戦後が終わる場所で、次の社会の輪郭を探す ——生産・政治・福祉・安全保障、四つの断層に見る萌芽
戦後日本という長い時代が、終わろうとしている。それは一つの出来事としてではなく、生産の現場、政治の現場、福祉の制度、そして安全保障の枠組みという、複数の場所で同時並行的に進行している、地殻変動として。旧いものが死につつあり、新しいものがいまだ生まれない時間——インターレグナム(空位期間)を、日本社会は生きている。
これまでの論考で、この地殻変動の一つひとつの断面——ポストフォーディズム化、対抗ヘゲモニーの不在、パックス・アメリカーナの解体——を、個別に見てきた。ここでは、それらを一つの座標系のうえに並べ直し、日本社会がいまどこに立っているのか、そして次の社会の萌芽がどこに現れつつあるのかを、あらためて見渡してみたい。
一 生産体制の転換は、すでに終わっている
まず確認しておくべきは、フォーディズムからポストフォーディズムへの転換そのものは、すでに完了しているという事実だ。フォーディズムとは、大量生産・大量消費と、それに対応する労使間の制度的妥協(生産性上昇と賃金上昇の連動)を核とする、20世紀型資本主義の蓄積体制を指す。ポストフォーディズムは、製造業の海外移転、雇用の柔軟化、サービス経済化によって、この体制が解体していく過程を指す。この転換は、正確には生産・消費・労使関係の制度的編成の総体を指す「蓄積体制」(レギュラシオン理論の用語)の転換だが、ここでは「生産体制」と呼んでおく。1960年の三井三池闘争は、労働者階級対資本家階級という古典的な階級パラダイムが、日本社会の現実を最も直接的に説明しえた最後の瞬間だった。その後、1973年のオイルショックを機に、大量生産型のフォーディズムは減量経営・省エネ化へと転じ、1985年のプラザ合意による急激な円高は、製造業の海外移転を本格化させた。1990年代のバブル崩壊と労働者派遣法の規制緩和は、終身雇用・年功序列というフォーディズム的な社会契約の中核そのものを、制度的に掘り崩していった。
つまり、生産体制のレベルでは、日本社会はすでに新しい段階に入って久しい。そしてこの転換は、日本に固有の現象ではない。製造業の海外移転による産業構造の転換は、程度と時期の差こそあれ、米国をはじめとする先進国に共通する動きだった。以前の論考で見た通り、米国における白人労働者階級の衰退とパックス・アメリカーナの動揺もまた、同じ地殻変動の別の現れである。日本の生産体制の転換は、こうした先進国共通の潮流のなかに位置づけて、初めて正確に理解できる。問題は、この転換に対応する政治・福祉・安全保障の枠組みが、いまだに追いついていないという点にある。
二 寄せては返す波——安保闘争から参政党まで
政治の場では、戦後的な枠組みの外側から、繰り返し新しい動きが押し寄せてきた。1960年の安保闘争、1970年前後の全共闘運動、1980年代の反核市民運動の高揚、1995年前後の沖縄における基地反対運動、2000年代のアフガニスタン・イラク反戦運動、そして2010年代のれいわ新選組、2020年代の参政党。これらは、性格も掲げる主張もまったく異なるが、一つの共通点を持つ。既成の55年体制的な政党秩序——保守と、労使対立を軸とする既成左翼——のどちらにも収まりきらない異議申し立てとして、繰り返し現れてきたという点だ。
寄せては返す波のように。一つの波が引いたあと、次の波が来るまでには、長い間隔がある。しかし、その間隔のたびに、日本社会の実際の構成——都市中間層の増大、非正規雇用の拡大、既存の中間組織からの個人の分断——は、着実に進行してきた。れいわ新選組は、既成の労働運動の枠組みでは代表されてこなかった、非正規雇用や低所得層の経済的な不安を掬い上げる形で登場した。参政党は、既成の保守政治では汲み取られてこなかった、文化的・国民的なアイデンティティをめぐる不安を動員する形で台頭した。
【注記】有機的知識人——グラムシの概念で、特定の社会集団の利害や世界観を理論的に言語化し、その集団の自己意識形成を担う知識人を指す。
これらの波はいずれも、既成の政党秩序が代表しきれていない社会層の存在を示す、対抗ヘゲモニーの萌芽である。しかし、いずれの波も、これまでのところ、持続的な組織的基盤と、それを支える有機的知識人を確立するには至っていない。これは、以前の論考で見た新左翼運動の挫折——対抗ヘゲモニーの萌芽が、組織的基盤を欠いたまま時代に取り残されていった過程——と、同じパターンの反復のようにも見える。
