめんなさい!」

毛皮を抱えたまま頭を下げた
そしてそして
それに習うように、ユウギも滑り台で頭を滑らせるような角度で頭を下げる
「アゥゥゥ・・・」

「あっ、あぁ・・・
 そんなにも・・・何度も何度も、頭を下げられても困る・・・」
頭が3つも並んで下がって、恐縮してしまう
しかもユウギまで
清次郎は慌てて布団から出て、正座
そして
「どうか、頭を上げて・・・」
と・・・
少しの間


 チリンチリーン・・・チリーン・・・


「まっ、そうだなっ!」
お七は頭を上げた
そして
「ほらぁ
 お万様も、ユウギ様も・・・」
「でもぉ・・・」
「ウウゥ・・・」
頭を下げたまま横目で、下から見上げる二人
「・・・そんな目で見ても、私はまだこの男のことを許しても信じてはいませんからね!」
「おしち・・・」
「ゥゥ・・・」

「あははっ
 それで、構わぬよ・・・」
少し笑って、清次郎
そして
「お万殿もユウギ殿も、もう良いから・・・」
「・・・」「・・・」
お万もユウギも、一緒に頭を上げる
でもまだ二人共目は伏せてしょげたままだ
それを見てから、お七
「でぇ?
 ウチの犬は御犬様だって、神様だって言ったろ?」
「あ、あぁ
 それは心得ておる!」
「だから、罰なんかねぇって」
「そ、そうなのか!?」
「あん」
目が点になる清次郎
「・・・罰も与えずに、このような・・・
 では犬が・・・
 ぁいや、御犬様が自から反省しておるとでも言うのか!?」
「そうさ」
「そ、そうか・・・」
ユウギに目を向けている清次郎
「信じられん・・・」
そう言って、ユウギを見つめる清次郎
しかしユウギは眼を合わせず・・・
「悲しそうな顔ばかりではなく、耳も下がって・・・尻尾も揺れずに・・・」
そういえば

 「その村の奴らってーのはよぉ、そのオオカミってーバケモンと心と通わせるんだとよ!」
 「ひぇーー・・・
 その村の者も化け物の仲間かい
 恐ろしい・・・」

町で噂されていたのを思い出した
「化け物、かぁ・・・」
「あぁん?」
また睨むお七
「いや違うぞ!お七殿!!」
「・・・」
「少し思うところがあっただけだ・・・」
「・・・」
「はっ、ははっ・・・」
逃げるように視線を反らして、ユウギへ
「しかし・・・
 いつまでもこの様子では、こちらも申し訳なくなってしまう・・・・・」
犬の扱いなど分からない清次郎
「どうしたら良いものか・・・」
清次郎は想い出していた
泣きじゃくる赤子に戸惑い、どのようにしたら良いのか分からないような・・・
そんな感覚
するとお万
「声を、掛けてあげて下さい」
「声?
 確かに・・・
 ユウギ殿になら何か伝わるのかもしれぬが・・・」
「はいっ」
「しかし、何と言えば良いのだ?」
「?」
「その、何か・・・
 お万殿であれば御犬様の心に通じるような、妖術にも思えるような、特別な言葉や方法を知っているのではないのか?」
「ぁぁー・・・」
少し口を開けて、不思議そうな顔のお万
「・・・知らぬのか?」
「そんな言葉はありませんよ、きっと」
「そう、なのか?」
「はい
 人の言葉がその言葉の意味のままに伝わっているのかは、私にも分かりません
 でも、気持ちはちゃんと、伝わると思います」
「うーん・・・」
「清次郎様の今の気持ちを、伝えてあげて下さい」
「・・・しかし、何と・・・」
「・・・」
しばらく悩む清次郎
お万もようやく、清次郎の気持ちが、薫りの変化が分かってきた
そこで
「その・・・
 私にはユウギ様の気持ちが分かると思います」
「おぉ!やはりか!」
「たぶん、ですけど・・・」
「おお!教えてくれ!」
「ユウギ様は清次郎様に怪我をさせてしまって、申し訳なく思っているのです」
「それは・・・そうであろう
 しかし先ほど謝ったではないか?そして私もそれを受け入れて許した・・・
 それ以上に、何をしてやれば良いのだ?」
「その・・・」
「その?」
「ユウギ様は、不安なんだと思います・・・」
「不安?御犬様が・・・?」
と言って、ユウギの眼を見る
「・・・」
しかし、目を合わせてはくれない・・・
「不安・・・」
「はい
 私にはまだ申し訳ない気持ちが勝っているように観えます
 ですから、清次郎様が直接触れて、ユウギ様にだけ語り掛けてあげて下さい」
「直接・・・か・・・」
「はい
「・・・」
またユウギに目をやる清次郎
小さく縮こまった体で、清次郎の視線に気が付いて清次郎を見る
上目遣いで
「・・・」
そしてすぐに眼を反らす
「不思議と、言われてみたら・・・
 そのような気がして来た・・・」
そう言うと布団から出てにじって、ユウギの前に歩む
「ユウギ殿・・・」
 ショボーン・・・
そんな音が聞こえてきそう
「ははっ、ユウギ殿・・・
 先程の御駆追での取り組み、見事であったぞ」
「オカケオイ・・・?」
さっきはその言葉に嬉しそうに反応したユウギも、今は御駆追と聞いても全く嬉しそうにしない
しかし顔は上げた
清次郎は続ける
「私も度肝を抜かれたが、そなたの技に感動を覚えた
 いや、素晴らしい動きであった!」
と、取り組みを思い出して、清次郎の声は高さが上がり、口角も上がりにこやかな表情に
それは、男子の純粋な、強さへの渇望からくる表情
「・・・」
すると、床に付いたままの尻尾が、右に半円を描いた
「おお!?これは・・・」

