大地なき旗手 〜日本共産党のインターレグナムを、三つの軸で解剖する〜
はじめに——党旗は翻る、しかし大地が消えた
選挙の街頭演説。
候補者がマイクを握り、憲法を守れと訴える。足を止める人は少ない。聴衆の輪は小さく、その顔ぶれは白髪が目立つ。ビラを差し出す手も、受け取る手も、同じ世代に見える。
これは悲劇の光景だろうか。
あるいは、ある時代の終わりを告げる、静かで正直な光景だろうか。
私はむしろ後者だと思っている。
日本共産党は、戦後日本が生んだ最も純粋な「戦後政党」である。護憲、反米、反権力、労働者解放——その綱領は、戦後民主主義のもっとも一貫した表現だった。それゆえに、「戦後」が終わりつつある今、最も深刻な問いに直面している。
しかしその問いは、共産党だけの問いではない。
グラムシはインターレグナムをこう定義した。旧い秩序が死に、新しい秩序がいまだ生まれていない空位の時代。その時代において、もっとも多様な病的現象が現れる、と。
共産党が今経験していることは、病ではない。時代の転換が、その姿を通して見えているのだ。
本稿では、日本共産党の現在と未来を、グラムシ、ユング、ヘーゲルの三軸で解剖する。擁護でも批判でもない。症状の声に耳を澄ます作業として、読んでほしい。
一、「最後の戦後政党」という逆説
日本共産党は、1945年以前から存在する。しかし、その実質的な大衆政党としての骨格は戦後に形成された。
もっとも、党は最初から戦後秩序の擁護者だったわけではない。戦後直後には革命による体制変革を志向し、既存の民主主義を「ブルジョワ民主主義」として乗り越えようとした時期もあった。だが六全協以後、武装闘争路線を放棄した党は、議会主義と合法活動へと軸足を移していく。
その後の数十年にわたり、護憲、反安保、反自民、労働組合との連携、平和主義は党の中核的な政治綱領となった。占領改革が与えた憲法、冷戦構造が生んだ革新・保守の対立、高度成長が形成した労働者階級の大衆化——これらはすべて、共産党が活動する政治空間そのものだった。
ここに一つの歴史的逆説がある。
日本共産党は、戦後秩序の外部から出発した政党だった。かつてはその変革を掲げ、時にその打倒すら志向した。しかし歴史の迂回のなかで、党は次第に戦後民主主義の内部へと定着していく。そして冷戦後には、戦後秩序を更新する勢力というよりも、その継承と防衛を担う勢力として認識されるようになった。
だが、そのことは同時に、党の運命を戦後そのものに結びつけることでもあった。その結果、「戦後」が終わりつつある今、最も深刻な喪失に直面しているのは、共産党自身なのである。
敵と戦い続けた者が、気づけば自らの立っていた大地そのものを守る側になっていた。そして今、その大地が静かに消えつつある。
これは失敗ではない。時代の構造的な逆説である。
現在20代から30代前半にかけての世代——便宜上「ポスト戦後世代」と呼ぼう——は、戦後民主主義の成功体験を共有していない。高度成長も、冷戦の重力も、護憲対改憲という座標軸も、彼らにとっては「歴史」であって「現実」ではない。物心ついたときにはすでに、日本は縮小する社会だった。
彼らは「いずれ良くなる」という進歩の物語ではなく、「国家は機能するのか」「社会は維持できるのか」という問いから出発している。
共産党は戦後の歴史の上に立っている。しかしポスト戦後世代は、その歴史の外側で生まれたのである。
二、数字が語ること——コーホートの残酷
数字は物語を持たない。しかし、数字が並ぶとき、輪郭が浮かびあがる。
日本共産党の党員数は、1970年代に50万人を超えた。
現在は約27万人と言われ、近年は毎年減少が続いている。問題はその「中身」だ。平均党員年齢は60代後半に達しているとされ、かつて党の血液だった労働組合の組織率は、ピーク時の35%超から現在12%台まで低下した。
選挙データも同じ方向を指している。
2021年衆院選の比例得票数はおよそ416万票(7.25%)。2024年衆院選ではそれが約320万票(約6.2%)まで下落した。得票の絶対数が減っているという事実は、固定支持層の高齢化による自然減を示唆している。
この数字を「コーホート」の観点で見ると、構造はより鮮明になる。
