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【教育と不登校】父親の不安が不登校を長期化させる——世代間連鎖を断つために

序章 問い:なぜ不登校は「解決」しないのか

2024年度、不登校の小中学生は35万3,970人に達した。12年連続の増加である。5人に1人の中学生が不登校または不登校傾向にあるという調査もある。これだけの数字でありながら、「不登校が解決した」という話を私はほとんど聞かない。支援の場には母親がいる。保護者会にも母親が多い。父親はどこにいるのか。

私には不登校の子どもが2人いる。上の子は小学校中学年から、下の子は高学年から学校に行かなくなった。私は必死だった。原因を探し、専門家に連れて行き、毎月担任と面談し、人間関係のトラブルには積極的に介入した。「解決しようとしていた」と言えば聞こえがいいが、今振り返れば、私の不安を家族全体に撒き散らしていた。

今も2人の不登校は「解決」していない。それでも家族に笑顔が戻った。子どもたちがリビングに集まるようになった。食卓で笑い声が上がるようになった。何が変わったのか。学校ではない。子どもでもない。変わったのは私だった。

この論考は、不登校を「子どもの問題」として外側から眺める父親に向けて書く。あなたはシステムの外にいない。むしろ、家族というシステムのトーンを設定しているのは、あなた自身かもしれない。

第1章 不登校の構造——きっかけと長期化は別問題だ

統計が見せない「長期化」のメカニズム

文部科学省は毎年、不登校の主たる要因を調査している。最新の結果では「無気力・不安」が最も多く、全体の約半数を占める。しかしこの数字には注意が必要だ。「無気力・不安」は不登校の原因というより、長期化した後の状態を説明している可能性が高い。最初から無気力だった子どもはほとんどいない。何かがあって、学校に行けなくなり、そのまま時間が経過した結果として「無気力」という言葉が当てはまるようになった、という順序のはずだ。

私の2人の子どもを見ても、きっかけはまったく異なる。上の子は友人関係のトラブルだった。下の子は朝起きられないこと、課題への意欲が失われたことだった。起立性調節障害の検査も受けた。性格も違う。上の子は内向的で神経質、下の子は外向的だが「できない姿を見せたくない」というプライドが強かった。きっかけも性格も異なる2人が、同じように不登校になり、同じように長期化した。ということは、長期化には性格やきっかけとは別の、構造的な理由があるはずだ。

長期化する3つの構造的理由

第一に、学校システムへの再参入コストが極めて高い。

休んだ分だけ「浦島太郎」状態になる。人間関係は自分のいない間に進んでいく。授業の遅れは積み上がる。「自分がいない世界」が完成していく。そこに戻るということは、完成した世界に乱入することであり、最初に休むよりもはるかに心理的コストが高い。小学校中学年から高学年という時期は、この問題が特に深刻になる。同調圧力と自意識が同時に強まるこの時期、「列から外れること」の代償は急激に大きくなる。

第二に、中学校においては「部分的参加」が実質機能しない。

小学校は近年、保健室登校や別室登校など柔軟な運用が広がっている。内申点という圧力がない小学校では、「完全な登校」でなくても子どもの居場所を作ることができる。しかし中学校はそうはいかない。形式上は別室登校も認められているが、高校受験の内申点は容赦なく出席日数や授業態度に連動する。つまり不登校の中学生は、「学校に完全に戻るか、進路の選択肢が狭まるか」という二択を突きつけられる。段階的な回復など、制度が許さない。

私はこの現実に怒りを覚えた。子どもは学校に行きたくないのではなく、行けない状態にある。それなのに、行けない間にも将来の選択肢が削られていく。これは不登校ではなく、制度による教育機会の剥奪ではないか。

第三に、家庭が安全基地でなくなること。

これが最も重要で、かつ最も語られていない理由だと私は思う。

発達心理学者ジョン・ボウルビィは「安全基地(secure base)」という概念を提唱した。子どもは安心できる場所があるからこそ、外の世界へ探索に出られる。逆に言えば、安全基地が失われたとき、子どもは探索をやめる。学校という外の世界に踏み出す力は、家庭という安全基地があってはじめて生まれる。

ところが不登校が始まると、家庭はどうなるか。親が焦る。「今日は行けそう?」「何があったの?」「このままでいいと思ってるの?」。善意から出た言葉が、毎日子どもにプレッシャーを与える。学校にも行けない、家でも責められる。逃げ場がなくなる。安全基地であるべき家庭が、子どもにとってストレス源に変わる。この構造が、不登校を長期化させる最大の要因の一つだと私は考える。

「今日はどうだった?」という問いの罪

私も毎日この問いを繰り返していた。家族への問いに見えて、実はこれは私の不安を毎日家族へに注ぎ込む行為だった。子どもは「また聞かれる」と構える。リビングに来なくなる。親から隠れるように自室に閉じこもる。そうすると親はさらに心配し、さらに問いかける。負のスパイラルが加速する。

やめた。その質問を、ある日を境にやめた。何が起きたか。子どもたちが自然とリビングに集まるようになった。会話が戻ってきた。笑顔が増えた。不登校は何も変わっていないのに、家族の空気が変わった。

なぜそれができたのか。その話を次章以降でする。

第2章 父親はシステムの外にいると思っている

不登校支援の現場に父親はいない

不登校の子を持つ保護者会に出席したことがある父親はどれほどいるだろうか。学校のスクールカウンセラーと面談したことは?子どもの担任と定期的に連絡を取り合ったことは?

不登校支援の現場は、圧倒的に母親が担っている。保護者会の参加者も、支援機関に相談に来るのも、ほとんどが母親だ。父親は仕事がある、という理由もあるだろう。しかしそれだけではない。多くの父親は、不登校を「自分が直接関わるべき問題」として認識していない。母親が対応している、学校が対応している、専門家が対応している——自分はその外にいる、という感覚を持っている。

しかしこれは錯覚だ。父親は家族システムの外にいない。むしろ、気づかないまま最も大きな影響を与えている存在かもしれない。

問題解決モードという罠

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