 「どの御犬様も尻尾に感情が現れますから、見てあげて下さい」

お万の言葉を思い出した
そして続けて言っていた

 「可愛いですよ~」


「ふふっ・・・」(今なら、その気持ち・・・分かるかもしれぬ・・・)
そう想いながら、清次郎はユウギの頬に右手を伸ばして、触れた
(これは・・・)
硬い
恐らく顎の骨が、手に伝わる
そして柔らかく、温かいユウギの毛と、体
血が通った御犬様
潤んだ瞳
「ユウギ殿・・・」
その右手を額に回して、撫でる
そして
「また私と、御駆追をして遊んでくれぬか?」
と言って、撫でる
少し強めに
感情を込めて
(大丈夫だよ)
そう手から伝えるように
潤んで見つめるユウギの瞳に
(大丈夫だよ)
と、目で語り掛けて
もう清次郎にとって犬は、畜生などでは無かった・・・



「ふふふっ」
隣で見ているお万の目には明らかに、ユウギの表情が変わって見えていた・・・
すると、尻尾がゆっくりと右に・・・
そして左右揺れ出す
徐々に大きく
速く
そして眼には、輝きが
「おぉ・・・ユウギ殿・・・」
そして
「ぉぉぉ?」
また初めて触った時のように、ユウギは額を清次郎の手の平に押し付けるようにする
しかしあの時とはまた違う
少し優しく、柔らかいような・・・
まるで
「ゴメンナァー!」
と言っているかのようだ
そしてグリグリと、首を左右に振っている
滑らかな毛が、手の平でくすぐったい・・・
「・・・」
グリグリグリ・・・

「ふふっ」
微笑むお万の声が聞こえた
その声を聞いて、どうしたら良いのか分からない清次郎・・・
お万の目を見て、助けを求めるように言った
「・・・お万殿・・・・・これは?」
「ふふふっ
 ユウギ様に聞いて下さいっ」
「なっ・・・」
グリグリグリ・・・
「なんだろうか・・・・・」
清次郎は考えた
(これは、どのような・・・)
すると何故か思い出す
子供の頃の思い出を・・・
「何とも・・・」
驚きと、戸惑いの混じった声が漏れた
「何とも、不思議な気持ちにさせてくれるではないか・・・」

