見出し画像

「日々新たにされて」連帯は広がる;19日行動へ!

日曜日から書き始めた文章が、どうしてもかたちにならず、リライトを
繰り返すうち、19日行動の前日になってしまった。
時間の不足もあるが、「デモ」に参加するうち、自身の来し方と向き合う
ようになったことは大きい。
「連帯」を一義とするなら、デモに関することをわかりやすく書けば、
その目的は果たせるだろう。
しかし、迷いや葛藤から目をそらさず、納得しながら進んでいきたい
思いがつよく、不格好でもそれらを捨象せず綴ることにした。

「日々新たにされて」

だから、わたしたちは落胆しない。たとえわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。
見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。
ー コリント人への第二の手紙 


「自己規制」は解除されねばならない

デモに初参加した4月のころ、日本社会の急激な右傾化に危機感を募らせ、
時事に関するメッセージを思い切って複数の友人に送ってみた。
結果、反応はあまりよくなかった。
趣味の話なら盛り上がり、すぐに返事をくれる友人も、今回は返信自体
なかった…

親しい人間と話す時ほど、政治や宗教に関しては慎重になり、ことばを
選ぶ。
相手がその方面に対する意識を持っていなかったり、話題を忌避しがち
であったりすれば、なおさらだ。
焦りはあっても、押しつけがましくなるのは本意でなかったから
今の政治状況に対し思うところがありデモに参加している」と書いても「一緒にデモに参加しよう」とは書かなかった。

友人からの反応に、拒絶(されている)感や孤立感を覚えなかったといえば嘘になる。
それでも、この現実を受け止め、次に進もうと考えた。
デモ参加を重ねながらnoteを書くようになったのも、こうした経緯を踏まえてのことで、既存の人間関係から、より外に広がる精神的つながりを求めていたのかもしれない。

日本で、一般人の多くが持つ政治的発言への忌避感は、理性ではなく感性(文化的な)に根ざしたものだろう。
しかし、どこの国であろうと民主主義は、徹底した言語化を図り議論を尽くさなければ成り立たない。
そこには当然、齟齬もあり、前向きでばかりいられないような事態に陥る
場合もある。
それでも「対話」が放棄されてはならないのだ。

大学院時代に知り合った友人、知人が、このような場を遠ざけていることに、あらためて問題の所在が感じられた。
非実学である人文学や社会学の分野で、専門的学びをおこないながら、研究をそれ自体で完結させ、社会的発言を避けるのはなぜか?

護憲の市民集会に参加した時、ある大学教員がその問題に言及していた。
彼のゼミに所属する学生たちは、政治に関する研究を行っているのに、現実の政治に対する見解を口に上らせようともしない。
自己規制に取りつかれてしまっている。
それは解除されねばならないだろう、と。
ただし、このような良心的発言はまれである。

最近、新聞のオンライン版で柄谷行人氏のインタビュー記事を読んだ。
期待していなかったものの、やはり迂遠な語り口で、新味はまったく
感じられなかった。
柄谷さんは、一時期デモを主催していたようだが、影響力のある立場なの
だから、読者に対しシンプルにデモ参加を呼びかけたらどうだろうか。
(デモもいいが…とはっきり答えていない)
現況を変えるのに頭数は必要だ。

人文的言論も、特権的ではありえないのに、そこに帰属する人間たちは
どこかで錯覚をし、一般の感覚とは乖離してしまった。
換言すれば、一般の意識や社会参加がずっと進んだのに、それほど重大な
事実に気づいていない(→『現代思想』の凋落)。
研究のための研究を自明とし、安定したポジションを得た果てにはいつか「投票放棄」を呼びかける(東)ほど、反動的にもなりえる。
暗黒啓蒙とか大そうな「思想」でもなく、ありきたりなマチズモの冷笑系に帰すなら、とくべつな研究など不要ではないか(ゲンロン??)。

デモに参加したことを誇りたいわけでもないし、デモこそベストな手段だと
も思わない。
しかし、政治に関わるというだけで、口を切ることもできない状況は酷い。
いずれにしても、出会いから現在まで、友人たちとは、さまざまな場面で
時間を共有してきた。
すべてが一致することなど求めていないが、世界が戦争の影で覆われている現在、困難であっても対話を続ける努力をしたい。

グラデーション志向

現在、日本社会は政治面、経済面で荒廃の一途をたどっているが、一方で
多様性の概念は定着してきている。
たとえば「セクシュアリティにはグラデーションがある」(己はアライ)という啓発動画が作成されるほど、「グラデーション」的志向への認知も
進みつつある。
「マイノリティ」が可視化されることは必然だったし、それにより広い意味での「グラデーション」が説得力を持ったのだといえるだろう。

そのことを実感できたのがまさにデモへの参加である。
特定の政党を支持しないで、選挙時以外にも無党派のまま自由意志を示せるし、デモの柔軟な形態により参加のハードルが一気に下がった。
正直、感動的だった!!

