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静かに進むESG格付手法改訂と、日本の製造業に迫るScope3対応

~3枚サマリー~

気づかぬうちにスコアが動いている

自社の ESG スコアが、取り組みを何も変えていないにもかかわらず、この1〜2年の間に動いている可能性がある。原因は企業側ではなく、格付機関の側にある。
業界メディアの横断分析によれば、MSCI、Sustainalytics、S&P Global の主要3社には、Scope 3 と検証データの扱いに関する共通トレンドが観測されている。各社の改訂詳細は個別には開示が限定的だが、指摘されている方向性は明確だ。

  • MSCI:業種別のKey Issueウェイト付けを強化し、業界ごとに財務的重要性が高い論点(炭素排出、サプライチェーン労働基準、製品フットプリント等)を配点に反映する傾向を強めている。

  • Sustainalytics:2024年5月、2018年の ESG Risk Ratings 導入以来初となる大規模改訂を実施。自己申告データで第三者検証がないものの重みを継続的に引き下げている。開示が不十分な場合は格付機関側のモデル推計で補う方針で、特にGHG排出量については企業の自己認識と乖離するリスクがある。この改訂だけで、評価対象企業16,000社のうち9%がESG Risk Ratingのカテゴリを変更された

  • S&P Global:Corporate Sustainability Assessment において、配点のうち公開検証済みデータの比重を高める傾向にある。

共通する方向性を一言でまとめれば、「企業が自己申告するものの重みを下げ、外部から検証できるものの重みを上げる」という流れだ。そしてこの流れの中心にあるのが、Scope 3 排出量の扱いの変化である。
変化は2つある。ひとつは Scope 3 のスコア全体に占めるウェイトが上昇していること。もうひとつは、Scope 3 の測定方法に対する要求水準が引き上げられていることだ。具体的には、支出額ベースの推計(例:原材料の購入金額×業界平均の排出原単位)は「開示品質のプロキシ」とみなされ、活動量ベースのデータ(例:サプライヤー個別の実測値)が事実上の標準になりつつある。
大きく公表された話題ではない。しかし影響は、企業の ESG スコアを通じて経営の複数の領域に直接効いてくる。スコアが下がれば、グリーンボンドやトランジションボンドのプライシングが不利になり資金調達コストが上がる。主要な ESG インデックスから除外されたり、機関投資家のマンデート(投資基準)に抵触すれば、投資家ベースが狭まる。
なぜこのタイミングで、なのか。背景にはEUのCSRD(企業サステナビリティ報告指令)がある。


CSRDがもたらしたベンチマークの変化

CSRDは2024年度分から段階的適用が始まっている欧州のサステナビリティ開示規制で、対象企業にはサステナビリティ情報を財務諸表と同等の厳密さで開示することが求められる。第三者保証が義務化され、ダブルマテリアリティ(企業が環境に与える影響と、環境が企業に与える影響の両面)での開示が必要となる。
2025年に入って欧州委員会は Omnibus Simplification Package を提案し、CSRDの適用対象を当初案から大幅に絞り込む方向に舵を切った。具体的には、適用対象を従業員1,000人超の企業に限定する案で、当初対象とされていた中堅企業の多くが開示義務の対象外となる見通しだ。中小企業向けの報告義務も延期される。ただし、欧州の大手製造業・消費財企業は引き続き対象であり、彼らの検証済みScope 3データは当初スケジュール通り市場に流入し始めている。義務の裾野は狭まったが、主要プレイヤーの開示水準が引き上がるという本質は変わっていない。
格付機関はこの検証済みデータを peer benchmark として使い始めている。これが意味するところは重大だ。欧州企業が合理的保証付きの Scope 3 を開示するなか、同業の日本企業が支出額ベースの推計にとどまっていれば、実態が変わらなくても相対評価で劣化する
つまり日本企業は、自社の努力とは無関係なところで、ベンチマークの側が先に動いたという状況に直面している。