現在の60代・70代の有権者が若かった1970〜80年代、共産党は革新の旗手だった。労働運動と連動し、反安保、反原発、護憲を束ねていた。その時代に政治意識を形成した世代が、今も支持層の中核をなしている。
しかしその世代は、時間とともに縮小していく。
代わりに台頭するポスト戦後世代は、共産党が最も苦手とする有権者層だ。
なぜか。
彼らは、共産党が戦ってきた「戦後の敵」をリアルに経験していないからだ。
三、ペルソナと影——党が纏えなかった仮面
ユング心理学において、ペルソナとは社会に向けて纏う集合的な仮面である。
組織もまた、ペルソナを持つ。「私たちは何者であるか」という社会への自己呈示だ。
日本共産党のペルソナは、明快だった。
「権力に屈しない唯一の野党」「憲法を守る党」「弱者の側に立つ党」。そのペルソナは戦後日本において、一定の強度を持ち続けた。
しかし影(シャドウ)がある。
ペルソナとは、必ずその裏に「纏えなかったもの」を持つ。
共産党の影とは何か。
一つは、変化への抵抗だ。
「変わらない党」というペルソナは、同時に「変われない組織」という影を生んだ。党綱領の核心は数十年にわたって維持され、内部からの根本的な路線批判はほとんど公式には表面化しない。それは強さとして機能してきた。しかし現在、その強さは硬直として現れている。
もう一つは、生活感覚の空洞だ。
2007年、一人のフリーターが論壇に一石を投じた。赤木智弘の「『丸山眞男』をひっぱたきたい」である。彼は書いた。戦争が起きれば身分秩序がリセットされるかもしれない。非正規である自分にはそちらのほうがまだ希望がある、と。それは挑発ではなく告発だった。戦後日本の成功物語から完全に排除された場所からの、絶望の表現だった。
共産党はその声に応答できなかった。応答の「型」を持っていなかった。「フリーターの絶望」は、労働者階級の解放という大きな物語の中に回収されたが、赤木が問うていたのはもっと実存的な何かだった。
「正しさ」は、生活実感に届かなければ、言語として機能しない。
影は、排除されることで肥大する。
党が「纏えなかった仮面」の裏に、党が応答できなかった民衆の怒りが蓄積されていった。
四、対抗ヘゲモニーの対象が消えた
グラムシは「ヘゲモニー」をこう定義した。
暴力によらず、「常識」として意識を支配する同意による支配。そして「対抗ヘゲモニー」とは、その支配的な常識に対して、別の常識を対置する実践だ。
共産党は、戦後日本において一貫した対抗ヘゲモニー勢力として機能してきた。
自民党・財界・官僚・メディア——その支配的な「常識」に対して、労働者の権利・平和憲法・反権力という「別の常識」を対置し続けた。
問いはここだ。
その対抗が意味を持つためには、対抗すべきヘゲモニーが存在し続けなければならない。
しかし今、自民党は刷新の局面にある。
裏金問題と派閥崩壊を経た後、高市政権は高い支持率を得ている。保守的ナショナリズムと経済安全保障を軸に、「弱った自民」ではなく「再起動した自民」として民衆の一定の信任を回復した。
ここに、共産党にとってより深刻な問いがある。
対抗すべき「機能不全の支配体制」という物語が、有権者に共有されなくなりつつあるからだ。「政権を倒せ」という呼びかけは、倒すべき政権が弱っているときに最も響く。しかし民衆が政権にある種の期待を寄せているとき、その言語は空振る。
共産党が挑戦してきたのは、腐敗した支配体制というイメージだった。しかし高市政権が体現するのは、別の像だ。「国家を機能させる保守」という新しいペルソナである。
グラムシ的に言えば、共産党が挑戦してきたヘゲモニーは、その形を変えた。対抗すべき標的が変容したとき、旧い対抗の言語はそのまま宙に浮く。
インターレグナムとはそういうことだ。
旧い秩序だけが死ぬのではない。その旧い秩序に抵抗していた旧い対抗秩序もまた、同時に根拠を問い直される。
五、「革新」が「現状維持」になった日
2010年代に実施された複数の政治意識調査が、一つの事実を示している。
40代以下の有権者において、共産党は「革新」ではなく「現状維持の側」として知覚されていた。逆に「革新」として認識されていたのは、維新の会だった。
これは誤解か。
違う。これは、ある意味で正確な認識だ。
1991年、冷戦が終わった。