いつからかよく目にする「何者にもなれない」という表現は、人間はいつか「何者」かになるべきだ、という仮定の上に成り立っている。
しかし、どうしてわかりやすい「何者」かにならねばならないのか?
同様に、絶対的な帰属がなくとも、人間が心安く生きていけるなら、そこは文明社会(グラデーション社会)であるという証ではないだろうか。

上述した市民集会への参加者は、8割強が高齢者(男性が7割)で、中には
後期高齢者と見られる人も多かった。
自分がよく参加する地元のデモではほとんど見かけない人たちである。
だが、「護憲」というキーワードにおいては「」を同じくするのだ。
主催が労働組合だったので、関係者(何十年も活動を続けてきた)が
多かったのだろうが、おそらくその人たちは集団で行動すること、「」に
なることに抵抗がなく過ごしてきた世代なのだろう。
今、一緒にスタンディングしている比較的若い参加者の「個人」行動とは、対照的だ。

数えきれないほどの不祥事を重ね、現首相に象徴的なごとく議席を獲得するためには手段を選ばない最大与党こそ、巨大な「塊」である。
規模が大きくなれば、力も大きくなるが、腐敗も同時に深刻化する。

権力は腐敗する傾向を持つ。そして絶対的権力は絶対的に腐敗する
(Lord Acton)

そのような歴史を意識し、新しいスタンディングの参加者は、たとえ護憲の野党であっても、すぐ支持には回らずいったん「塊」(規模の大小はあれ)から慎重に距離を取っているのではないか。

その市民集会では、古くからのデモ参加者(労働組合系の)を新規参加者
につなごうと、色々なアドバイスがなされ(物々しくならないよう)、
ペンライト集会のスタイルも紹介されていた。
「皆さーん、押し活って知ってますか?」
(反応は鈍い)
「ペンライトはこのように振ります!」
(実演)

個人の中に生じた新しいグラデーション志向もあるが、デモへの参加に
おいて、全体の立ち位置にも、グラデーションがあるのは興味深い。
個人的には、非戦、護憲の連帯を最優先し、小異にはこだわらない所存で
いる。

キリスト教と正義原理

4月にメッセージを送った後、誰からも反応がなかったが、しばらくして
唯一デモに興味があると言ってくれた友人と、先週の土曜日、会うことに
なった。
彼は、祖父母がカトリックであり、自分は、プロテスタントの気圏に身を
置いていたので、キリスト教との近しさという点で気が合った。
無教会主義というか、お互い教会へ通った経験はあるものの、どこかに所属
しなくとも、神的な存在に想いを馳せることはできるという認識で一致している。
これも一種のグラデーション的立ち位置だろう。

彼は、イラン攻撃の際に横須賀から出撃したアメリカ艦船のミサイルが
小学校を誤爆し、多くの児童が亡くなった話や、殺傷能力のある武器輸出が解禁されたことなどに対し、到底容認できないと憤ってくれた。
誰もが余裕なく生きているが、他者や弱い存在の側に立てる姿勢に、距離が縮まるのを感じる。

ランチの後、近くのカトリック教会(開放してある)へ行き、静謐な時間を過ごした後、公園のベンチに座り、現政権や世界情勢、デモなどの政治行動について忌憚のない意見を交わした。
曽祖父が熊本バンド金森通倫である石破茂前首相についても、話題に
上った。

熊本バンド(金森通倫は後ろから2列目、右から4人目)
https://ja.wikipedia.org/wiki/

メディアではあまり報じられていないが、「石破辞めるなデモ」が行われるほどリベラル層に好意を持たれた石破氏の精神的支柱には、プロテスタント信仰が濃厚だ。
彼は、4代続くプロテスタントの家系で、大学入学前に18歳で洗礼を受けている。
首相在任中にも、日本基督教団富士見町教会の礼拝に参加した。
教派を超えたクリスチャンが集う「日本国家祈祷会」で、石破氏は「議員になろうが大臣になろうが、人間というものは神の前には塵芥のような存在
なのであって『罪人の私をお赦しください』『御心ならば御用のためにお用いください』と究極祈ることしかできない」と語っている。
感情的で失言の多い現首相と対照的に、理性的に一つ一つことばを選び、
自己に厳しく他者に寛容な態度にもその資質は表れている。