Scope 1・2を優先してきた日本企業の合理性

ここで確認しておきたいのは、日本の製造業がこれまで Scope 1・2 を優先してきたのは怠慢ではなく、制度設計上の順序に沿った合理的な判断だったということだ。
温対法(地球温暖化対策推進法)は Scope 1・2 を中心に構築されており、改正省エネ法も同様の設計思想をとる。国内規制への対応としてはこの順序で何の問題もなかった。多くの企業がまず自社工場の電力調達を再エネ化し、次に燃料転換や省エネ投資を進めるというステップを踏んできた。これ自体は正しい優先順位だった。
しかし国際的な評価軸は、この数年で Scope 3 寄りにシフトした。自動車業界を見るとその変化は鮮明だ。トヨタ自動車は2021年、主要サプライヤーに対して CO₂排出量を毎年3%削減するよう要請。ホンダも2019年度比で毎年4%削減、2050年実質ゼロを部品メーカーに求めた。欧州勢はさらに踏み込んでおり、メルセデス・ベンツは2039年に新車のライフサイクル排出量を実質ゼロとする方針のもと、対応できないサプライヤーとの取引見直しを明言している。
完成車メーカーにとって Scope 3 Category 1(購入した製品・サービス)と Category 11(販売製品の使用)は排出量の大半を占める。ここを抑えない限り SBT もネットゼロも成立しない。つまり自動車サプライヤーにとって CO₂排出量データと削減実績は、すでに受注要件になりつつある。


問われているのは「透明性」と「仕組み化」

ここで問題になるのが、取り組みの有無だけではなく、どう測定し、誰が保証し、どう運用するかという水準だ。整理すると論点は2つある。
ひとつは透明性、つまりデータの質と検証可能性の問題だ。活動量ベースのデータを揃えるには、サプライヤー個別の一次データ収集基盤が必要になる。さらに第三者保証を得るには、データトレーサビリティと内部統制の設計が求められる。CSRD対応企業ではこれが義務化されるが、グローバルに事業展開する日本企業もサプライヤーとして同水準の開示を要求される局面が増えている。
もうひとつは仕組み化、つまり組織運用の問題だ。Scope 3 対応は従来サステナビリティ部門が単独で担ってきた領域を超えている。サプライヤーデータは調達部門、格付と資金調達コストの翻訳は財務・IR部門、競争戦略としての位置づけは経営企画と、組織横断で設計しなければ機能しない課題になった。欧州の先進企業では CDP Supply Chain Program や EcoVadis のような共通プラットフォームを活用した運用が標準化されつつあるが、日本企業の多くはまだそこに到達していない。


新しいビジネスの兆候:Scope 3 を商機に変える動き

対応が迫られる状況は、裏を返せばソリューションを提供する側にとっての新しい市場の立ち上がりでもある。
象徴的なのが、大阪ガス子会社の Daigas エナジーと、産業機械・住設の大手商社である山善が2022年に立ち上げた共同PPA事業「DayZpower」だ。仕組みは以下のようなものだ。山善が自社の仕入先メーカーや得意先に対してPPAを提案し、契約先の工場屋根や敷地に Daigas エナジーが太陽光パネルを無償設置する。発電した再エネ電力を顧客企業が使用する、いわゆるオンサイトPPAだが、注目すべきはこのスキームの戦略的な狙いだ。
山善にとって、自社の Scope 3 Category 11(販売製品の使用)には、顧客企業の工場で稼働する機械の電力消費が含まれうる。つまり、顧客のScope 2を減らすことが、そのまま山善自身のScope 3削減につながる構造になっている。一方、顧客企業側は追加性のある再エネを低コストで確保でき、自社の Scope 2 削減と CSRD 経由の調達要求への対応を同時に進められる。Daigas エナジーにとっては、都市ガス需要が構造的に縮小していくなかで、商社の販売網をチャネルとして産業用エネルギーソリューション事業への転換を加速できる。
「DayZpower」はすでに日本製紙クレシア、北川鉄工所、太平洋工業、トーヨーコーケンなど複数の製造業に導入されるなど、拡大している。
同様の構造は他の領域でも立ち上がりつつある。Scope 3 の第三者保証を担う監査法人系・コンサルティング系のアシュアランス業務、活動量ベースのサプライヤーデータ収集プラットフォーム、排出量可視化SaaS、サプライヤーエンゲージメントプログラムの構築支援——いずれも Scope 3 対応が「できるかどうか」ではなく「どのレベルでできるか」が問われる時代に入ったことで、市場が急速に厚みを増している。