しかしその影響は、即座には現れなかった。反米・護憲・平和を束ねていた「革新」という座標軸は、その瞬間に静かに空洞化し始めた。しかし空洞は、すぐには見えない。
それが可視化されるまでに、一世代分の時間が必要だった。
冷戦を「歴史の授業で習うもの」としてしか知らない世代が有権者になったとき、初めてその空洞が表面に現れた。冷戦の重力を体感したことのない世代にとって、「反米・護憲・平和」という束は、最初から自明ではない。残ったのは「改革か、現状維持か」という軸だけだ。その軸においては、自民も共産も社民も立憲も、等しく「現状維持の側」に見える。
共産党が守ろうとしてきたもの——戦後憲法体制、護憲、平和主義、戦後型労働権——は、「現在の秩序」の一部なのである。ポスト戦後世代にとって、「憲法9条を守れ」という言語は、現状維持の呼びかけに聞こえる。なぜなら彼らにとって9条はすでに「ある」ものだからだ。ある体制を守ることは、変革ではなく保守だ。
「革新」とは何か。
今の若年層にとって、それは「現在の閉塞した秩序を壊すもの」だ。その感覚において、「既存政党への挑戦」として現れたのは、共産党ではなく、維新の会であり、参政党であり、れいわ新選組の一部だった。
これはポスト戦後世代が「右傾化」したからではない。
革新の定義が変わったのだ。
問いはなぜか、だ。
共産党はずっと、自民党保守体制という「敵」を前提に存在してきた。しかしその敵もまた、ポスト戦後世代にとっては「現状」の一部に見える。敵と味方が同じ「古い秩序」の住人として重なったとき、対立そのものが意味を失う。
ヘーゲルの弁証法では、テーゼとアンチテーゼの対立は、より高次の止揚へと向かう。しかし今起きていることは、止揚ではない。保守体制(テーゼ)と革新・左派(アンチテーゼ)が、互いを食い尽くしながら、ともに意味を失いつつある。止揚の手前の、弁証法の空白だ。グラムシが「インターレグナム」と呼んだものと、これは同じ構造を指している。
共産党の困難は、そこにある。戦うべき相手が消えたのではない。戦いの構図ごと、時代遅れになりつつあるのだ。
六、党内民主主義という未統合の影
一点、避けることのできない問題に触れなければならない。
日本共産党は、党内の民主集中制を頑として維持している。
これは組織の強靭さの源泉であり、同時に最も根強い批判の対象でもある。
元参院議員の党員が公開批判をして除名された2023年の件は、象徴的だった。
その際の党指導部の対応と論理は、多くの観察者に「不透明さ」として映った。
ユング的に見れば、これは「影の未統合」の典型だ。
外部に向けては「民主主義を守れ」と叫ぶ。しかし内部の民主主義的異論に対しては抑圧的に機能する。このペルソナと影の乖離は、党への信頼を浸食する。
なぜか。
現代の有権者——特にポスト戦後世代——は、あらゆる権威に対して透明性を求める。官僚にも、メディアにも、大学にも、政党にも。「言っていることとやっていることが違う」という認知的不整合は、即座に不信として処理される。
「外には民主主義、内には権威主義」という構造は、もはやどの世代にも通用しない。それを変えることができるか否かが、共産党の組織的存続の鍵の一つになっている。
これを指摘することは、共産党を攻撃することではない。
影を見ることなしに、個性化のプロセスは始まらない。
組織においても、その原則は変わらない。
七、三つの未来
では、共産党にはどのような未来があるのか。
診断者として、三つの経路を描いてみる。
第一の経路——「生活防衛左派」への転換
「理念の党」から「生活の党」への脱皮だ。
奨学金、住宅費、社会保険料、AI失業、介護問題、エネルギー価格——これらはすべて、ポスト戦後世代が切実に直面している問題だ。共産党が持つ政策分析力と調査力を、「正しい理念」の論証ではなく「あなたの生活の問題」への応答として再設計できるなら、新たな接点は生まれうる。
実際、党はその方向へ部分的に動いている。「手取りを増やす」「社会保険料の見直し」という言語は、以前の共産党にはなかった語彙だ。
しかしこの転換は、アイデンティティの核心に触れる。「生活防衛」に軸足を移すことは、「護憲・反米・革命」という党の存立根拠を解体することと紙一重だ。
第二の経路——「良心的反対勢力」としての長期存続
