3.ニコハリソンという男
謎を深めたハリソンの会見、中でも気になるのは彼が急に「defense wins championships」と言い出したことです。その考えのルーツは一体どこにあるのでしょうか。ハリソンのGMとしてのキャリアを振り返りながら考えてみましょう。
ディフェンスで掴んだ勝利と敗北
マーベリックスの成功の裏にディフェンスという言葉がつきまとっていたのは事実です。2021-22シーズンはクリスタプス・ポルジンギスを放出してまでロスターの機動力を重視し、2023-24シーズンはライブリーやデリック・ジョーンズといった新ディフェンダー陣にギャフォードとPJワシントンを加えたことで、急激にディフェンスのチームへと生まれ変わったことで勝率を大幅に上げました。
しかしハリソンは就任当時から一貫してディフェンスを大切にしていたかと言われれば、それは違います。2022-23シーズンはクリスチャン・ウッドの獲得に際して空いたロスタースポットにディフェンダーを補強せず、ジェイレン・ブランソンの穴を埋めるべくケンバ・ウォーカーやファクンド・カンパッソといったハンドラーを獲得し続けていました。更にカイリー・アービングを獲得する為に貴重なディフェンダーだったドリアン・フィニースミスを放出する等、とてもディフェンスを重視していたとは思えない動きをしたハリソンでした。
成功した2023-24シーズンも例外ではありません。グラント・ウィリアムスがディフェンダーとして活躍しなかったのは想定外だったでしょうが、他に獲得したセス・カリーやリショーン・ホームズはディフェンスでインパクトを残せないどころか怪我人がいる時にしか起用されず、なぜ獲得したのか分からないままチームを去りました。
つまり彼の「defense wins championships」の考えは、後発的に生まれたものだと考えられます。そのきっかけは恐らく2023-24シーズン。新たに加えたギャフォードやワシントンがディフェンスで活躍するのを見て、ハリソンの中でディフェンスを強化すれば勝てるという自信が生まれたことが推測されます。2021-22シーズンの成功も、その考えを後押ししたでしょう。
加えてマーベリックスがファイナルで敗れたボストン・セルティックスの存在も、ハリソンの考えを推し進める要因になったと考えられます。相手に一人でもディフェンスの穴になる選手がいればそこを徹底的に突くことが出来るドンチッチにとってセルティックスは天敵だったと言えるでしょう。1番のドリュー・ホリデーから5番のアル・ホーフォードまでドンチッチを1on1で苦しめられるディフェンダーで揃えていた彼らに、マーベリックスは攻略のポイントを見出せずにいました。とりわけツーメンゲームで引き出したはずのホーフォードがドンチッチに対して完璧に近いディフェンスを見せており、五人全員が優秀なディフェンダーである強みを存分に発揮していました。
2023-24シーズンはハリソンにとって「ディフェンスで成功して、より強力なディフェンスチームに敗れた」シーズンだったと言えます。
ハリソンの自信と嫉妬
彼が「defense wins championships」と本気で考えていることは恐らく間違いありません。2021-22シーズンと2023-24シーズンの成功体験はハリソンにそう信じさせるには充分だったでしょう。更に最終的にディフェンスのチームだったセルティックスが優勝したというお墨付きもあって、その考えには相当な自信があったことが伺えます。
少しでも自信がなければ、彼自身が「信頼している」と語るHCのキッドに何かしら相談していたはずです。ましてハリソンは2022-23シーズンに失敗と言って差し支えない補強を繰り返していたので、仮に自信があったとしても相談するのが普通な気すらします。しかしハリソンはキッドにトレードについて何も知らせませんでした。それはもしも彼に知らせれば反発されるかもしれないと、ハリソン自身も自覚していたのではないでしょうか。
引っ掛かるのはこの「キッドに知らせなかった」という部分です。主力の酷使と若手を信用しない采配で度々批判されていたキッドですが、ハリソンはこれまでただの一度も彼に苦言を呈することなく擁護し続けていました。ハリソンがキッドを信頼しているのは間違いなく、デイビスを獲得してビッグマンを整理しなかったのもある種「キッドならばどうにか出来る」と受け取ることが出来ます。
ではなぜ、ハリソンはキッドに相談しなかったのでしょうか。彼の発言と行動は矛盾しています。
その意図を考えた時に最初に思い浮かぶ言葉は嫉妬です。
マーベリックスというチームが成功してきたのにハリソンの手腕は間違いなく影響していました。当然ファンはハリソンを称賛しましたが、それに飽き足らず彼はその手柄の全てを手に入れたかったのかもしれません。それはまるでブライアントが「マイケル・ジョーダン2世」ではなく、「コービー・ブライアント1世」になったように。
実際、ハリソンにはそうなる土壌がありました。ドニー・ネルソンとリック・カーライルという、マーベリックスを代表する二人の後任としてキッドと共にやって来て、更に筆頭オーナーまでもがマーク・キューバンからパトリック・デュモンに変わりました。そして彼らは現在、長くマーベリックスに貢献してきたケイシー・スミスやジェレミー・ホルソップルといったメディカルスタッフを解雇する等、「昔のマーベリックス」を知る人を次々に球団から排除しています。またトレードをきっかけにアシスタントコーチのマルコ・ミリッチ、この件と関係あるかは分かりませんがダレル・アームストロングとアレックス・ジェンセンも球団を去りました。マーベリックスの象徴であり現在はスペシャルアドバイザーという立場のノビツキーも、今はオフィスに出入りしていないそうです。
