短編「月と踊る猫」丨#片想い文芸部
『月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ
わが身一つの 秋にはあらねど』
そう、あの秋の夜は僕だけに訪れたものではない。彼女にもきっと訪れていたはずだ。
その事実さえあれば、僕はそれでいい。
「ちょっとだけ、話聞いてほしい。」
同じ勤務先の女友達からのラインだった。
交際は順調だと記憶していたが、
何か彼女なりに思うことがあったのだろうか。
忍びないが、車で迎えに行くことにした。
その日は愛の言葉を交わすには充分すぎるほどの月の美しさだったのだが、果たして僕はどこに向かっているのだろう。
流れる景色を眺めつつ自嘲した。
待ち合わせ場所まで向かい、
彼女を車内に招き入れる。
季節は十月。
外はやや肌寒かった。
彼女は薄手のライトグレーのフーディーブルゾンのパーカー、黒のレースのスカートと、若干のラフさに女性らしさの均整さの取れた出で立ちだった。
「夜景でも見に行こうよ。」
彼女の提案に賛成し、
近所の高台まで車を流すことにする。
出発してからは飼い猫の話題など、
特に当たり障りのない会話の応酬を続けていた。
ハチワレという猫の世話しているらしい。
二色の可愛い猫だそうだ。
高台に到着すると、
彼女はまるで夜景を見るのが
心から楽しみだったように駆け出していった。
僕は彼女に遅れて展望台へ到着したが、
一面に広がる夜景は目を見張るものだった。
それは、共に眺める相手のせいもあるかもしれない。
夜景を眺めていた時だった。
突然、彼女は言った。
「もし私たちが付き合ってたとしたら?」
やや悪戯な笑みを浮かべながらも、どこか本気のような眼差しで。
それはまるで月から逃れ踊りへと誘う黒猫のようだった。
僕が憶えたのは一抹の不安だったが、その不安さえ呑みこんでしまうような、美しい月を背に怪しげに誘う輪郭は、僕の脳裏にとても酷く焼き付いた。
そしてまた、一瞬の期待を持ってしまった自分を心の中で責めた。
不自然な間が空いてしまうその前に、
僕は咄嗟に
「ちょっと。冗談やめなよ。」と無意識的な自戒が働いたか、倫理的な問題を指摘してしまっていた。
「そうだよね」とだけ残した彼女の声色はやや残念めいたものだったが、その表情は逆光のせいで、僕には読み取ることが出来なかった。
いや、あえて僕が読み取ることをしなかったのかもしれない。
その日はそれ以上、お互いにその話はしなかった。
その後数日間、僕は上の空だったが、
ある日偶然にも僕の眼前にその二人は躍り出た。
片方は純血の猫のように一つの穢れもないような笑顔を湛えて。
そんな姿をみると、何が本当の彼女の姿だったのかわからなくなり、僕は混乱してしまった。
彼女は、僕と同じ悲しみを憶えたのか。
彼女の真意は果たして何処にあったのだろう。
ただこの時、二つだけはっきりしていた事があった。
そこに僕が入る余地があったかもしれないという、
おそらく僕しか知ることがないであろう純然たる事実と、
彼女の愛猫には三毛猫がお似合いだということだ。
後日譚↓
7/8…加筆あり。