カルト宗教と政党の癒着についても、伝統的なプロテスタント信者であれば
こそ、冷静に距離を取ることは当然で、現政権の長のごとく国民を欺いても
当該の勢力と共存共栄を図ろうとなどしなかったのである(伝統的な
キリスト教会では強引な勧誘や強制的な献金はありえない)。
少し前にも「石破に替われ」デモがあったようだが、今と異なる1年前の
空気はもっと穏やかだったよね、としみじみ語り合った。

友人は、選挙には行ったり行かなかったりだったと正直に話し、自分にも
認識が足りなかったと反省していた。
そして、君が熱心にメッセージを送ってくるし、社会がかつてないほど深刻な状況であるから、何か協力できればと言ってくれた。
10人以上の友人にメッセージを送り、反応があったのは彼だけだったが、
それでも救われた気がした。
そうして、夕方から二つ先の駅で行われることになっているデモに、自分が参加するようすを見てもらうことになった。

6.13サイレントスタンディング

5月は、憲法記念日もあったためか、デモの数が多かったが、6月に入って
から、デモカレンダーを見ても、近隣で行われる予定は減っていた。
しかし、3日前「New」の表示で、以前何度か参加した駅頭のデモが告知
されていたので、少しホッとした。

土曜日で街中はごった返していた。
少し遅れて到着すると、既に30人近くがメッセージを持ちスタンディング
していた。
同所のデモは、初めからサイレントスタンディング形式に定まっていて、
参加者は静かに集まり静かに散っていく(連絡先も交換したことがない)。
人通りが激しく〇番も近くにあるので、皆、行動をわきまえているのだと
思われる。
それで、一期一会的連帯が柔軟に行いやすいのだが、その日は友人の視線を意識して少し緊張感があった。

毎回30人前後の参加という規模ながら、毎日誰かが立っている効果による
のか、回を重ねるごとに人々がメッセージを見てくれているように感じる。
それが確実にモチベーションとなっている!

この日は、大学生風の男性3人が、スタンディングを見ながらずっと話していて、お互いを押し合い「お前が行けよ」みたいな感じでおり、ようやく
全員で側に来てデモ参加者に話しかけてきた。
日によっては「中国やロシアが攻めてきたらどうするのか?」などと詰問
されることもある。
しかし、この日の彼らは友好的だった。
予定の時間が過ぎると、少し離れた所で見ていた友人は帰っていったが、
このようなデモの現場を見せられたのは何よりだった。

その後、これもよくあることなのだが、一人の通行人男性が「自民党♪
と小馬鹿にしたようにこちらに向かって言い放った。
隣りに立っていた女性が「恥ずかしくないんですかね」と呟いた。
デモのこちら側とあちら側の分断があらわになる瞬間である。
それでもわれわれは怯まない。

この日、主催者の方と初めて話をした。
デモカレンダーに告知がなくとも、誰かが必ず立っているから、時間がある日にはお願いできれば、とのことだった。
4月に同所の隣駅でデモ初参加をした日は、300人くらいが集まったのに、
いつのまにか、地元で数百人単位のデモに参加する機会はなくなっている。
しかし、こちらでは、規模は小さくても継続が立派にできているので
いったんここに重点を置こうと決めた。

終了の合図後、参加者が集まってきてペンラ合わせを行う。
その時まで気づかなかったが、一人の外国人参加者を目にし、あらたな連帯が広がっているのを確認できた!
粛々とプラカードやペンライトが地面に置かれる。
雑踏の中、そこだけ静かに灯りがともり、さまざまなメッセージが浮かび
上がる。
皆黙っているけれど、ことばにならない想いに満たされているのが伝わって
くる。

徐々に/間断なく広げる「連帯」

友人はデモに参加してくれるだろうか?
過大な期待はしないが、もしすぐには参加する気にならなくても、少しずつ政治の話ができるようになれば小さな一歩だと信じる。

これだけ長い間、政権交代が起こらず、腐敗し切っていた政治の世界を
「一気に」変えることはむずかしい。
だが、日米首脳会談直後には、自信満々な態度だったのに、誹謗中傷動画の作成を暴露され、今や白を切り続けることが不可能になった首相の顔は、
あきらかにこわばり、すでに真実を語ってしまっている。
少し前、地元のデモに唯一参加した野党議員が、国会の外側のようすを
政治家たちが気にしていると言っていたことを思い出す。
デモは確実に効いている!!

明日は、上述した場所でのサイレントスタンディングに合流するか、あえて一人でサイレントスタンディングを行うか、ようすを見て決める。
徐々にではあっても間断なく連帯の力を日本中に広めよう!!



いいなと思ったら応援しよう!