占う
小学生の頃から西洋占星術、平たく言うと
星占いにハマり、おこづかいで買える範囲で
星占いに関する本、特に自分の星座を掘り下げた
小冊子を買い漁っていました。
うんうん、当てはまる!スゴイ!当たってる!
単純に、自分に都合の良いところ、
耳障りの良いところを抽出し、
私ってこういうヒト!みたいな、
都合の良い決め付けをして。
身近な人のことも、何座だからな~
なんて決め付け。
時は星座占いブーム。
星座占いに関する雑誌も発行され、
今思うと、当時の選択肢って
星占いか血液型占いか。
もしくはその両方をミックスしたものか。
それ以外も有ったんでしょうけど、
小・中学生の理解力では四柱推命やら、
紫微斗数やら、難しくてお手上げです。
自分自身で参考にするツールが限られていた為、
その頃は単純で、今月はいいんだなー悪いんだなー
ただそれだけ。
そうなってくると、ざっくりなんか
当たってる気もしてきちゃうから不思議です。
当たってなかったら、なんか自分の側の落ち度と
言うか、自分がちゃんとハマってない…
そんな風に理由付けしたりして。
そうやって、占いというものと、
多分間違った向き合い方をしてきました。
相手は正しいことを言ってるのに、
自分の側がそれに応えられていない。
今思うと、そういった捉え方ですね。
自分の存在の方を、さっくりあっさり無視です。
時は過ぎ、占術家さん独自の占いが、
次々一大ブームとなり、
時にセンセーションを巻き起こし…
あまり振り回されないように、そう思いながら
元々占い大好きな私、参考までにと自分なりに
諸々読んで取り入れてみました。
いざ取り入れてみると、洋の東西を問わず、
古来から本当にたくさんの占いが有るんですね。
特に近年良く耳にするようになった、
一粒万倍日、天赦日など、
和暦に由来する開運日という概念。
取り入れ易いのかな、と思って、
何かを始める時、重要な決断をする時…
参拝して祈念する時など、意識的に
吉日とされている日を選んだりしました。
しかし、にわか知識で始めると
いつも失敗は付きもの。
最初は単純に、縁起の良さそうな
大安吉日に…と、はりきって出掛けた日が、
後で不成就日であったと知り…
ナニソレ?不成就日って。
そんなん知らんがな!
そこから更に深掘りし、
本当に良き日に行動を起こすぞ、と…
この占いが当たるらしいよ、こっち当たるよ…
取り入れに取り入れて、予定を書き込む前に
手帳が開運日情報、こっちの占いの吉日情報、
こっちの開運行動…と、情報だけでパンク状態に。
更には、こっちはこの日が最良なのに、
こっちはダメで…と、なんや動ける気がしない。
その中で、去年最高の開運日として
メディアでも取り上げることが多かった日が、
超有名一流占い師さんの占術によると、
私自身の最大開運日と、偶然にも一致したのです。
こうしちゃおれん、行動せな。
行動の指針を決め、いざ翌日をスタートの日に…
そう思うと、なんだかアタマが興奮状態なのか、
一向に眠れない。
眠れない時に一番やったらあかんヤツなのですが、
ネットをツラツラ…
その時、今の今まで一切目にすることのなかった、
ロクでもないもの、イヤ、有る意味有難いものを、
目にすることになったのです。
その日が三隣亡である、と。
実際、多少の知識も有るので、
聞いたことも有る…そして読んで字のごとく、
あからさまに良くない良いわけがない。
そのような日であると。
改めて調べたのですが、
建築に関すること、地鎮祭などを行うと、
三軒隣りの家まで亡ぼす…的な意味らしいですね。
家建てる訳じゃないしいいのか?にしても、
今の今まで言ってる人、誰も見なかったな。
エコーチェンバー?
誰か言ってる人いたのに、
自分に都合悪いから見なかった?
気になって更に調べたところ、
その日は受死日だったか十死日だったか…
その両方だったかが入ってました。
どっちもとてつもなく悪い日だそうです。
特に受死日は、それが入ってたら、
他の吉日ゼンブ飛んじゃう…
しかしそんな日の情報は、自分で調べるまで
一切入っては来ず。
そこから、そんな恐ろしい日が有るのか、と
詳しくくまなく調べた結果、
ゼンブがいい日なんて、一日たりとも無いじゃん!
という結果に辿り着きました。
大変残念な結果です。
占いとは、人生には良い日なんて無いよ
と、教える為のツールなのでしょうか。
しかし生きている以上、何もしない訳にはいかん。
何かせな。出来る日探さな。
こうなると、何かを切り捨てる覚悟が必要らしい。
さて、何から切り捨てるべきか…。
まず、比較的安全に切り捨てられるものを。
それには調べなあかん。
三隣亡を調べました。…驚いたことに、
元々は、三輪宝という最良の吉日でした。
それが江戸時代に暦を記録する役職者が
誤って三隣亡と書き込んだ為に、
その字のごとき不吉な日になったそうです。
つまりバグかよ。どっかのダレかの。
と、なってくると、コレどうでもいいがな。
コレから無視無視。
早速、手帳に三隣亡のしるしとして三、と
書き込んだ日に、三輪宝と書き記す。
これにて、この日は最良の吉日となった。
そうやって、自分の中で活かすと消すを決める。
なんだそういうことか。
初めから、自分で決めるしかないんだ。
あまりにもシンプルなその考えに辿り着くまで、
ずいぶん無駄にあがいたものでしたが、
結局、気になるなら参考にはする。
でないと失敗した時、そのせいにばっかして、
他の理由を考えなくなってしまうから。
でもそればっか気にして、
足をとられて止められてしまうなら、
いっそ見ないし気にしない。
見なければ気にすることもなかったんだから。
とにかく踊らされるな。
それが、長い間占いというものと
向き合っているようで振り回されてた、
私自身が見つけ出した答え。
今のところ、それが私の中の正解です。
試行錯誤の途中、座右の銘にしようと
思いついた言葉が有ります。
二度とないチャンス、ならいらない。
二度とないなんて有るわけない。
いくらでも自分で作ればいい。
作れるよ。