これは推測に過ぎませんが、ハリソンの目的はデュモンと共にマーベリックスという球団を自分たちのものにすることだったのかもしれません。
思い返せば、ブランソンが契約延長を結ばなかったのが最初の謎でした。2021-22シーズン終了後、無制限FAとなったブランソンは最終的にニューヨーク・ニックスと4年約156ミリオンの契約を結びましたが、彼は元々マーベリックスとの再契約に前向きで、なんと彼から積極的にアプローチしていたそうです。ブランソンがマーベリックスに持ち掛けた契約は4年55ミリオンと、今となっては破格の金額です。
しかしハリソンは彼のオファーを断りました。それも二回。シーズン中に一度、そしてシーズン終了後に再び。ブランソンを引き留めなかった2022-23シーズン、結局ウォーカーやカンパッソに手を出したことを当時は「ブランソンと契約していればよかったのに」ぐらいに思っていましたが、今になって考えると見方が変わってきます。ハリソンは「ネルソンの遺産」を残したくなかった、そういう見方も出来ます。
ブランソンから始まりフィニースミス、グリーン、クリバー、そしてドンチッチ。ネルソンの遺産は次々に失われ、今となってはパウエルしかいません。その彼が2025-26シーズンのプレイヤーオプションを破棄した時、或いはその翌年、マーベリックスに残るのはハリソンのGM就任以降に獲得した選手のみとなります。あくまで推測にしか過ぎませんが事実としてネルソンが獲得してきた選手たち、そしてスタッフも次々に球団を去っています。
その壮大な計画がいつから企てられていたかは分かりません。ハリソンが就任した時からか、或いはデュモンが筆頭オーナーになった時からか。
気の毒なのはキッドでしょう。彼は選手としてマーベリックスにドラフトされ、時を経てノビツキーと共にチームを優勝に導いた、言わば旧時代を代表する人物です。そんなキッドが今は新体制に生まれ変わりつつある球団のコーチを務めており、新旧入り混じるチームのまとめ役として板挟みに合っていることが伺えます。HCはただでさえ選手やアシスタントコーチとフロントの中間に位置する立場で苦労が絶えない仕事ですが、そこに新たな悩みの種が生まれたとなれば、もしかしたらコーチングもままならなくなるかもしれません。
加えてアシスタントコーチも次々と入れ替わり、マーベリックスの内部はかなり不安定なのが傍からでも見て取れます。そんな状況でキッドはコーチの仕事を全う出来るのでしょうか。彼が今のマーベリックスをどう考えているのかは気になるところです。
「defense wins championships」は正しいのか
最後に「defense wins championships」という言葉について、考えてみたいと思います。
ディフェンスが必要か不要かという話をするなら、必要であることは疑いようがありません。議論したいのは「オフェンス力を落としたとしても、ディフェンス力があれば優勝出来るのか」ということです。言い換えるならディフェンスはオフェンスよりも重要なのか、ということ。
そしてその答えは既に証明されているかと思います。もしもディフェンスが何よりも重要であるのなら、なぜドンチッチのような「ディフェンスが悪い選手」がリーグから淘汰されていないのでしょうか。その理由こそが、結局のところバスケがオフェンスのスポーツであるということの何よりの証明でしょう。「defense wins championships」という言葉が間違っているとは思いませんが、それを「オフェンスよりもディフェンスの方が重要だ」と捉えるのは間違っていると思います。
例えば、近年優勝したチームのエースであるヨキッチやステフィン・カリー。彼らのディフェンスは決して悪いものではありませんが「オフェンスよりディフェンスが重要」という論理の中であれば、淘汰される選手でしょう。しかし現実は彼らがNBAという世界を生き残り、あまつさえその頂点に君臨しています。ヨキッチやカリーが優勝出来たのは、彼らの周りを攻守に強化し続けたからに他なりません。「defense wins championships」という言葉は、その大前提にオフェンスがあってこそのものだと歴史が物語っています。セルティックスもそれは同じです。彼らは五人が優秀なディフェンダーでしたが、それ以前にジェイソン・テイタムとジェイレン・ブラウンはリーグ屈指のスコアラーでした。そして時にペリメーターディフェンスを犠牲にしてもクリスタプス・ポルジンギスの高さを使ったスコアリングに頼りました。彼らの強さとは、決してオフェンスを犠牲にしたものではないのです。
どうにもドンチッチのディフェンスという目先の問題ばかり気にしてしまったように思える今回の一件。これまでの成功体験で「ドンチッチがデイビスになったら」と自分のアイデアに自信を持ったからなのか、或いは球団を我が物にする為だったのか。その真偽は分かりませんがいずれにせよマーベリックスのドンチッチは、ハリソンのエゴによってこの世から消えてしまいました。
アメリカン・エアラインズ・センターではトレードから数日後にファンによる模擬葬儀が行われ、彼の退団はファンにとって死別に近い悲しみがあったということが伺えます。ファンはドンチッチの退団を心から悲しみ、相思相愛だった彼らを引き裂いたハリソンを罵倒しました。ハリソンはNBAの長い歴史の中でも極めて珍しい「自チームのファンにホームコートで罵られたGM」としてその名を刻みました。
私自身もハリソンを好意的には見ていません。彼の行動や発言を擁護することは難しく、する気にもなれません。しかし唯一、彼を擁護出来る点があるとするならば、それはドンチッチという選手があまりにもまぶしかったということです。そのまぶしさにハリソンは目が眩んで、ドンチッチという選手がマーベリックスにもたらしたものを見失い、色濃くなった弱点にばかり目を向けてしまったのかもしれません。
