古道の大神と犬の姫 四ノ九 -鼻つまみ者-

 父が村に帰った、同日です

 「なんでぃ!
 オレは犬畜生と同じ扱いかぃ!?」

ここは城下町の外れの牢獄
何処かで・・・聞いた覚えのある男の声がいたします・・・

 「他にはないのだ!
 我慢いたせ!」

今度は監視役、でしょうか・・・

 「しかも隣も犬畜生じゃねぇか!」

何やら激しく言い合っております

 「お前もその畜生も皆に迷惑を掛けておる!
 似たようなものじゃわい!!」
 「ケッ・・・」

 その男
令和の世ならば、品の無いポニーテールとでも呼ばれそうな髪型をした男
そう
それはお万の村を襲った傾奇者の一人
川に堂々と粗相を晒して、その後にお七と組み合ったあの男、新兵衛です
 今はどうやら、投獄されていようですね



「しかし、犬ごとき食わず殺さず投獄とは、いい時代になったもんだ・・・」
隣の御犬に話しかけるようにする新兵衛
「でもいい犬だ
 美味そうだなぁ、おぉ?」
「ウゥゥゥゥ・・・」
低い唸り声を上げる
御犬に代わって叱るは監視役
「次から次へと!
 犬を喰うことももうならん!
 そんなに罪を重ねたいのか!貴様は!?」
「何の罪でぃ?」
「お前、"酒吞の真兵衛"などと呼ばれて江戸で暴れておったのだろう?」
「そうよ
 酒に負けてなければおめぇらなんかにゃ捕まっちゃいねぇ」
「はぁ・・・そうだろうなぁ
 しかしここでは面倒は起こすなよ」
「だったら酒をくれよぉー、酒をー!
 もう昨日の夜から飲んでねぇんだ、死んじまうよ」
「まだ一日も経っていないではないか!
 沙汰が下るまで神妙にしておれ!」
「なんでぃ!
 もうしばらく誰も切ってもねぇし、刀すら抜いてねぇだろうがよぉ!
 酒ぐらい楽しませろよ!」
「記憶を無くすような大酒も禁止されておるのだ!
 お前のようになぁ、人や犬のみならず馬まで斬り付けるような傾いた者が将軍様に作らせたお触れであるぞ!
 我々も酒を自由に楽しめずに迷惑しておるわ!!」
「酒と喧嘩は江戸の華だろい!」
「もうそのような世は終いじゃというお達しじゃ!    
 この傾奇者がッ!!」
「ケッ
 あいあいよーっと」
適当な返事
すると、他の男が遠くから歩いて来る音が聞こえる
そして、その方向に目をやると・・・
手には食事の乗ったおぼんを持っているではないか
「お、メシか!
 どうしたぃ?今日は何か祭りか?」
「最後の飯に、なるやもしれんぞ?」
「あぁ?」
牢屋の木組みの格子、その隙間から食事が出される
まずは隣の、御犬からだ
「おぉおぉ
 白米なんて、大層なメシじゃねぇか・・・」
そして、新兵衛の元へも運ばれる
「・・・なんでぃ!
 おれのメシは犬と同じかい?・・・いや!」
目の前の飯と、犬の飯を見比べる新兵衛
「いや待て!そっちの方が魚も多いし葉物までありやがる!
 しかも飯にはカツ節だぁ?
 オレのよりも畜生の方が豪勢じゃねぇか!!?」
「これも将軍様よりのお達しだ」
「オレにも付けてくれよぉー!」
「それでお前が大人しくなるのであればな、喜んで付けよう」
「じゃ、酒も!」
「たわけが!!」
そう吐き捨てると、監視役は廊下を戻って行った・・・



「ケッ・・・
 侍もいよいよ、畜生以下か・・・」
そうくだを巻いたような口ぶりで愚痴をこぼす
しかし飯は頂く
「白米かぁ
 久しぶりじゃねぇか・・・・」
すると
「・・・おぬしも、元武家か?」
暗い獄中
いくつ牢を離れていいるかは分からないが、遠くから少し枯れた男の声がする
「・・・まぁなぁ」
そう新兵衛は適当に答えると、久しぶりの飯を喰らう
 ガツガツガツ・・・
「そうか・・・おぬしもか・・・」
茶碗と箸の音が獄中に響く
 ガツガツガツ・・・
口を動かしながら、新兵衛
「も、だと・・・?」
 モグモグモグ・・・
その男も武家の者のような口ぶり
少し興味を持った新兵衛は飯をかっ込みながら言う
「お武家さんが・・・
 こんなとこで、何してんでぃ?」
 ガツガツガツ・・・
少ししてから
「ワシはぁ・・・ありゃぁ何匹いたか・・・
 十匹ぐらいの悪犬に襲われて着物を滅茶苦茶にされてのぅ
 だから刀を抜いて威嚇したんだが、それで投獄二ヶ月じゃわい」
「ハハハッ!
 将軍様は犬畜生を憐れんでも、武家は憐れんでくれんらしいからなぁ!」
「ガハハッ!
 上手いことを言う・・・・・」
 モグモグモグ・・・
「ひと昔前にはそんな犬、斬ってやれば感謝されたんじゃがのぅ・・・」
「ヘッ・・・」
 ガツガツガツ・・・
「・・・」
また、茶碗と箸の音が獄中に響く・・・