転換を避け、現在の立場を維持するという経路だ。
これは衰退を意味するかもしれない。しかし消滅は意味しない。
どの社会にも、少数でも一貫した反体制の声は必要だ。格差批判、軍拡批判、権力監視。その機能を担う政党として、縮小しながらも持続するという選択はある。
ただしこの経路には条件がある。支持層の高齢化と党組織の収縮が進む中で、財政的・人的な持続可能性がいつまで保てるか、という問いだ。
第三の経路——解体と再編
現在の「共産党」という固有名詞と綱領が変容し、より広い左派再編の一部となる経路だ。れいわ新選組との連携深化、立憲との合流、あるいはまったく別の形での再結集。
これは現在の党指導部が最も拒否する選択肢だろう。党の独自性と自律性こそが存在理由だという認識は、党内で共有されている。
しかしヘーゲル的に言えば、止揚とは否定を経た統合だ。
古い形が消えることが、新しい形の誕生を妨げるとは限らない。
どの経路が現実化するかは、誰にも断言できない。おそらくはこの三つが重なり合いながら、どれとも断定できない形で進行していくだろう。
おわりに——問いはここにある
赤木智弘が叫んだことを、もう一度思い出してほしい。
「戦後的な正しさの言語が、自分たちの現実に届いていない」——その絶望は告発として必要だった。しかし共産党は応答できなかった。問題は共産党だけにあるのではない。その声は、戦後左派全体の限界を指していた。
あれから約20年が経った。
赤木が一人で叫んでいたことは、今や世代的な常態になっている。しかしポスト戦後世代は、その絶望をすでに出発点として生きている。彼らは戦後秩序への怒りを燃料にしない。そもそも、失ったものへの郷愁がない。廃墟をただの地面として踏みしめ、その上に何かを建てようとしている。
では今、その世代は何を求めているか。
理念の正しさではなく、「現実を見ているか」を問う。
戦後民主主義の守護ではなく、「今の生活を変えられるか」を問う。
かつての革新の言語ではなく、「自分たちの側に立っているか」を問う。
これは左派の要求が消えたということではない。
格差への怒り、再分配への要求、権力の監視——それらはむしろ今後、高まる可能性がある。AI失業、資産格差の拡大、超高齢化社会の到来を前に、「誰かがこの問題を語らなければならない」という需要は消えない。
問いは、共産党がその声の受け皿になれるかどうかだ。
なれないとすれば、その声は別の場所へ流れる。
その流れ先が健全な民主政治の空間であるとは限らない。
グラムシが言った通り、インターレグナムには多様な病的現象が現れる。
既成左派が弱体化したとき、その場を埋めるのは必ずしも成熟した新左派ではない。ポピュリズムや排外主義が、その空隙を利用することもある。
共産党の行方は、それゆえ共産党だけの問題ではない。
日本の左派的な政治空間全体の質と健全性に関わっている。
旗は翻っている。しかし大地は動いている。
その大地の動きに、旗はどう応じるのか。
問いは、閉じていない。
【注記】
インターレグナム:アントニオ・グラムシ(1891-1937)による概念。「旧い秩序が死に、新しい秩序がいまだ生まれていない空位の時代」を指す。本稿では「戦後日本的な前提が崩れ、次の前提がまだ形成されていない現在」の意味で使用している。
ペルソナ/影(シャドウ):カール・グスタフ・ユング(1875-1961)の概念。ペルソナは社会に向けて纏う自己呈示・集合的な仮面。影は、そのペルソナの裏に押し込められた、認めたくない側面や矛盾。本稿では個人の心理概念を組織・政党の分析に応用している(筆者による援用であり、厳密なユング心理学の適用ではない)。
対抗ヘゲモニー:グラムシが提起した概念。支配的な「常識」(ヘゲモニー)に対して、被支配層が別の「常識」を対置しようとする文化的・政治的実践を指す。
止揚(アウフヘーベン):ヘーゲルの弁証法における概念。テーゼ(正)とアンチテーゼ(反)が矛盾を通じてジンテーゼ(合)として高次の統合へ向かうプロセス。否定を含んだ統合、という点が核心にある。
コーホート:同じ時代に政治意識を形成した世代集団を指す。コーホート分析とは、そうした世代集団が時間の経過とともにどう変化するかを追う手法。本稿での使用は厳密な統計的分析ではなく、世代的傾向の記述的考察である。