日本企業への示唆

静かに進むESG格付手法の改訂は、日本の製造業に対応を迫る構造変化だ。Scope 1・2を優先してきた過去の判断は合理的だったが、国際的なベンチマークはすでに Scope 3 の精度と検証可能性に移っている。対応を先送りすれば、実態ではなくベンチマークの側で相対評価が落ちていき、資金調達コストや投資家アクセスに跳ね返ってくる局面に入る。
では、どこから手を着けるか。需要家側(製造業)であれば、まずは自社の Scope 3 算定が支出額ベースの推計にどの程度依存しているかを棚卸しし、主要サプライヤーの一次データ収集へ段階的に移行する道筋を描くことが出発点になる。同時に、格付機関の手法改訂が自社スコアに与える影響を継続的にモニタリングする体制を、調達・財務・サステナ部門の横断で設計する必要がある。供給側(エネルギー事業者・商社・ソリューション提供者)であれば、自社のサービスが顧客企業の Scope 3 削減にどう貢献するかを構造化して打ち出せるかが、商機を掴めるかの分岐点になる。
一方でこの構造変化は、需要家である製造業にとっての課題であると同時に、エネルギー事業者、商社、アシュアランス業務、データプラットフォーマーにとっての新しい事業機会の広がりでもある。Scope 3 という領域は、単なる開示項目から、産業横断のビジネス生態系に転換しつつある。
この流れのなかでどこに立ち位置を取るか——対応が迫られるのか、それとも対応を提供する側に回るのか——は、今後数年で大きな差を生む論点になるはずだ。


参考文献・情報ソース

ESG格付手法の改訂動向

  • Environment+Energy Leader "Rating Agency ESG Changes Are Quietly Reshaping Scores" (2026年4月): https://environmentenergyleader.com/stories/rating-agency-esg-changes-are-quietly-reshaping-scores,123129

  • Environment+Energy Leader "ESG Score Drops When Methodology Changes, Not You": https://environmentenergyleader.com/stories/esg-score-drops-when-methodology-changes-not-you,122265

  • MSCI "ESG Ratings Model Update History" (v4.3.2〜v4.3.4 改訂履歴): https://www.msci.com/documents/1296102/34424357/MSCI+ESG+Ratings+Model+Update+History.pdf

  • Morningstar Sustainalytics "Introduces Significant Enhancements to its ESG Risk Ratings" (2024年5月): https://www.sustainalytics.com/esg-news/news-details/2024/05/31/morningstar-sustainalytics-introduces-significant-enhancements-to-its-esg-risk-ratings

  • MIT Sloan "Why sustainable business needs better ESG ratings": https://mitsloan.mit.edu/ideas-made-to-matter/why-sustainable-business-needs-better-esg-ratings

CSRD・EU規制動向

  • 欧州委員会 CSRD公式ページ: https://finance.ec.europa.eu/capital-markets-union-and-financial-markets/company-reporting-and-auditing/company-reporting/corporate-sustainability-reporting_en

  • 欧州委員会 Omnibus Simplification Package (2025年2月)

自動車業界のサプライヤー要請

  • 日経ESG「スコープ3排出量開示が加速」(トヨタ・ホンダのサプライヤー要請): https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00005/122200149/

  • メルセデス・ベンツ Ambition 2039

大阪ガス × 山善「DayZpower」

  • 株式会社山善 プレスリリース「PPAモデル事業へ参入、Daigasエナジーと業務提携」: https://www.yamazen.co.jp/news/entry-1667.html

  • Daigasエナジー プレスリリース一覧: https://www.daigasgroup.com/press/company/dge.html

  • Daigasエナジー「日本製紙クレシア3工場でのオンサイトPPAサービス」: https://www.daigas-energy.co.jp/topics/

Scope 3 算定・開示関連

  • 環境省「サプライチェーン排出量算定の考え方」グリーン・バリューチェーンプラットフォーム

  • GHG Protocol Corporate Value Chain (Scope 3) Standard


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