三 誰が支えるのか——福祉国家の再設計という不可避の課題
戦後日本の福祉制度は、終身雇用と、それを支える戦後的な家族制度(専業主婦世帯、三世代同居、企業による福利厚生)を暗黙の前提として設計されてきた。年金制度も医療保険制度も、この前提のうえに成り立っている。
しかし、非正規雇用の拡大、単身世帯の増加、晩婚化・非婚化の進行によって、この前提そのものが崩れつつある。加えて、平均寿命の延伸と超高齢化社会の到来は、年金・医療・介護が支える期間そのものを大幅に押し広げ、当初の制度設計が想定していた人口構成との乖離を、さらに押し広げている。フォーディズム的な生産体制がすでに転換を終えているにもかかわらず、それに対応する再配分の制度は、いまだに旧い前提のうえに立ったままだ。この間のずれが、年金の持続可能性への不安、非正規雇用者の社会保障からの排除、単身高齢者の孤立といった、個別の問題として噴出している。
だとすれば、次に来るべきは、いまの階級構成・人口構成・世代構成に即した、新しい再配分の制度である。これは、誰か一人の設計者によって一夜にして作られるものではない。むしろ、既存制度の周辺で試みられる個別の対応——非正規雇用者への社会保険の適用拡大、単身世帯を前提とした住宅政策、世代間の給付と負担の再設計をめぐる議論——が積み重なるなかで、次第に形作られていかざるをえないものだろう。
四 米国一極体制の終わりと、安全保障をめぐる新しい争点
そして、対外的な条件も変化している。以前の論考で見た通り、パックス・アメリカーナ——米国を軸とした一極的な世界秩序——は、米国自身の社会基盤の崩壊によって、内側から掘り崩されつつある。日本の戦後的な平和は、この一極体制と、日米安保、そして平和憲法という三点セットのうえに築かれてきた。この一極体制が揺らぐとき、日米同盟を基軸とする外交方針と、それを前提とした平和憲法もまた、見直しを迫られることになる。
中国の台頭という、東アジアの地政学的な力学の変化も、この見直しを後押しする。パックス・アメリカーナという傘が縮小していくなかで、日本が対外的にどのような軍事・外交方針を取るのかという問いは、もはや避けて通れない。
ここで重要なのは、戦後的な平和主義の立場からの批判が存在するという事実そのものではなく——それは当然、これからも一つの有力な政治的立場として存在し続けるだろう——、この問いをめぐって、もはや一つの答えがあらかじめ用意されているわけではないという点だ。従来の平和主義を維持しようとする立場、米国との同盟をより対等な形に再編しようとする立場、独自の防衛力を強化しようとする立場、東アジアにおける多国間の安全保障枠組みを模索する立場——これらは、いずれも次の秩序の候補でありながら、いずれもまだ決定的な優位を確立していない。むしろ、安全保障・外交の在り方そのものをめぐって、複数の政治的路線がせめぎ合う、新しい争点の空間が、いままさに開かれつつある。
結語にかえて——四つの断層をつなぐもの
生産体制の転換は、すでに終わっている。政治の場では、既成の枠組みの外側から、寄せては返す波のように、対抗ヘゲモニーの萌芽が繰り返し現れてきたが、いずれも組織的な結晶化には至っていない。福祉の制度は、旧い前提のうえに立ったまま、いまの社会構成とのずれを噴出させ続けている。そして対外的な条件——パックス・アメリカーナという傘——そのものが縮小していくなかで、安全保障・外交をめぐる新しい争点の空間が開かれつつある。
この四つの断層は、それぞれ別の場所で進行しているように見えて、実は一つの根から生じている。フォーディズム的な戦後体制が、生産・政治・福祉・外交という四つの領域すべてを、同時に規定していたからだ。その根が枯れれば、四つの断層のすべてが、同時に、しかし異なる速度で、揺れ始める。
次の社会がどのような形を取るのか、それを断定することは、まだできない。しかし、生産体制の転換がすでに完了しているという事実、寄せては返す波の一つひとつが積み残してきた組織化の課題、旧い前提のまま残された福祉制度の矛盾、そして開かれつつある安全保障をめぐる新しい争点——これらを一つずつ丁寧に辿ることは、いまからでもできる。次の社会の萌芽は、遠い未来にではなく、すでにこのインターレグナムのなかに、姿を見せ始めている。
