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『あー』を『パパ』だと思った51歳の僕

父親になる前の僕は、よく思っていた。

「息子が初めて『パパ』って言ったら、絶対泣くやろうな」と。

仕事で大きな契約を取った時も、欲しかった車を買った時も、人生には色んな感動があった。

でも、我が子が人生で初めて発する言葉。

それは、どんな成功よりも価値のある瞬間だと思っていた。

そして、ついにその日がやってきた。

いつものように桜翔(はると)を抱っこして、顔を近づけた。

「はる〜、パパって言ってみ?」

妻も横でスマホを構える。

家族全員、歴史的瞬間を待っている。

家の空気がピンと張り詰める。

その時だった。

「……あー」

来た。

僕の心の中のファンファーレが鳴り響いた。

ついにこの時が来た。

51年生きてきて、一番嬉しい瞬間が今、目の前にある。

「もう一回言って!パパ!パパ!」

僕は興奮して桜翔に話しかける。

すると——

「……あーーー」

間違いない。

これはもう“あ”から始まっている。

あと少しで“パパ”だ。

ほぼパパと言っているようなものだ。

僕の中では、新聞の一面だった。

その頃、妻は冷静だった。

「いや、ただ声出してるだけやで」

……え?

そんなはずはない。

父親の勘は、そんなに甘くない。

僕はさらに顔を近づける。

「はると、誰が一番好きや?」

期待を込めて聞く。

「……ぶーーー」

その瞬間、僕の顔に盛大なヨダレが飛んできた。

初めての言葉。

それは「パパ」でも「ママ」でもなく。

まさかの、顔面への唾攻撃だった。

でも、不思議なものだ。

高級車に鳥のフンが落ちたら、すぐに洗車に行く僕が。

桜翔のヨダレだけは、なぜか嬉しい。

むしろ「これは成長の証や」と、しばらく拭かなかった。

昔の僕なら絶対に考えられない。

51歳にして、人生で一番大切なものの価値観が変わった。

時計でも、車でも、仕事の成功でもない。

たった一つの「あー」という声で、世界一幸せになれる。

これが父親というものなのかもしれない。

ちなみに、今でも僕は毎日言っている。

「はると、最初の言葉はパパやんな?」

「まーくんとかゆきっちでもいいで」

と。

妻は毎回笑いながら言う。

「たぶん、最初に言うのは『ママ』やと思うで」

いや、まだ勝負は終わっていない。

絶対僕の方がはるとと遊ぶ時間は多いはず⏰

はると

はるとの人生で最初の言葉。

父の51年間のプライドをかけて、ぜひ『パパ』でお願いします。


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