財務の話をしたあと、新米をいただいた
久しぶりに、ある社長から電話がかかってきました。
「新米が出来たんだけど、取りに来ない?」
少し意外でした。
以前、融資の相談を受けたことがあります。
そのときにしたのは、何か特別なことではありませんでした。
資産がどれくらいあるのか。
債務がどれくらいあるのか。
返済はどうなっているのか。
頭の中に散らばっていたものを、一つずつ並べていきました。
社長は、それまで何となく不安だったそうです。
何が問題なのか。
どこまで心配すればいいのか。
どう考えればいいのか。
はっきりしないまま、ずっと頭のどこかに残っていた。
数字を並べていくうちに、その輪郭が少しずつ見えてきました。
あとで社長から、
「もやもやとした漠然とした不安がなくなった」
と聞きました。
そして、もう一つ。
「シンプルに経営に集中できるようになった」
とも言ってくれました。
その言葉は覚えていました。
でも、自分ではそれほど大したことをしたつもりはありませんでした。
融資の答えを代わりに出したわけでもありません。
経営の方向を決めたわけでもありません。
散らばっていた数字を、一緒に並べ直した。
それくらいの感覚でした。
だから電話をもらったときも、
「素直にうれしいんですけど、本当にいいんですか?」
と聞きました。
すると社長は、
「ずっと何かしたいと思っとったんよ」
と言いました。
その言葉を聞いて、少し驚きました。
自分が思っていた以上に、あの時間は社長にとって大きかったようです。
「お役に立てたなら嬉しいです。お気持ちだけで大丈夫ですよ」
そう言うと、
「いやいや、気持ちだから」
と返ってきました。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。家族も喜びます(笑)」
そう答えました。
今回のことを振り返ると、私は社長に何か答えを渡したというより、
社長が自分で経営を考えられる状態に戻るための、交通整理をしたのかもしれません。
不安そのものを消したわけではありません。
でも、何が分からないのか。
何を見ればいいのか。
どこから考えればいいのか。
それが少し見えるだけで、人は次のことを考えられるようになります。
支援する側からすると、いつもの仕事に見えることがあります。
でも、受け取る側にとっては、その「整理」が思っている以上に大きいこともある。
今回、新米をいただいて、そのことを少し教えてもらった気がしました。
大きなことはできなくてもいい。
自分にできる範囲で、目の前の人が少し前に進みやすくなる。
そんな仕事を、これからも続けていけたらと思います。
新米は、家族でありがたくいただくことにします(笑)