「ふぃーーー!喰ったぁーーー!」
「・・・」
「はぁー!腹減ったぁー!」
「ガハハハハッ!
 おぬし、今喰ってそれか!」
「あー・・・オメェのそれ、よこしなよ
 チッチッチッチッ・・・」
隣の御犬の残した飯を見て、舌で音を出して合図を送る
「・・・」
見向きもせずに、目を伏せて寝る御犬
「ケッ!」
飯は諦めて、改めてその御犬の姿を見る
「しかし、やせ細ったとはいえデケェなぁ」
「・・・その犬も、どこかの武家に捨てられてんだろうのう・・・」
「へぇ、そうなんかい?」
「鷹狩も禁止になって、猟犬もいらなくなった・・・
 城下では、良く見かけたわい」
「へぇ・・・」
と、横になる
「はぁ・・・退屈だ・・・」
暗い、カビの生えた天井が見える
「暇だぁ・・・」
と天井を見上げていると・・・

 「今退屈だと申した者はどこだ?」

「あぁ?」
また別の男の声

 カツ、カツ、カツ

下駄が、石の床を歩く音
今まで聞いたことがない・・・
「・・・そなたか?」
「あぁ?」
さっきの監視役を連れて新兵衛の牢の前に現れるその男
新兵衛は寝ながら見上げる
「・・・」
「・・・」
一見、普通の着物のように見えるが、細かい仕立てが上等なものと新兵衛には分かった
只の武士ではない
「これまた、えらく傾ぶいておるのぅ」
そう言いながら男は、新兵衛の全身をそれとなく見る
そして監視役に聞く
「この男は?」
「はい
 大酒にございます」
「だけか?」
「はい
 しかしその者、江戸では"酒吞の真兵衛"などと呼ばれた傾奇者のようで御座います」
「あの大小神祇組などと申す輩か?」
「いえ
 それとはまた別かと・・・」
「ふむ・・・」
そしてまた、男は新兵衛の全身を見る
新兵衛は黙って、そのやり取りを聞いていたが
「何か用かい?」
口を開く
「おぬし!控えろ!この」「良い良い・・・傾奇者であればそのような作法を説いても念仏であろう」
「しかし・・・」
監視役をなだめるその男
そして言った
「大酒ならばまぁ良いであろう
 おぬし、巻き狩りの経験は?」
「巻き狩りだぁ?」



『"巻き狩り"
 それは多くの人を集めて行う大規模な狩りに御座います
 主に農民や足軽など大勢の者達が獲物である鹿や猪などを追い詰めて、待ち構えていた武家の者が弓や槍などで獲物を仕留めるのが普通でしょうか

  有名なものは源ノ頼朝公による富士の巻き狩りでしょう
 約一か月間もの間、最低でも3万人の家来を集めて行われたと記録されます
 一説には70万人とも!
 その後にも、栃木の那須では10万人規模のものも御座います

  人数が必要なのはもちろん、大勢で隙間無く狩場を埋め尽くして獲物を追い込む為
 そして、その数を率いる大将の、源ノ頼朝公の威厳を世に示し、広める為
 同じ巻き狩りの記録だったとしても、記録によって数に大きな差があるのもその為でしょう

  また配下の武家同士の交流を深める軍事訓練の側面や、神事としての側面あったようで御座います
 方法も規模も様々ですが、令和の今も、マタギの皆様が行っておりますね』



「あぁ、巻き狩りだ
 しかも山犬のな」
「山犬・・・」
「狼とも呼ばれているようだ」
「オオカミ・・・」
それは新兵衛と少しの間一緒にいた、傾奇者仲間を殺した獣の名・・・
男が続ける
「目に魂が宿ったな」
「あ?」
「そなたも元武家であろう?」
「まぁな・・・」
「この者は参加だ」
そう言って男は背中を向けてまた
 カツ、カツ、カツ
と、奥へと消える・・・
その背中に、新兵衛は聞いた
「あんた、随分と偉そうだが・・・
 どうしてわざわざ、こんなとこまで来たんだい?」
「・・・」
「本来あんたみてぇのが来る場所じゃぁないだろう?」
「・・・此度の巻き狩り、殿の面目に関わる」
「へぇ・・・」
「良い働きをすれば殿からの御慈悲もあろう
 期待しておるぞ」
 カツ、カツ、カツ
暗い天井を見上げて、新兵衛はつぶやいた
「畜生相手なら・・・楽しめっかなっ・・・・・」


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