日本の男女平等が遅れていると言われている訳。
少し自己紹介。
私は先日イギリスの大学院の人権を専門に修士課程を修了したアラサー日本人女性。
元々関心があった人権、中でも女性の権利について開発学で有名なイギリスで学び、日本の状況をこの1年間客観視して考えてみた。(なぜ人権について関心があったのかについては、また機会があれば)。
あんなに毎日毎日考えていたのに、大学院を修了すると考える機会も一気に減り、アウトプットする機会も一気に減ったので、アウトプットして自分の頭を整理するため、日々の悶々とした感情を減らせるためにも、一個人の意見として、綴らせていただきます。
日本の男女平等を世界から見てみると?
タイトルの話に戻って、、
ジェンダーギャップ指数といって、世界経済フォーラムという団体が経済・教育・政治・保健の角度から世界の国々の男女の格差を調べ、世界の国を順位づけしたもので、ここ数年日本のニュースでも取り上げられることが多くなったと感じる。
2024年では156カ国中118位だったり、下から数えたほうが早いなーって感じで男女格差が大きい国の一つ。
よく言われているのは内閣のメンバーに女性の数が圧倒的に少なかったり、企業の管理職に女性が少なかったり、男女の賃金格差など様々な問題が挙げられている。
人権って?女性の権利って?
そこで大学院の1学期目の授業の最後の課題で、人権に女性の権利が含まれたことによる可能性と限界をについてエッセイを書いた。
人権っていうと、「はい、これが人権です」って物として渡せるものじゃないからなかなか考えるの難しいんだけど、1948年に国連で採択された世界人権宣言というものがあって、それが「人間はみんな自由で、尊厳と権利を持っていて平等ですよ」ってきちんと宣言されている。その後、1979年に国連で、「どんな分野においても男女区別や差別せず、みんなが平等で、女性も人権や基本的自由を持っているよ」という内容で女性差別撤廃条約が採択されて、日本はそれを1985年に批准している。これをきっかけに、日本では男女雇用機会均等法ができたり、十数年後には男女共同参画社会基本法が施行されるなど、色々男女平等に近づく兆しが見えてきていた。
しかも、日本は批准しているから、それに則って社会全体が動いているはずなんだけど、世界から見て下から数えたほうが早いほど男女格差がある国の一つ。
日本の女性って、そんなに差別されてる、、?
なんでなんだろう。。
私自身、これまで日本で生まれて育てられて、女性だからって制限されていることがあるのか、身体的に危険な思いや不自由な思いをしたことがあるのかって考えたけど、そんなに思いつくこともない。衣食住も十分に与えられてきて、タリバン政権のように女の子だからって学校に行けないとかそんなこともないし、むしろ大学の頃は留学までさせてもらって、大学院まで行けたし。働いている時は収入はもちろん多くはないけど旅行したし好きなことに使えることができたし。少なくとも私と同じくらいの年齢の人たちは、同じように考えている人は少なくないんじゃないかな。。
でも、エッセイを書くために色々調べていた私は、男女の賃金格差について目が止まった。男女共同参画局から出ているデータでは2021年の男女の賃金格差は男性の給与が100だとすると、女性は77で、他のOECDの国の平均は88、つまり日本の女性の給与水準は23%ほど男性の給与より低い。なんで、こんな状況になっているのかと、いろんな文献を読み漁った。なるほどなーと、腑に落ちた考え方があった。
それは、正規雇用と非正規雇用の雇用方法。(総合職と一般職の考え方もある。)
女性は(今でこそ色々多様性とか言われるようになったけど)結婚すると、出産、育児などのライフイベントがある。もちろん男性も育休をとって、育児に参加する人も増えてきたけど、やっぱりまだ女性がメインで行うことになっていることには変わりはないと思う。そうすると、女性は出産後育児をしながら、正規雇用でバリバリ働いて、今まで通り出張行ったり、残業したり、男性と同じように働けるのかって考えると、少し難しい。そうなると多くの女性が非正規雇用を選ぶ。非正規雇用は時給や日給で支払われて、ボーナスも無く、福利厚生もしっかりしていない会社も多いだろう。その代わり、働ける時間の融通が利くという働き方。だけど、キャリアアップはなかなか目指せない。女性はこの非正規雇用を使って、家事育児のために外で働く時間やキャリアアップを制限してお金を稼ぎ、家では家事育児という給与が発生しない労働を行う。これによって(簡単にいうと)、賃金格差が生まれているんだと。
でも、これって、非正規雇用という雇用方法が作られたことによって、女性が家事育児の責任を持つものだということにもなる。女性は男性よりも働く時間を減らされ、家に帰ると家事育児が待っている。また高齢化が進んでいる今、家事育児に加えて、介護という責任を担っている人もいるだろう。
国際条約や日本の法律で男女平等に扱われるはずでは?
でも、待って。少し前の人権の話に戻って考えると、女性差別撤廃条約で、女性はどんな分野でも差別されることなく、平等じゃなかったっけ?男女雇用機会均等法で、雇用に関する男女間の差別を無くすって定められているのでは?
ここがミソ。
女性差別撤廃条約や男女雇用機会均等法で、男女ともに同一の雇用機会、職業を自由に選択する権利、昇進、同じ価値の労働の際に同じ報酬を得る権利など色々示されているけど、上記の非正規雇用で働きなさい!って、女性は強要されているわけではないから、これは差別じゃないということ。
女性は男性と同じように雇用の機会もあるし、職業を選択できる、昇進も正規雇用であればしている人もいるし、正規雇用で男性と同じように働いている女性は収入も同等にもらえる。だから一見、日本の男女格差って、女性の差別じゃないようにみられる。
じゃあ、男女格差を生み出す、本当の問題は?
じゃあ、何が問題なのかって考えると、社会。非正規雇用という(一見女性にとって働きやすい)待遇が良くない雇用方法を作り、家事育児(介護)の労働が女性が責任を持つものだという「当たり前」を作り、女性の労働を搾取している、この社会。見えにくい、この構造的な社会こそが差別であり、男女格差を作り出しているんだと。そこが国際条約や日本の法律ではカバーされておらず、差別=具体的な行為と捉えられていて、これが人権の中にある女性の権利の限界だと、エッセイを提出した(少し内容は変えたが)。
このエッセイを書いたときに、自分の中でモヤモヤしていたことが晴れてスッキリしたことを今でも覚えている。私が学びたかったのは、この構造的な差別だったんだと。この社会にある、見えない、得体の知れない差別こそが日本の男女平等が遅れている要因なのだ。