「ふふふっ・・・」
「フッ・・・」
お万とお七は二人をしばらく眺めてから、静かに部屋を後にした



 しばらくして
お万は治してもらった袴を持って
お七は預かっていた脇差を持って、清次郎のいる部屋に戻る、その途中・・・

 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」
 「はははっ!止さぬかユウギ殿ー!」

聞こえて来る声・・・
「ふふふっ」
「はいっ」
2人は顔を見て微笑み合う

 部屋に着いて、襖から覗くと・・・
ユウギは清次郎に馬乗りになって顔を激しく舐めている
耳はすっかりピンと立って、いつものように尻尾もブンブン
明るく元気なユウギに戻っていた
「あぁ、お万殿にお七殿!
 戻られたか、あぁっ!」
まるでジンのように顔を舐めまくるユウギ
「なぁお万殿!このような場合はどうしたら止めてくれるのだぁー?」
「ふふふっ」
「え?何か言った?・・・あぁっ!」
「それは私にも分かりませーんっ」
「あはははははっ!そうか!」
「ふふふっ!」
「あはははっ!」



 またしばらくして、ようやく落ち着いたユウギ
すっかり清次郎の隣に座って舌を出して、いつもの嬉しそうな顔をしている
「・・・」
それはお万にすら、不思議な関係に見えて・・・
「・・・ねぇおしし
 何で急に仲良くなったの?」
「それは・・・・・」
「それは・・・?」
「へへっ
 男共にしか分からない何かがあるのでしょう」
とニカッと笑いながら答えるお七
「えー?
 なーに?それー?」
「くくくっ」
「んんー、意地悪ーっ!お父上みたいっ!」
(おっ!・・・)
そっぽを向いて、口をV字に尖らせるお万
「・・・」
その横顔を見て、想った
(今、お父上と・・・・・
 お万様、いつもの調子に戻っていらっしゃる・・・)「はははっ・・・」
思わず笑みがこぼれる

 ふーん!
とでも言って拗ねているような顔のままのお万
5歳の、子供らしい姿
(少しは、感謝してやっかぁ・・・)
と、おもむろにお七は聞いた
「・・・で、どうだったんだ御駆追は?」
「あぁ、私か?」
胡坐をかいた膝に肘を付いて、顎に当てた手で顔を支えてと、相変わらずの態度のお七
そのお七の質問も、何だか少しだけ口調が柔らかくなった気がしている清次郎
その急な質問と変化に驚いていると・・・
「・・・つまらなかったのか?」
「ぁ、いや、そんなとこはない!
 久しぶりにたの・・・」
「たの?」
「たのぉ・・・」
「たのぉー?」
「ふふっ・・・あぁ!楽しかった!」
そう言って顔がほころんで
「久しぶりに楽しく遊んで疲れた!
 袴まで脱いで、まるで子供の頃に戻ったようであった!」
「へぇー
 そうかい」
「あぁ!楽しかったとも!」
「へへっ・・・」
悪い感触では無さそうだと、お七の目を気にしながらも清次郎は嬉しそうに話続ける
「心なしか・・・
 ユウギ殿や、他の御犬様とも、仲良くなれた気がしておる・・・」
「まぁ、そうみたいだな」
「そ、そうか!?」
「そういう風にも、見えるぜ?」
「ああ!それに分かったよ!
 犬にも・・・御犬様にも、人のような心がある!ということ、なのだな?」
「はいっ!」
勢い良く、先にお万が返事を返す
「へへっ・・・」
「ははっ・・・」
少し笑ったお七
しかしまた、凄む
「・・・」
「はは・・・」
でも睨みつけている訳では無いと、清次郎は感じていた・・・
すると
「分かりゃいいんだよっ」
と、背中に置いていた脇差をゆっくりと正面に回して、そのまま清次郎の目の前に置いて
 トッ・・・
「それではお万様、ごゆっくりーっ」
「う、うん!」
と素早く立ち上がって、部屋を後にした
「・・・」「・・・」
お万と清次郎は、突然のそのお七の行動をそれぞれ解釈しながら、二人して目で追って・・・
「・・・オゥッ!」
ユウギは背中に優しく吠えた



「ふぅ・・・
 役目だからといって、これ以上お万様に嫌われたくないからなぁ・・・」
神事の準備に戻ったお七
二人に聞こえないような距離まで来て、本音を漏らした
「えぇ?お七様、今何と?」
「何でもねぇ~よぉ~」
一緒にご奉仕する巫女にそう言ってから
「へへっ・・・」
笑った

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